第7話 same feeling

 目が覚めた時に大好きな人の顔が目の前にあったらさぁ、誰だってそうなるよね?

 思わずキスしちゃうよね?

 そりゃ、勢い余って押し倒すかたちになったり、初めての深いキスになったのは反省してるよ。

 でも、だって、凄く、したくなっちゃったんだもん。


 それまでは、満足していたんだよ。

 ほんとだよ。

 そりゃ、性欲がないわけじゃないし、えっちなことしたくないのかって言われたら……したいに決まってる。

 でもそういうのって、相手の気持ちも大事にしたいから焦ってはダメだと思うんだ。

 二人の気持ちとか、信頼関係とかさ、体の関係よりももっと大切なものがあると思うし。

 なんて、偉そうに言ってみたけど、私の気持ちが暴走したことは何度もあったっけ。

 一緒に暮らしたいって言って、ゆみこさんを困らせたり、キスを迫ったり。

 その度に、ゆみこさんは私を諭してくれた。大人の対応ってやつだ。

 職業や年齢という立場的なものもあるけど、ゆみこさんの愛を信じることが出来たから待つことだって出来たんだと思う。

 なんというか、ゆみこさんは私にとって、いくつになっても、師――先生――なんだなぁ。



 私たちは気持ちを確かめ合ってからも、離れている期間もあったし、遠距離だった時期もあったから。今こうして、そばにいられるだけで嬉しくて、心はいつもポカポカしていて。

 そうそう、一緒のベッドに潜り込むと、とっても穏やかな気持ちになってすぐに眠っちゃうんだよ。ゆみこさんから催眠的な何か――何だそれ?――が出ているんじゃないかって疑ってしまうレベルでね。

 要するに、甘えているんだろうなぁ。

 つくづく子供だなぁと思う。


 今日だってさ――







 今日、私は朝から不貞腐れていた。

 だって、せっかくのデートの日だったんだよ。

 それなのに、外に出られないって酷くない?

 何故って、台風直撃だからだよ!

 警報出てるし、電車止まってるし、土砂降りだし。

 デートは諦めるしかないのかなぁ。

 台風のばかやろう!


 そんな子供のような私と違って、ゆみこさんは冷静だった。

 不機嫌な私を怒りもせず、嫌がりもせず、いつのまにかお家デートをコーディネートする。

 そのために模様替えをしようとか提案するし、なんだかそういうのってワクワクする。

 それに、私のスペースを確保してくれるって言うんだよ。

 それって、ゆみこさんの部屋スペースに私の居場所が出来るってことでしょ。

 嬉しすぎて、はしゃいじゃった。


 映画館みたいに暗くして、ふたり隣り合って映画を観てたら、またいつの間にか寝ちゃってたみたいでさ。

 目を開けたら、ゆみこさんの顔があって……


 焦ってる? なんで?

 と思ったら、私が寝ている間にキスしてたんだって、そんなの。

「ずるっ」

 せっかくゆみこさんがキスしてくれたのを覚えてないなんて、もったいなさすぎ。というか、私だってキスしたい!


 テレビの明かりのみだから仄暗い中、ゆみこさんの瞳が揺れた気がした。

 触れた唇はいつもより柔らかいような気がする。

 ねぇ、ゆみこさんも私に触れたいって思ってくれていたってことだよね?

 そう思ったら嬉しくて、もっともっと欲しくなっちゃったんだ。

 舌を差し入れると、しっかり受け入れてくれた。なにこれ気持ちいい、下腹部がキュンとなる。夢中になっていたら肩を叩かれた。

 しまった、また自分の欲望を押し付けてしまった。

「……っ、ごめん」

 相手の気持ちを思いやれる優しい人になりなさい、おばあちゃんの教えだ。

 独りよがりはいけないと、理性を取り戻しかけたのに……


「……もっと」

 ゆみこさんのその言葉と表情は、私の薄っぺらい理性を吹き飛ばすのには充分すぎた。


 





 実は頭に血が上っていてあまり詳しくは覚えていないけど、本能の赴くまま抱きついて触って匂いを嗅いで――あぁ、文字にすると変態っぽいなぁ。

 だけど、柔らかさと温かさと甘い匂いを鮮明に覚えている。


 無我夢中だった。そう、まるで夢の中にいるようなポワンとした感覚の中で、もっと直にゆみこさんに触れたくなって服の裾から手を差し入れたのだ。


「――待って」

「あ、ごめん」

 怒られる。

 咄嗟にそう思った。

 また勝手に先へ進もうとしてしまったから。


 だけど、ゆみこさんからは別の言葉が発せられた。

「ここで?」


 周りなんて見えていなかった。

 ここがリビングのソファの上であることに、ようやく気付く。

 でも、そうなの? ここじゃなければ先に進んでもいいの?


「あ、えっと……ベッド行く?」

 恐る恐る聞いたら頷いてくれて、ほっとする。と同時に、心臓がバクバクしてくる。

 すぐに抱き起こして手を繋いだまま寝室へと移動する。

 善は急げというより、ゆみこさんの気持ちが変わらないうちに、という思いが強かったから。


「ゆみこさん、ほんとにいいの?」

 ゆみこさんが嫌がることはしたくない、気が変わったらすぐに止めるからね。自分にも言い聞かせておく。

 落ち着け、冷静になるんだ、自分!


「ん、いいよ」

 それなのに、ゆみこさんからのお許しが出た途端、冷静ではいられなくなる。

 ゆみこさんと視線が合ってしまったから。


 逸らすことなく絡み合う視線。

 言葉はなくても、同じ気持ちなのだとわかったから。


「嬉しいっ」

 抱きついて、愛しい気持ちをひたすらにぶつけてた。


「好き」

 私の心の中の大部分を占める、この気持ち。


 目の前にある小ぶりな耳は赤くなっていて、思わず口づける。

「んんっ」

 ゆみこさんの口から漏れるその声も、上気したその顔も、珍しく余裕がなさそうで何故だか幼く見えて。


「可愛い」

 憧れ続けた人だけど、愛らしい人。


 私の愛撫で気持ち良くなってほしい、感じてほしい、幸せだと思ってほしい。そう思って触れた肌。



 ねぇ、ゆみこさん。どうだった?

 私、また暴走しちゃったかな?

 呆れられちゃたかな?

 まさか嫌いになんて、ならないよね?


 ゆみこさんの規則正しい呼吸を見ながら語りかけてみるが、返事はない。


 やりすぎちゃったかな?

 少し前の自分の行動を振り返り、それでまた私の心拍数は上がる。

 やっぱり可愛かったなぁ、ゆみこさん。






「ん……」

 あっ。

「ゆみこさん、気がついた?」

「えっ? 私……」

 きょろきょろと何かを探しているみたい。

 視線の先は……あ、時計。

「10分くらいだよ」

 ゆみこさんが気を失っていた時間は、その程度。

 良かった、すぐに気が付いてくれて。


「ずっと見てたの?」

「ごめんね、でも初めてのことで心配だったから。脈も呼吸も正常だったから大丈夫とは思ったんだけど」

 寝顔を見る機会は少ないから、眺めているだけで私は幸せだったのだけど。

 ゆみこさんは、なんだかバツが悪そうだ。


「あの、ゆみこさん?」

 私には気になっていることがあって、とにかくそれを確認したくて。

「ん?」

「ねぇ大丈夫? 私さ、初めてだったから、気をつけてたつもりだったけど、ちょっとやり過ぎちゃったのかなって、身体ほんとに大丈夫?」

「うん、大丈夫だからそんなに心配しなくても……って、初めて? えっ?」

 良かった、大丈夫そうで。

 え、でも何故そんなに驚くのか。

「うん、初めて。ん?」

 初めてってトコに反応した?


「あぁ、いや、何でもない」

 ちょっと待って!

 初めてじゃないと思っているってこと?

「もしかして。私がゆみこさん以外の人とそういうことしたと思ってるの? 私がゆみこさんに告白したの、中三の時だよね」

 それ以前に経験済みなんてあり得ない――いや、人によってはあるのかもしれないけど――私は、ない。だって、ゆみこさんが初恋なんだもん。


「え、だって。高校の時はモテてたって言ってたし」

 高校時代? モテることとソレは関係あるのか?

 確かに高校時代はゆみこさんに会うのを我慢していたけれど、ずっと想い続けていたのに。

「だからってそんなことしないよ、私はゆみこさん一筋なのに」

 そんな風に思われていたなんて、心外だ。拗ねた私は布団の中に潜りこむ。


「ごめんごめん、でも、だって……」

「だって、なに?」

「だって、あんなに上手だったら慣れてるって思うじゃない」

 えっ、なんて?

「上手だった?」

「え、あ、うん」

 恥じらっているから本音っぽい。

 それって……

「気持ち良かった?」

「それは、まぁ、そうだね」

「そっか、そっか」

 良かった、うん。それならいいや。

 初めてなのは本当だし、自信もなかったけど。

 高校時代、女子高だったから周りには交際中の友達もたくさんいて、聞きたくないのにアレコレ教えてくれる悪友もいて――ただ惚気たかっただけだろうが――まぁ、少しは勉強にもなったのかな。

 彼女曰く……女の子は、とにかく優しくすることが鉄則らしい。

 ゆみこさんが満足してくれたのなら、嬉しい限りだ。


 あれ、ゆみこさんが微笑んで、改まってベッドの上に座り直している。

 なんだろう? 


「久美、とっても気持ち良かったよ」


 うわ、やばっ。

 そんなこと言われたら、またエロ親父みたいな顔になっちゃうよ。

 そんな顔、ゆみこさんに見せられないよ。


 あ~でも、幸せだ。

 ありがとう神様、いや、ありがとう台風か。



「ねぇ久美、映画もう見なくてもいい?」

 そういえば、途中で寝ちゃってたっけ。

「うん、いいよ」

「なら、このままイチャイチャしてようか?」

 ゆみこさん、それ最高です!

「うん」

 ベッドでゴロゴロも、最高の休日。



「いい?」

「ん?」

 ゆみこさんの顔が近い。

 で、何がいいのか?


「私も久美が欲しい」

「は? え?」

 なんて?

「嫌?」

「いや、じゃないけど、心の準備がまだ」

「自分だけじゃないんだよ、私だって久美を求めてるの」

 そうなの? ゆみこさんも私と同じ気持ちってこと?

「いいよね?」

 そんなの、決まってる。

「……ん、嬉しい」



 私はこの日を、きっと忘れない。


「好きよ、久美」

 大好きな顔が近づいてくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

純愛 hibari19 @hibari19

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ