第4話 覇王④
二メートルに届きそうな巨体、筋骨隆々の体、二の腕は私のウエストくらいありそうだ。紺の上品な制服の肩に金属のトゲトゲはないけれど、胸には数えきれない勲章がジャラジャラとぶら下がっている。そして緋色のマント!
元の造形がわからないほど顔を顰めているので、顔立ちはよくわからない。濃い金髪は短く刈り揃えられ……とにかくこちらに歩む一歩ごとにズン! ズン! と効果音が聞こえてきそうな迫力だ。
「ラオーって……世紀末アニメの? ウケるんだけど? でもピッタリだね」
公爵様が笑いを堪えながら小声で囁く。
「公爵様、あのアニメご存知なんですか? 小学生でしょう?」
「学校で話題になったから動画サイトで履修した」
私たちは再び陛下の前に並んだその青年に視線を戻した。
「……あの人から……感じます」
「やっぱり。私も以前、出陣式で気がついてね。でも、これから戦地に向かう若者に関係ない話をするほどの粗忽者ではない。静かに見送って、この日を待っていたんだ」
つまり公爵様は私の反応を見るために、この場に残ったのだ。
「彼はトールキン辺境伯の次男、ラウールだ」
「ラオーる?」
「ラウール!! 十八才、ノエルの二つ上だね」
トールキン辺境伯は我が国の盾。侯爵家と同等の格を持つ。
「十八? たった二つしか違わないのに前線に出ていたのですか?」
「ノエル、それが今世だよ。彼は年齢に見合わぬ冷静な指揮で、我が軍を勝利に導いたらしい。ひょっとしたら我々と違い、前世で大人まで生きていたのかもしれないね」
公爵様の話に頷きながら、軍人たちが陛下の前にきちんと整列したのを見守った。
陛下の労いの言葉を参加者全員で聞き入る。この数年の戦いの模様をかいつまんで説明する陛下。新聞で読んで知っているつもりだった話が、その数倍壮絶なものだったとわかり、感謝の念が込み上げる。
我らの商会の支援や輸送も少しは役に立ったのなら嬉しいけれど。
やがて、抜きん出た功労者が壇上に呼ばれ、陛下直々にねぎらわれ、褒賞をもらう段になった。
最初は当然総大将のトールキン辺境伯が呼ばれ、陛下とガッチリ握手した。次に呼ばれたのはなんと、ラオー様だった。
「ラウール・トールキン大尉、そなたの誘導作戦こそが、最小限の被害で最大の戦果をもたらす結果となった。二階級特進と、メルビス勲章を授ける」
メルビス勲章は多くの民の命を救った功績への勲章だ。彼は敵兵の命をやむなく奪ったこともあっただろう。年若い彼の葛藤はいかばかりか? でも国は彼の働きは命を救うものだったと宣言した。この国はいい国だ。
それにしてもあの貫禄で十代とは……ちょっと信じられない。マジマジと彼を見聞していると、彼はなぜか陛下を前にしているというのに、グイッとこちらの観客側に顔を向け、濃いグリーンの瞳でひと睨みした。
軽くご婦人の悲鳴があがり、紳士たちは「誰か無礼な陰口でも叩いたのでは?」と周りを見渡す。
何重もの人垣を挟んだ私にも、すごい威力だった。
「こ、これ、ラウールよ。何を殺気だっておる。そ、そうだ。私から個人的にお前に褒美をやろう。お前が幼き頃より必死に鍛えてきたのを知っておるからな。なんでも願いを言うてみよ。この玉座と国庫を明け渡す以外のことならば、大抵のことを叶えてやろうぞ?」
おおー! と歓声が起こり、場が再び明るくなった。
「陛下、なんでもなんて、ビビりすぎじゃないですか?」
「ノエル、ビビるなんて言葉、この世界にないから気をつけなさい。でもビビるだろうよ、あの睨みを目の前で見せられたら」
公爵様とヒソヒソ話をしていたら、再び場が静まった。
「なんでも願いを叶える、ですか?」
低い、掠れた声が場に響いた。これが彼の声らしい。
「ラウール、聞き返すとは無礼ぞ?」
陛下が子どもを叱るような言い方でたしなめる。
「失礼しました。では」
ラオー大尉……いや、昇進してトールキン中佐はやおら陛下に背中を向けて、壇上から降りた。そして広い歩幅でなぜかこちらに向かってくる。
太い腕を大きく振りながらズン、ズンと迫ってくる姿はまさしく世紀末覇者……。
「こ、公爵様!」
「ノエル!」
思わず公爵様と袖を掴みあってしまう。周囲の人間が一斉に道をあけた。公爵様は別格として、今宵の主役で格上相手に、ポカンと立ちっぱなしはまずい。
私は慌てて公爵様から手を離し、略礼を取る。後ろの家族も私に合わせたところで、トールキン中佐は私の目の前に来た。
「……御令嬢、名を伺っても?」
その声は波動で心臓を直撃する迫力だった。しかし、私の素性も知らないまま話しかけたらしい。私にしても初対面に間違いない。どこかで何か気にさわることでもしてしまったのだろうか?
「ノエル・メイウッドと申します。この度の平和への道筋をつけたご活躍、心より感謝申し上げます」
「ノエル嬢か……」
彼はそう言うと、大きな体を折り曲げて、中腰の私の耳元に口を寄せた。
「……緑の帽子被った小さなじーさん、知ってる?」
知ってるーー!!
私は思わず顔をあげ、彼の目を見て返事した。
「い、いぇす、さー!」
すると彼は、一瞬辛そうに顔を歪め、体をまっすぐに立て直し、父に向かって振り向いた。
「……メイウッド子爵、御令嬢をちょっとお借りします。陛下、私の希望は彼女の意向を聞いてからお伝えします」
「「えっ!」」
私は一瞬でトールキン中佐に抱えられ、連れ去られた。
「ノエル!」
姉の声がどんどん遠くなる。
◇◇◇
「これって……公爵様のときと同じじゃないですか」
「マリーベル、心配しないで。まあ、やがて戻ってくるよ。それにしてもハタから見たらこんな状況だったのか。そりゃあ騒ぎになるね」
「ふふふ、でも、旦那様がおっしゃったとおりの状況になりそうですわね」
「公爵夫人、おっしゃった通り、とは?」
「旦那様はね、今日、ノエルは運命に出会うかもしれないと予言されたの。ロマンチックな話だから、私、ワクワクしていたのよ」
「そんな……」
「マリーベル、私はトールキン中佐以上に、ノエルを幸せにできる男はいないと思っている。でも、もちろんノエルが嫌がることを無理強いするつもりはない。安心なさい」
「公爵様がそうおっしゃるのなら……」
◇◇◇
私は子どものころ公爵様と対面したガゼボに再び連れてこられた。椅子に下ろされると、彼も隣に座った。
そして、ずいっと正面から顔を合わせられた。
彼の顔はしかめっつらではあるけれど、そばでよく見れば、確かに十代の青年だった。
「つまり、君も、あの世でちっちゃいじーさんに会った、転生者ってこと?」
私は素直に頷いた。
「はい。お仲間です。宜しくお願いします」
公爵様も三人目の転生者にきっと喜ばれるだろう。
「私たち……ああ、公爵様と私のことです。公爵様も転生者なのですが、同胞に会うと頭のてっぺんにピンと来る感じがして。トールキン中佐が入場されたとき、まさしくそうなって。えっと、大歓迎です」
「……私が入場したとき……ラオーって言ったよね?」
聞こえてた?
「ご、ごめんなさい! あの、悪気はなく……」
彼が元日本人ならば、失礼にあたったかもしれない。冷や汗が背中をつたう。
「わかってる」
私はふわりと腕の中に抱き寄せられた。戸惑って声を上げる前に、泣きそうな声が頭上から響いた。
「お前、ナナだろ?」
「え?」
「私が誰かわかんないの? 薄情もの! 私のファーストキスを奪ったくせに」
まさか……私は目を見開いて顔をあげた。
「はじめくん?」
「そ」
「嘘嘘嘘嘘、全然違うじゃん!」
そう、造形は全く違う。でも、その切なそうに口の端を上げる表情は、懐かしい彼と同じで……。
「鍛えたんだよ。誰かさんがラオー様がタイプっていうから」
「わ、私のあの発言のせい?」
「そうですけど?」
「うわわ、ごめん!」
「それよりかさあ」
「はいっ!」
「今は……健康なの?」
それを聞いたとき、この大きな人は間違いなくはじめくんなのだとわかった。胸の奥から、涙が溢れた。
「……うん」
「そうか……よかったな」
彼は再び、私を壊れ物か何かのように、優しく包み込んだ。
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