第5話 覇王⑤

 ひとしきり泣かせてもらったあと、私は彼にここまでの話をざっくり話した。


「あの病気自体がバグね……まじでふざけんなって感じだな」


「それで、トールキン中佐はあのちっさなお爺さんとどういった話を?」

「ラウールって呼んでよ。ああ、どうしても君を前にすると言葉が乱れてしまうな。私もノエルと呼んでも?」


「もちろんです。それに、言葉も懐かしいので気にしないでください」


「ありがとう。でも、どこに聞き耳立ててる者がいるかわからないからね。弱味を見せないように慎重にならないと。私はね、大好きなナナが死んでしまってショックだった。だってまだ私たちは十六だった。なぜそんなことが起こるのか理解できなかったし、君の病気が許せなかった」


「サトイチ……」


「だから、必死に勉強して医者になった。そしてずっとナナの病気を調べた。なかなか原因が掴めなかったけど、君の髪を調べたらようやく……」


「私の髪?」

 私が最後に彼に会ったとき、もう髪はなかった……。


「お姉さんにもらった。お姉さんにナナは髪を抜け落ちる前にばっさり切って渡してただろう? かつらを作れるなら作りたいって。お姉さん、自分の髪と合わせて作ろうと思ってたって言ってた。そうそう、お姉さんのお子さん、ナナコちゃんって言うんだよ」


「お姉ちゃん……」

 泣きそうな顔でツンツンしていた、前世の姉が瞼に浮かぶ。


「ナナが死んですぐ欲しいって言ったら相手にもされなかった。もっと実力つけて偉くなってから来いってね。私が大学の教授になってから、ようやく根負けしたって渡してくれた」


 医者で教授……はじめくんはめちゃくちゃ頑張った大人になっていたのだ。


「そして、あと一歩でナナの病気を解明できるってところで、急に真っ白な世界で小さいお爺さんに会ってた。で、『その病気はまだ発現してもいけない存在で、もちろん治療法も解明はタブーだ。悪いが君の地球での存在はここまで』って言われて……なんかもう、一周まわって怒りすら湧かなかった」


 そう言って大きな体で肩を落とす彼の背を、そっとさする。


「私とほとんど一緒だね。ちなみに公爵様はもっと悲惨だよ。転生時、たった十才だったんだって」

「リード公爵が仲間かあ。面識もないのに前線に私名指しで支援物資を届けてくださるから不思議だったんだ。なるほどね」

「これからは、ラウール様も含めて三人、特別な友人だね」


「友人?」

「ひとまず友人……でしょ? 私たち、こちらでは出会ったばかりだもの」


私がそう言うと、彼は眉間にますます皺を寄せた。


「……ねえ、ノエルはあの爺さんに何を願ったの?」

「わ、私? 健康と老衰」


 背中に回された腕に力が入った。私は……もう大丈夫だからという意味を込めて彼の太い胴に手を回し、ポンポンと叩く。


「私はね、ナナのいる世界に行きたいと、そして鍛えればラオーになれる体が欲しいって願ったよ」

「え?」

 ……私が別れの場あんな冗談言ったから?


「……そんな……どんな体でも、はじめ君なら好きだったんだよ?」

「そうなの? まあでも体格がいいにこしたことないだろう? ノエルを守れる。今回は絶対に守る」

「ラウール様……」

「もう一つは、ナナよりほんの少し前に死にたいって願った。ナナがいなくなってからの長い人生、結構きつかったから」


 私の病気の解明に生涯をかけたというこの人は……もうどこにもいない私への想いをずっと抱えたままだったのだ。それはどんなに……孤独だっただろう。さっさと死んだ私より、ずっとずっと……


「……私、老衰決定だから、ラウール様も長生き決定ですね」


 ラウール様は剣ダコのあるガサガサの指で、私の涙を拭った。気づけばまた、泣いていた。


「ノエル」


 彼は私と目を合わせたまま体をほどき、私の手を片方ずつ、しっかり握った。何を意味するか悟り、言葉が出なかった。

 私が泣きながら目を閉じると、静かにゆっくりと、唇が合わさった。少しカサカサしていて、とても温かかくて、涙の味だった。


「……ビニールがないと、全然違う」

 かすれた声で囁かれる。


「うん……あのときもドキドキしたけど……ビニールがないと、心臓が本当に外に飛び出しそう」

「ノエル、真っ赤」

「だって……健康だもの。今回の私の姿、どう?」


 私が照れ隠しに笑うと、ラウール様も目尻に涙を浮かべ、コツンと額を重ね「色っぽい」と囁いた。


「世紀末覇王の私が、相変わらず可愛い君を、奪うよ」

「……どうしよう、ラウール様やばいくらいかっこいいね」


 そして、上から食べられるようなキスを受けた。




 ◇◇◇



 後から考えると王宮でありえないほどイチャイチャしてしまったわけだが、公爵様が立ち入り禁止にしてくれていたそうで、誰の目にも触れず助かった。


 その後、辺境伯家と子爵家という爵位的な問題やらなくもなかったけれど、陛下との約束と公爵様の後ろ盾で一瞬で婚約した。

 結婚は私の成人を待って、ということになっている。


 私たちはこの世界では揃ってモテる見栄えではなかったので、恋愛面では横槍が入ることもなかった。

(姉によると、裕福な我が家の資産狙いの令息が少し騒いだけれど、ラウール様のひと睨みで大人しくなったらしい)


 ラウール様は軍の要人なので、私は軍人の妻となり、姉が我が家を継ぐことに決まりかけたが、姉はやっぱり王太子様に捕まった。私の退出後、三度も四度もくたびれるまで踊らされたらしい。


 結果、予定どおり私が女子爵となり、ラウール様が入婿になって支えてくれることになった。

 この件の障害に関しては、元凶の王太子殿下が、全ての諸問題の責任を取るそうだ。

 ちなみに姉は、一旦リード公爵様の養女になったのち、王太子妃となる。


 ひとまずはまだ若い両親が現役でいてくれるうちに、私はしっかり領主としての実力を身につける。ラウール様は後進を育て退役の後、本格的に領政と商売を手伝ってくれる、という算段だ。


 ラウール様は前世から努力の天才だったから、きっと順調にその道筋を進んでくれるだろう。問題は私だ。これまで以上にしっかり学んでいかなければ。



 ◇◇◇




 今日は二人で、今貴族から平民まで話題の大道芸を見にきた。簡素なベンチに商会の仕事中に着る、平民に人気のワンピースを着て座った。ラウール様も辺境での普段着だという、着古したシャツとパンツ姿。ラウール様がいるので護衛はいない。付き人は離れたところで見守っているだろうけれど。


「ラウール様、見てください。あの犬、自分の背丈の三倍はジャンプして、輪をくぐったわ」

「いや、あの猿のほうがすごいよ。人間そっくりだ」


 と、互いの耳元で囁きながら、私たちは前世できなかったほのぼのデートをのほほんと過ごしていたわけだが、周囲の印象は違う。


「なんで昼間の公園広場に黒薔薇がいるんだ。夜な夜な秘密クラブでウブな男をかどわかしているはずだろう? もちろん拐かされたいが?」


「なぜ、血祭り令息が王都にいるの? 辺境で素手で熊を倒してるはずでしょう? はっ! 目があった……バタッ」


 ぜーんぶ聞こえているけれど、どうでもいい。私たちが仲良く一緒に生きている。それが全てだ。でも、あからさまな悪口は軽く傷つく。


「ノエル、気にしないでいい。私たちに本気で害する者がいれば、捻り潰すから」


 ラウール様は、今世も目の前の人の機微に聡くて弱きに優しく、最高に男前だった。それは天然ではなく、そうありたいと願い身につけた努力の結果だと、私は知っている。


 努力の天才と言えば……

 ショーが終わり、屋台でサンドイッチ的なものを買って、公園のベンチで休憩しながら声をかける。


「ラウール様は結局、前世では結婚しなかったんですよね?」

「そうだよ。恋人もいなかった。身ぎれいなものだ」

「その、初体験は、済ませたのですか?」


 彼は目を眇めて私を睨み、デコピンした。


「……してないよ。私は潔癖なの。好きでもない相手と、エッチする気になどならなかった」

「ってことは、実践なしでそっちの勉強だけやりこんでるってことですね? 二つの人生またがって。恐ろしい……」

「……そんな拗らせた男を相手にするんだよ。ノエル、覚悟しててね」

「ひぃっ!」


 彼が笑って手を手繰り寄せ、優しく握りしめる。それが私たちのキスの合図。

 強面の彼も悪女風の私も柄になく頰を染めて、ゆっくりと唇を寄せる。


「好きだよ。ずっとずーっと前から」

「私も、ラオーる様だけ……あ」

「…………」



 ◇◇◇




 私は家族や公爵様に見守られ、日々忙しく自分に与えられた仕事をこなしながら、ラウール様に奪われる日を、はしたなくもワクワクと待ち構えている。


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世紀末覇王に奪われたい!と、確かに私が言った 小田 ヒロ @reiwaoda

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