ハッピートリガー!

秋嶋七月

言い訳だけは聞いてあげるつもりだった

 ログインして降り立った世界は圧巻だった。

 第二の世界、第二の人生。

 そんなキャッチコピーはハッタリだと思っていたのに、キレイ過ぎるところを除けば現実と錯覚しそうなほどに、本物だった。

「これは、あの人たちを見つけるの難しそうね……」

 気持ちばかりが先走って、碌に下調べもせずこのゲームに飛び込んでしまったから、何から手をつけていいかもわからない。

 パズルとFPSしかしない私が、畑違いのVRMMOをプレイすることになったのには訳がある。

 夫が浮気をしているのだ。

 このゲーム内で。

 いや、現実とゲームを混同しているわけではない。

 こちらもジャンル違いとはいえ、ゲームをそこそこ嗜んでいる身。

 夫がゲームを楽しみ、ゲーム内のお遊びとして恋人を作ったり結婚していても……まあVRゲームというリアルに近い感覚を味わえることを知った今では複雑だが、そういうR18禁的な行為はできないこともわかっているので別にいい。

 そもそもPC内の動画や画像データは見て見ぬふりをしている。

 自分で言うのもなんだが、結構寛大な妻なのだ。

 だけど、相手が二年前に発覚したリアルな浮気相手で、二度と接触しないという書類にサインして許してやったはずの女だというのは許し難い。

 慰謝料は払うから離婚はしないでと泣いて縋りついたくせに、ほとぼりが冷めたと思えばまたこれ。

 当時、相手も既婚者であっちは最終的に離婚したと聞いた。

 こっちが再構築するって知った時に、夫と罵り合いの喧嘩をしていたと思ったが元サヤに戻ったのか。

 これでゲーム内で偶然知り合ったから、ちょっと一緒にプレイ(2人の関係を考えると卑猥に聞こえるな)しただけ、っていうなら百歩か千歩譲ってありえなくはないが、この2人、ゲームになんて興味を持たない人種だったはずだ。

 基本アウトドアで友人と一緒に騒ぎたてるのが大好きで、時間潰しの携帯ゲームならともかく、わざわざバカ高いゲーム機本体を購入してまで遊ぶなんて気が知れない、とは浮気発覚当初、妻に放置されていたからよその女にふらついたんだ、という言い訳の中にあった発言だ。

 確かに日本初のVRFPSサービス開始に浮かれて、今より五割増の値段だったVR機を購入し遊んでいたのは確かだが、自分の仕事と家事を終えての自由時間を趣味に注ぎ込んで何が悪い。

 娘とはちゃんとコミュニケーションもとってたわ。

 そもそも毎日帰宅が遅かったのはそっちで仕事といってたその大半が密会時間だったわけだし。

 そんな訳で、こっそり隠されていたヘッドセットタイプのVRギアを見つけた時から嫌な予感しかしなかったし、少し調べればこのゲームであの女と会う約束をしているメッセージが見つかったわけだ。

「ゲーム内の接触が、誓約書に抵触するかどうかが問題なんだよね」

 正直、二年前の浮気騒動で夫への愛情はかなりのスピードで目減りした。

 愛想と調子の良いリア充だった夫とインドアゲーマーで周囲に関心がない私は、就職した会社で同じ研修班にならなければ、一生触れ合うことはなかった組み合わせだろう。

 あくまで同期として接し、別の支社に配属されてからはボツ交渉になる、と思っていたら、やたらと小まめに連絡が来た。

 最初は同期会とか新人グループで誘われて、そのうち2人で会うようになって、いつの間にか恋人になっていた。

 人付き合い経験値が少ない私はもちろん初彼だったし、私の趣味にも一定の理解を示してくれて、一緒にいるのが心地よいと思えるようになった頃にはプロポーズを承諾していた。

 1人娘もすくすく育ち、恋人、夫婦というよりは家族としてしっくりくるようになったなぁと感じ始めたころに浮気発覚。

 しかも私が気づかなかっただけで、初めての浮気じゃなかった。

 泣き喚く元気すらなくなって離婚を切り出した私に、泣いて縋ったのになぁ。

 友人たちは、浮気男はまた繰り返す、って予言してた。

 私もそうかもとは思ってたけど、一割残ってた愛情が信じたがってた。

 あと、娘が高校入学したばっかりだったので、経済的な打算も働いた。

「でももう卒業だもんね」

 ぶんどった慰謝料があれば大学の費用もなんとかなる。

 もう夫の言動にいちいち気持ちが振り回されたくはない。

「とりあえずチュートリアル終わらせてから、それらしいプレイヤー特定しようかな」

 そう呟いて、私はコマンドを選択した。




「いや、もう何これ、たっのしーーー!!!」

 結論を言おう。

 夫のことなんか、どうでもよくなるくらい私はゲームを楽しんでいた。

 いやはや、さすがだわ、第二の世界。

 あくまでも作り物だという感触は残しつつ、リアリティ溢れる自然物や建造物。

 プレイヤーの行動次第でなんでも出来る、というのは誇大広告でもなくベースは剣と魔法の世界ながら、すでに銃が作られていた。

 私がFPSの方で愛用しているアサルトライフルはあったし、プレイヤーのガンスミスショップに通って共同開発したサブマシンガンは5連バースト通り越して8連バーストという頭悪いものになった。

 大型モンスター相手にはそれくらいいるんだよ、しょうがないね。


 一応最初は夫を探そうともしたし、浮気の証拠につながるような証言見つける気もあったんだけどね。

 現実で夫のVRギア隠してたとこ確認したらあっさりID見つかって、それ元に探って見たら、第二の世界内のガチ恋掲示板たらいうとこで、ラブラブ自慢してる夫IDあっさり発見。

 自由度の高いゲームなので恋愛シミュレーションとして楽しんでいるプレイヤーがいるのは知っていたが、この2人、この掲示板でも浮いてる。

 そりゃ基本NPC落としたい〜!って楽しんでるプレイヤーの中で、リアル匂わせカップルは、ちょっと…。

 とりあえず浮気相手も合わせてアバターもプレイヤー名も分かったのでデート報告(笑)を元に活動範囲しぼって見に行けば、観光したいプレイヤー向けのカフェとかレストランあるところで、いちゃいちゃいちゃいちゃしてた。

 愛の巣という名のプライベートルームもあるんだから、そっち行って?

 基本アバターはみんな美男美女なので、わざわざ貴方たちのいちゃつきとか見たくない。

 周囲は羨ましくて見てるんじゃなくて、呆れているか否応なしに視界に入っているだけだと思うよ。

 ゲームはじめた当初は2人の目の前に出ていって、話し合いと言う名の最終通牒突き付けようかと思っていたけど、あの2人と関わりがあると思われたくなくて止めた。

 念のため、スクショと動画は保存したが、本命はゲーム内ではなく現実だ。

 掲示板に書き込んだ匂わせの中に、リアルでも会っているような描写があったので、興信所を頼んだ。


「しっかり真っ黒、くそったれ〜〜〜!!!」

 荒野の真っ只中、「GISYAAAAA!!!!!!」と叫ぶ7本も首があるでっかいドラゴンに狙いを定めた。

「ファイヤーシュート!!」

 初手一発かますための使い捨てバズーカを放り出し、次の狙撃のために移動する。

 誘われて参加したレイド戦は的が大きくてまず外さないのが楽しい。

 ちょっと荒んだ心では精密射撃なんてできないので、何も考えないでぶっ放せるのが良い。

「え〜、なになに、どうしたん?」

「旦那の浮気決定、ついでに離婚決定、午前中にケリつけてきたんで晴れて自由の身!!」

 魔法や弓矢や砲弾が飛び交っているので、真横にいる友人と話すのも大声だ。

 隠密行動は意味をなさなくなっているので、移動の合間に投擲爆弾を放って味方を救助。ぽんぽん投げるのも楽しいなぁ。

「言い訳くらいは聞いてあげようと思ってたんだけど」

「けど?」

「『君の好きなゲームについて知って、夫婦仲を深めたかった』って、レベル20未満で何抜かす!ってなった」

 この友人には夫と浮気相手のいちゃつきゲームライフを教えていたので、爆笑してた。

「ゲームジャンル違い過ぎて、やっぱり世界が違うなって思っただけだったわ」

 ジャキッという軽快な音に心が躍る。

 構えたアサルトライフルの重みが感じられるこのゲームが好きだ。

 前回誓約書を書かせた半年後には、浮気相手との仲が復活していたと知った時は夫にこの鉛玉を打ち込んでやりたくなったが、そんなことをして大好きなゲームを汚すような真似はしたくない。

 娘も大学生になったら一緒に第二の世界で遊ぼうと言ってくれた。

 遠く後方で派手な爆発が起きた。

 爆風でドラゴンの体勢が崩れてる。

「畳みかけろ!」

「後方支援よろしく!!」

 レイドチャットで流れる言葉にOKサインを返して、トリガーに指をかけた。

 このゲームにハマってしまったのは予想外だったけど、当初の目的は果たされた。

 あとは楽しみつくしていくだけでしょう!

「ハッピートリガー万歳ってね!」

 改造アサルトの轟音は、きっと私への祝砲だった。

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