寂しくない夜

ハマハマ

君は覚えているか


 君は覚えているか? 僕は覚えている。

 あの日、本屋でかかっていた曲を。



 たまたま出会った本屋で初めて会話した妻。

 ちっとも興味のなかったリハビリの参考書をダシにしたその会話はわりとすぐにボロが出た。


『大学選びの時に悩んだんだよ。今の学科かそっちの学科か』


 そんな言い訳をひとつ挟み、興味はあったが知識はないと伝える僕に、彼女は嬉しそうに楽しそうに色々と教えてくれた。


 あの時の僕の言い訳、いま思えば良い仕事したなと褒めてやりたい。


 アレのおかげで僕はいまとても幸せだ。

 可愛くて賢い妻がいて、めちゃくちゃ出不精だが成績優秀な長男がいて、さらに元気もりもり破天荒な次男坊がいる。


 仕事から戻れば、毎夜毎夜が楽しい毎日。寂しい夜なんて全くない。


 あ、そうそう。

 次男坊のぬいぐるみ、ホワイトタイガーたちに加えて『アザラシ』って名前のカワウソも居たんだった。これも書き足せって本人からの注文。

 ホントどんなつもりで名前つけてんだろうか彼は。


 いやそんな事はどうでも良くて。

 なにが言いたいかと言うと、今も僕の言い訳グセは治ってないってこと。


 まぁ僕のことは良い。妻に愛想をつかれなければ全く問題はないから。


 問題なのは僕に似た次男坊がこれでもかと言い訳を駆使する事だ。

 諦めない心を持っている、と言えば聞こえは良いが潔くはない。


 ところが妻に似た長男は言い訳をしない。

 潔いというか、諦めが早いというか。

 良いんだか悪いんだか――いや、人としては良いに決まっている。



「ねえねえ」

「なに?」


「あの子の言い訳多いところってアナタにそっくりね」

「ん〜〜、面目ない」


「ところでさ。ホントはあの時、に用があったんじゃない?」


「お――覚えてないよそんな昔のこと」

「嘘だ〜」


 ……こういう時は話題を変えるのが一番だ。


「君は覚えてる? あの本屋であの時かかってた曲」

「なんかかかってたっけ?」


「僕は覚えてるよ」

「ホントに? 歌ってみてよ」


「寂しい夜はーごめんだー、ってやつ」

「うわ、なっつー」



 寂しくない夜は、幸せだ。

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寂しくない夜 ハマハマ @hamahamanji

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