幸せないいわけ

寺澤ななお

幸せないいわけ

 異世界に召喚されてから5日。

 俺は絶望している。


 会社からの帰り道。突然光に包まれて降り立った先はお決まりの中世風ファンタジーな世界。


 魔法こそあるものの、電気もなければスマホもない。ゆとり世代として生まれ、テクノロジーの発展とともにすくすく育ってきた俺にとっては、あきらかにハードモードである。


 唯一の希望は男なら誰もが憧れる「魔法」の存在だが、もちろんそんなに簡単な話ではない。使いこなすには鍛錬が不可欠であり、素質があったとしても、戦闘で使えるようになるには、早くても3年はかかるという。


 ここまで愚痴っていればわかると思うが、俺にチート能力はない。冒険者ギルドの倉庫に眠っていた初心者装備を譲ってもらい、スライムやゴブリンを狩る日々が続いている。


 RPG序盤に登場するザコモンスターではあるが油断は禁物だ。群れと遭遇したら勝ち目は薄い。


 単体でふらついているを見つけては狩る。群れなら息を潜めやり過ごす。この繰り返しだ。


「やあ、調子はどうだい?」


 狩りを終え、宿屋の食堂でビールをのみなながら一息ついていると、後ろから呼びかけられた。首を向けると、一人のエルフが満面の笑みを浮かべていた。


 同じ宿を拠点とする冒険者のアルフだ。面倒見が良く、森で倒れていた俺をここまで運んでくれた恩人でもある。

 いつ見ても清々しいほどのハンサムぶりである。こんな状況じゃ無ければ抱かれても良いとさえ思える。


 アルフは俺の対面に座り、ビールを頼んだ。配膳係の女の子は照れくさそうに応える。俺の時より遥かに嬉しそうだ。


 彼はいつも俺を気にかけてくれる。安全な狩り方や、森で生き抜く術を教えてくれたのも彼である。本当に頭があがらない。


「ここでの生活は慣れたかい?」


「ビールを飲めるほどにはね」


 俺がそう応えると、アルフは笑みを深めた。


「それはなりよりだ。長い道のりだが、焦っては行けないよ。毎日を積み重ねればきっと帰還の時はやってくる」


 彼は真剣なまなざしで俺を見つめる。


 そう。元の世界に帰れる道はあるのだ。


 アルフと出会った日、彼は教えてくれた。俺をこの世界に召還したのは神であると。神に召喚された者には例外なく役割があり、それを達成したときには元の世界に戻る権利が与えらえるらしい。


 少なくともはその方法で戻ってきたとアルフは明言する。


 アルフは20年前に異世界へと飛ばされ、3年前にこの世界に戻ってきた。さらに言えば、その間、アルフが居たのは現代の日本だったという。

 妖精の血を引くアルフはこの世界で鍛えた魔法と弓矢で、日本各地にはびこる悪霊を退治してきたのだと教えてくれた。


 その彼の経験に倣い、俺はモンスター退治を黙々とこなしているというわけだ。


 ――今日の狩りの報告をしながら、アルフと酒を交わしていると、あっという間に時間が過ぎ、食堂にはほとんど客が居なくなった。程よく酔いがまわった俺は、ふと以前からきになっていたことを聞いてみた。


「何故、アルフはこの世界に戻ってきたの」と。


 風土は違えど、この世界の文化レベルは日本と比べてかなり遅れている。インフラだけでなく、医療、食文化など様々な観点からみても、日本がはるかに優れていると思う。加えて、命の危険もないとなれば、元の世界に戻らないという選択肢を選ぶものが多いはずだ。


「やはり、人間とエルフとでは相容れなかったの?」


「いや。変身魔法で人間に扮していたし、あっちの生活は良い意味で刺激的だったよ。できることなら、照り焼きバーガーをまた食べたいな」


「家族に会いたかったの?」


「いや。エルフは長命だ。親とも100年以上の月日を共に過ごしたからね。未練はあまりなかったよ」


「戦いに飢えてたの?」


「いや。もともと争いは好きではないんだ。悪霊の発生頻度が落ち着いて、あっちの世界で戦士として活動することはなくなったけど、それが理由ではないよ」


「じゃあ、なぜ戻ってきたの」


「ーーあっちの世界は怖いから」


 アルフは一拍間をおいて答えた。


「何が怖いの?」


「あっちの世界ではできないからね」


 アルフは淡々と言葉を続けた。


「学ぶ環境もあるし、働く環境もある程度確保されている。こっちの世界より、情報も手に入りやすい。身分の差も少ない。日本には奴隷はいないだろう?」


 こっちの世界では奴隷は合法だ。奴隷を買うことは富の象徴ともされている。


「医療も充実している。機能を失った臓器や器官を他人のそれと入れ替えるなんてことはこっちじゃ考えられない」


 治癒魔法にも限界がある。臓器の機能が欠損した場合、こっちでは死を待つしかない。高等魔法のエクスヒールをもってしても延命にしかならない。


「今も医療技術は発展し続けているだろう?最後に見たテレビでは、失明した患者の頭に機械を埋め込んで光を見せることもできると言ってたぞ」


 コップに残ったビールをグイっと飲み干してアルフはにやっと笑う。


「できない理由がないんだよ。君らの世界には。いいわけで逃げることができない。僕はそれがたまらなく恐ろしい」

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幸せないいわけ 寺澤ななお @terasawa-nanao

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