小さな友達

柚木呂高

小さな友達

 家に帰ると、部屋がぐちゃぐちゃになっていた。小物は散らばり、食器は割れ、クッションは中綿が出ている。仕事の疲れと重なって頭が痛くなる。私は部屋の隅で申し訳無さそうに縮こまっている息子と娘を見て聞こえない程度の声でため息をひとつ吐いた。

「何をしていたの、部屋の中が散らかっちゃってるけれど」

 そう言うと兄妹はお互いに目を合わせてしどろもどろに答えた。

「お母さん、そのお兄ちゃんにお皿が怖いから壊してって頼んだの」

「美里にクッション破いちゃえって言ったんだ」

 お互いがお互いをけしかけたという。話を聞いていくと二人の言い分はどんどん食い違っていく。辛抱強く話を聞くが、どんどん話に矛盾が出てくる。子供の嘘というのはときに可愛いものだけれど、この部屋の惨状を見るとやはり体重が何キロも増えたような重量感を肉体が感じてしまう。

 よく見ると乱雑に散らかった小物は一方向からの衝撃で散らかったものではなく、まるで渦巻いたように散らばり、皿はきれいにパックリ半分に割れている。クッションはというと鋭利な刃物で切られているように見えるが、子供が刃物を使えないようにしっかりナイフ類の棚にはチャイルドロックを掛けている。

 私もそういえば似たような経験がある、秘密の友だちがいた。ちっちゃなかまいたち。私が彼らとコミュニケーションを取らなくなってからどれくらい経っただろうか。大人になると世界の不思議は現実の生活、お金と仕事をやりくりするルーティンの中に沈んでいく。子供はきっと私がペットを嫌うから秘密にしたいのだろう。

「わかった、今日は一緒に片付けようね、ごはんはそれから。良い?」

「うん、わかった。」

 二人の視点はちらりと部屋の隅に向いた。私はそれに気づかないふりをして部屋を掃除した。正直心底疲れていたけれど、子供の頃に薄れゆく思い出の中に、大人の世界では通用しない経験、夢のような体験がどれほど愛おしい宝石のように小さくきらめくのか私は知っている。兄妹が小物を小箱に入れている最中、私は部屋の隅にそっとジャーキーを置いて、これからも仲良くしてね、などとつぶやいた。

 子供は見えている世界が違う間に色々なものを経験するのがよい。それはいずれ霞のように薄まって曖昧になるものでも、血の中に流れて人生を豊かにするだろう。

「嘘はついてもいいよ。お兄ちゃんも妹もお互いが大事だろうから。大事なものが他にもあるなら、それがお母さんに言えないものなら、しっかりお母さんにバレないようにするのよ」

 兄妹は再び目を合わせて顔を赤くした。

「今日はつかれたからペペロンチーノよ。唐辛子は少なめが良い?」

「僕は多めがいい」「あたしも多くて良い!」

「良いけど残さず食べるのよ」

「大盛りで!」

「はいはい、私は作ったら化粧とか落としてくるからゆっくり食べるのよ」

 兄妹は私が席を外すともう一皿を出してお互いのパスタを少しずつそれに盛り付けて部屋の隅に置いた。私には何にも見えないけれど、少女時代を思い出して少し胸がチクリとした。みんな友達だったんだ。息子たちがいい思い出を作れることを願ってる。

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小さな友達 柚木呂高 @yuzukiroko

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