【KAC20237】―②『家族の言い訳』
小田舵木
『家族の言い訳』
「ねえ。お父さん」私は問う。「どうして私を創ったの?」
「…寂しかったからさ」父は
「私はもう、この世には居ないなずなのに」
「だからこそ、僕は…」
「お母さんは?」当然の疑問で。
「…ゴメンな、
「そして…拒絶されたんだね?」じゃないと、私だけがここに居る理由が分からず。
「ああ。命は一度
「お父さん」疑問があるのだ。
「どうした?」空
「
「そうだな。まずは男が在るべきだと思ってな」
「聖書みたいに」
「そう…この息絶えた地球。そこに降り立つクローン、今度はアダムじゃない訳さ」
「貴方は…私やお母さんを蘇らせる前にすべき事があるんじゃないの?」遺ったモノの責務。それは文明の再興であり。遺伝子的に近縁な私や、特別な感情を抱いている母を創るべきではなく。
「…人類は集まれば『争い』というゲームを起動させる」彼の言い訳。勝手に人類に絶望して、自分
「そうであっても―私達の種を存続させるという使命は変わらない」
「地球人類の滅亡は一度きりで良いんだよ」
「そうやって言い訳をしても、貴方の独善性は変わらない」
「良いじゃないか?独善でも」
「良くない」
「何で…お前たちは受け入れてくれない?」父はそう言い頭を抱えるが。
「私は―特別なんかじゃないから」
「僕にとっては特別なのに…」
◆
こうして。
僕の実験は今回も失敗した。
遺されたリソースは多くない。幾度も実験を繰り返せば。材料は減るし、再利用するモノも劣化していく。
電気ショックで再生した
その顔を見やって。妻の
なんとも言えない気分になり。こんな事を繰り返しても無駄だという思いに
でも、それでも。
この地球上に
遺ったリソースを無駄
「別に良いじゃないか?地球人類なんか滅びても」この宇宙、
「どうせ―滅びる運命だったんだ」僕は核シェルターの中
そう。ここは核シェルターだ。生前のオリジナルがハンドメイドで造った。
オリジナルは第三次世界対戦が起きる直前にこの狭苦しい核シェルターを作り、そこに禁忌である人体のクローニング施設を置き。家族の
まずは自分が再生するようにセッティングした―千年の時を経て。
そして蘇った僕。ティーンエイジャーとして目覚めるように調整されていて。
その体には情熱が宿っていた。妻と娘を再生すると。
そこに正しさはない。
と、言うより。僕独りの世界には
ただ。己の欲求に従って、鳳を再生する事にし、あっという間に成功したは良い。
だが。
彼女はそもがクローニングをしてまで生き残りたくないという人間で。
ここにある貧弱な設備では洗脳する程の操作は叶わない。
だから僕は言い訳を何度もした。幾度も蘇る妻に。
◆
「何度やっても、私の考えは変わらない」そう
「黙って受け入れてくれよ」懇願。もう疲れてきていて。
「
「これが僕なりの愛だ」月並みな言い訳。ティーンエイジャー同士ならこういうクサイ台詞も通じるような気がして。
「その愛は独善でしかない」冷たく言い放つ鳳が、今は憎たらしくて。
「
「私は一度きりの人生に価値を置いて生きてきたの。そして一度きり貴方に出会ったから愛せた。でも」と目を伏せる彼女。
「二度は愛せない」言いたくない事を自分で言う哀しみよ。
「そう。だから。もう一度眠らせて」彼女が僕に頼む。その願いを聞かなきゃいけないのが死ぬほど悔しく。
「…分かった」もう何度言ったのだろう?
◆
僕は失敗した
この作業、何度やっても慣れない。
そして遺った残骸を再利用する訳だ。この作業には時間がかかる。
シェルターの中、僕は独り、コーヒーを
それを
ああ。もう、何度も再生している余裕はない。
このシェルターに遺された食料と水のストックが少なくなってきている。
そうしてしまえば僕の何かが終わってしまう―というのは言い訳で。
ただ、可能性を潰したくないだけだ。
限りなくゼロに近い、彼女たちが僕を受け入れる可能性を。
◆
培養装置の目の前で腕組みをしながら考える。
次の
しかし、いい考えは浮かんでこない。いつも通り。
何を言っても言い訳に収束していく僕の言葉。
やっている事が個人
説得力に欠けるのだ。「お父さんの為に生きてくれよ」これがせいぜい捻り出せる台詞で。
思春期の娘に言う台詞じゃない。分かってはいるさ。
それに思春期を迎えた女性は―
どうしたものか?
ティーンエイジャーがティーンエイジャーを説得する時、大きな武器になるのは性だ。なにせ繁殖
そこに僕のディレンマは在る。相手が娘だもの。
僕自身は娘を愛している。妻と同じように。
しかし、娘はそうでもないようだ。幾度も繰り返した実験の中で掴んだ実感。
それはしょうがない事かも知れない。
僕と二人っきりの世界が嫌なのかも知れない。
◆
「どうしよう
「…私に
「そうなんだ。君は彼女をよく知っているだろう?」
「知っているわね、親として」
「僕を受け入れさせるためにはどうしたら良いのかね?」言ってもしょうがない事を相談していることには気付いているが。
「…
「無理だ。
「貴方は貴方としてしか復活出来ないんだったわね。忘れてた」
「そして。君たちも君たちでしか復活出来ない」あるのは3人の遺伝情報。
「…人類は絶滅すればいいのよ」投げやりに彼女はいって。
「僕も特に生殖には
「人類
「済まないね。付き合わせて」一応、言い訳に終始しがちな僕にも良心はなくはない。
「そう思っているなら。二度と呼ばないで」彼女は言う。
「僕が死ぬまでは。ここのリソースが尽きるまでは付き合ってもらうかも」申し訳ないけどね。
「貴方は不可能に挑んでいる」凰は目を伏せ言い。
「もう一度
「3人で地球を再起動させるのが無理であり。私はそこに希望を見ない。もし私達が創始者になったとして。恐らく数代の内に
「まったくもってそうだが。別に良いじゃないか?生殖して子孫を増やさなくても。僕はただ、君たちと生きて死にたい、それだけ」何度言ったんだ?この台詞を。
「そんな無駄で意義のない人生に付き合う道理はない」
「人生なんて
「私はね。曲りなりに女で。妊娠出産に意義を求めるのよ。それが女性として産まれてきた者の宿命なの。命を創る者としての責務を負ってる」
「
「案外、遺伝子に刻まれたモノに規定されているのよ」
「そんなものは無視しろよ」
「そうすると途端に人生が空虚に思えるのよ」
「歳を取って個人の充足の中に居れなくなった?」
「そう。若いときだけ。自分一人を軸にして考えるのは」
「…そう言われちゃうとね」参ったな。
◆
僕のシェルターには限られたリソースしかない。
少ない食料と、ヒト3人分の原料と。
それがこのシチュエーションの限界であり。
ああ。僕は細やかな家族団らんが欲しいだけなんだ。
鳳みたいに遺伝子に駆動させられる人生は望んでいない。
朱雀みたいに他人がいない世界でも道義を求める事も出来ない。
そこにオスの身勝手さを見てくれてもいいが。
それは単純な図式に落としすぎだ。
僕はそこまで
ただ。お父さんでありたいだけなのだ。遺伝子
なんといっても―生前は不義理のしきりで。
僕は政府系の研究所に
ただただ、政府の要人の為の遺伝子操作を行い続けた。まあ、みんな戦争で死んじまったけどね。
そう。僕は生前は家族の為に何も出来なかった。
できたのはシェルターを遺し、再生の
最初で最後の『個人的な仕事だった』。
なのに彼女達は理解してくれなくて。
いい加減、限界にある今の状況を動かさねばならない。
果たしてどうするべきか?
◆
最初から、こうするべきだったのか?僕は問わざるを得ない。
眼の前には
そして。僕は
僕は先に逝く。
もう疲れた。望まれていない事をするのに。
◆
気がつけば。
私は培養装置に在り。眼の前には若かりし頃の姿の母が居り。
「おはよう、
「おはよう…?」と私は言うが。
「お父さんはね…居なくなったわよ」母は言い。
「…どういう意味?」こう問わなくてなるまいて。
「まず。私達はクローニングされた事は分かってるわよね?」
「分かってる」
「…ヒト3人分のリソースと
「…お父さんは―繰り返していたの?」私達の再生と破壊を。
「そう。そして。私達を説得できない事に絶望して―お父さんは自分のスペースを無くした…この
「…自分のシークエンシングデータを消した」ああ。参ったな。私は知らない。そんな事。知っていたら―どうしていたんだろうか?
「そして。タイマーをかけて私達を再生した…まったく」母はため息をつき。
「遺されたのは?」
「食料2人分が多少。後はヒト一人分のリソースが余分にある」母は言う。
「…外に出るべきなのよね?」
「外は危ないけどね」
「でも私達は…」
「外に出ない限り可能性は閉ざされる。ジリ貧になるだけ」
◆
私達は防護服を身にまとい、外に出て。
そこには青い空があり。
父の名と同じ色をした空。
その名前は永遠に失われ。
「
「お父さんの言うこと…聞いてあげれば良かったのかな?」そう思うけど。
「過ぎた事なの」
「割り切れないよ」私は思えど。その結果を招いたのは―私であり。
「歩いて。何処かの施設で保管されてる
「何時か―行き詰まるんでしょう?」
「それでも…私達はやらなきゃ。じゃないとあの人は死に損…殺した一人が言うことじゃないけど」
「…そうだね。私達は共犯なんだ」
青い空は深く
この2人だけの地球を包み込んでいる。
私達はその下を歩いていくんだ。
未来に向かって。
そこには私達2人の言い訳が確かに在る。
◆
【KAC20237】―②『家族の言い訳』 小田舵木 @odakajiki
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