【KAC20237】あの日の約束を果たすために

依月さかな

あー、ほら、昔のノリでさ!

「言い訳があるなら聞いてやる」 


 ソファにどかりと座り、俺はそう切り出した。向かい側にいる細身の男は反省の色を示すことはなく、にやにやと笑って応える。いっぺん、殴ってやろうか。


 今夜、俺はずっと消息不明だった幼なじみと再会した。

 無事に元気でいたのは良いことだ。が、普通に会えばいいものを、このお気楽トラブルメーカーときたら、怪盗の予告状みてえな差出人不明の手紙を送りつけてくるという、手の込んだ悪戯を仕掛けてきたのだ。

 その内容が「あなたの大事なものを頂きに参ります」という脅迫文だったから、タチが悪い。

 ひと通り怒鳴りつけてやったものの、俺はまだ気がおさまらなかった。


「あー、ほら、昔のノリでさ! 久しぶりに会うから笑い飛ばせるようなジョークをだな……」

「どこが笑い飛ばせる冗談なんだよ! 俺は身内になにか起こらないか心配したんだぞ」

「おまえがそんなにあの予告状を本気にするなんて思わなかったんだって。悪かったよ」


 意外にも、幼なじみの深狼みらは素直に謝ってきた。彼が頭を下げた拍子に、一つに結んだ紫紺色の髪が尻尾みたいに揺れる。

 思い返せば、予告状の差出人に添えられていた狼のイラスト。あれは深狼みらであることを示していたのかもしれない。あいつの名前、和国の言葉で「狼」っていう意味が込められてるからな。別に人狼とは関係なかったか。


 俺も深狼みらも魔族と呼ばれる種族だ。魔族は変身する本性の姿や特性によって、多くの部族に分けられる。その中でも俺たちは妖狐と呼ばれる、狐の幻獣に変身する部族だ。

 妖狐はこの広い大陸では珍しい。それもそのはず。南方の果てにある島、和国ジェパーグにしかいない部族だからだ。

 俺も深狼みらも和国出身で、まだ子供の頃に海賊たちの手により連れてこられた。最後に会ったのは村が襲撃に遭う直前だ。

 あの頃とは違って、俺も深狼みらもずいぶん背が伸びて大人になった。なのに、こいつときたら、子供の時と変わらず悪戯をしかけてきやがったのだ。

 なのに素直に謝るとか、一体どういうことなのか。言い訳のひとつもしねえところは、片割れの兄貴に似ているのかもしれない。


「リュカとは、だいぶ前に俺の上司を通して知り合ってさ。ま、そん時からリュカが記憶喪失なのは知ってたんだが。最近、リュカが氷室ひむろと再会したって言うから、オレも会いてえなーって思って」

「それで、僕がセッティングしてあげたというわけなんです」


 本人は弁解しているつもりなのかもしれない。苦笑しながら事情を話す深狼みらの言葉を、弟が引き継いで答えてくれた。


「ってことは、おまえ、ライヴァンにいたのかよ。つーか、上司って。今、どんな仕事をしてんだ?」


 俺と深狼みら、そしてリュカは海賊に捕まった後、散り散りになった。俺は東大陸の無法国家に住む非道い主人のもとに売られ、たしか弟はライヴァンという大きな国で助け出してもらったはずだ。自分の名前さえも忘れ去っていたリュカはその貴族のもとで育てられたから、その弟とすでに再会していたのなら、深狼みらはライヴァンにいたことになる。


「まーまー、落ち着けよ。ちゃんと順を追って話してやるからさ」


 からからと笑う深狼みらの服装は俺とは違い、着物姿じゃない。上は革製のジャケット、下は紺のジーンズにロングブーツという、一国の城に出向くにしてはラフすぎる格好だ。狐の耳と尻尾が丸見えな俺とは違い、耳は魔族特有の尖った耳で尻尾は出ていない。大陸風の服装に関してもそうだけど、弟と一緒だ。

 俺が狐の獣人みてえな格好なのは、非道い主人のもとで虐待を受けたせいだ。ということは、深狼みらもリュカと同じく酷い目には遭わなかったのかもしれない。


「どうして待ち合わせ場所をわざわざルーンダリア国の城にしたかっていうと、理由はオレがやっている仕事に関係があるんだ」

「仕事……?」

王城ここではあまり、大きな声で言えねえんだが——、」


 人差し指で頬をかき、幼なじみは声をひそめて告白した。


「オレ、《闇の竜》に所属するしのびなんだわ」


 俺は驚愕し、言葉を失った。


 闇組織ギルド炎纏いし闇の竜フレイアルバジリスク》こと、通称 《闇の竜》は俺が現在所属するルーンダリア国にとって因縁の相手だ。なにしろ、数百年前のこととはいえ、一度国を滅ぼしかけた元凶こそがその《闇の竜》である。

 深狼みらが声をひそめるのも当然だ。ルーンダリア国王は大の闇組織嫌い、特に《闇の竜》なんて逆鱗ものだからな。


「おい、おまえ……、城に来て大丈夫なのかよ」

「兄さん、その点に関しては大丈夫ですよ。ミラさんが《闇の竜》所属であり兄さんの大切な友人であることを説明した上で、ギルヴェール国王には許可を頂いていますから」


 背筋が凍る思いでいたら、リュカがすかさずフォローしてくれた。

 えっ、ギルはぜんぶ知ってんの? よく許してくれたな。


「あの国王サマ、怖ぇけど意外に話せる人なんだぜ? 《闇の竜》所属と言っても、ルーンダリアでの政変当時、オレはまだガキで和国にいたし。関係者じゃねえってことと、氷室とは幼なじみってことをリュカを通じて説明したら、城の応接室でなら自由に会って構わねえって言ってくれたんだ」


 だから、王城内での待ち合わせだったのか。


「オレはさ、最初『しのび』の訓練施設に売られてたんだよ。で、色んな縁があって、今の《闇竜》の総帥に拾われてさ」

「そう、だったのか」

「それより氷室、おまえ、今、隣国ゼルスで指名手配されてるんだって?」

「え?」


 なんで、会ったばかりの深狼みらが知ってるんだろう。

 ああ、そうか。リュカから事情を聞いたんだな。深狼みらのことを憶えてなくても、それなりに仲は良さそうだし。


 結局のところ、俺の予想は半分当たっていて、半分外れていた。

 深狼みらは意味深に口角を上げると、懐から一枚の紙を取り出し、俺の目の前で掲げてみせた。


「これ、見覚えがあるだろ?」

「うわぁぁあああああ! ソレ、俺の指名手配書ぉ!! なんでおまえが持ってんだよ!?」


 でかでかと俺のフルネームと報奨金の価格、イラストが書かれたその紙を忘れるはずもない。けど、どうして国王のギルだけじゃなく深狼みらまで手配書を持ってんだよ!


「あはははー、懇意にしている知り合いにもらったんだよ。ま、氷室は今や国の宮廷魔術師な訳だし、国王サマとしても手配書を取り下げさせるために動いてくれてんだろうけどさ。交渉、うまくいってねえんだろ?」


 深狼みらは今の俺についてどこまで知っているんだろう。言ってることが当たっているだけに図星で、おずおずと頷くと、こいつはいい笑顔になった。


「別に悪戯の罪滅ぼしだなんて言い訳はしねえけどさ。この手配書の件、オレに任せてくれねえか」

「え?」


 短く聞き返したのは俺と弟、ほぼ同期だった。

 笑っているものの、幼なじみの両眼に宿る光は真剣そのもの。いつものふざけた、脳天気な雰囲気はすっかりナリを潜めている。初めて見る、深狼みらの顔だった。


「どうするつもりだよ」


 ガラにもなく、声が震えた。不安でたまらなかった。

 悪戯好きトラブルメーカーで、へらへら笑っていた幼なじみはもういない。長い年月の間、大人へと成長していく過程で、彼は幾つもの修羅場を超えたのだ。そう思った。


「コレを作成したのは《闇の竜》と同じ闇組織のヤツらだ。ゼルスの国王じゃない。オレが、この手配書をばら撒いた張本人に会って、交渉してきてやるよ」


 何を、言ってるんだろう。超危険な隣国に渡るつもりなんだろうか。俺が尻尾をまいて、命からがら逃げる羽目になった、あの国に。


「危ねえだろ」

「だーいじょうぶだって! さっきも言ったけど、オレはこう見えて《闇竜》のしのびだぜ? お前らよりも裏のことは分かってるつもりだ。だから、気を楽にして任せてろよ」


 唇を引き上げ、深狼みらは勝気に微笑んだ。いつの間に、こんな頼もしくなったんだか。

 自分の力で解決できないからと言って、古い友人を危険さらすのがひどく申し訳なかった。長年の付き合いだから、きっと深狼みらはそういう俺の性格をわかっていたんだろう。

 ごめん、と。口にする寸前、幼なじみは昔のようにへらりと笑った。


「言っただろ。おまえが困った時は必ず助けになるって」


 そうか。彼は子どもの頃に交わした口約束を果たすつもりなんだ。

 謝罪の言葉を飲み込む。確固たる将来を疑うことなく夢見ていたあの頃のように。俺は子供みたいに、歯を見せて笑ってみせた。


「ありがとな、深狼みら

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