第3話 覇王③
姉は社交に、私と両親は領政に商売に精を出し、コネ陞爵と誹られないように精進し続けて十年、子爵家の義務である納税や領政をきちんとこなし続け、我々の立場も板についてきた。
そのあいだに、公爵様は結婚した。もし、現れた転生者が女性で同じ年頃だったら、平民であれ自分が結婚して守ろうと思っていたらしい。しかし、現れたのが親子ほど歳の違う私で、私を庇護下に置く算段もついたから、侯爵家のアイリーン様を選ばれた。
アイリーン様は当初、夫と仲良しの幼児を胡散臭そうに見ていたが、姉と同じように誉め殺しを展開し、うちの商会の扱う製品を店頭に並ぶ前にプレゼントしたりして、一応のところは無罪認定されている。
公爵様はアイリーン様に、私のことは娘のように思っている、家族愛だと説明しているそうだ。実際間違いない。
◇◇◇
「マリーベル、ノエル、来月の7日、王家主催の戦勝祝賀会だそうだ。ドレス等準備しておきなさい」
夕食中の父の発言にゲンナリする。
「お父様、戦勝祝賀会は伯爵家以上の参加ではなくて?」
この国は私が「平和な国」を希望しただけに国内の地上戦になったことはないけれど、南の国境線でつい昨年まで隣国と小競り合いが続いていた。それを今回、辺境伯率いる精鋭部隊を中心とする軍が、敵の主力部隊を完膚なきまでに叩いて、永久に侵攻しないという文言と賠償を得ることに成功したのだ。
そして煩雑な戦後処理がようやく終わり、軍がこの首都に凱旋し、彼らを労うパーティーが行われる。
もちろん我々のために体を張って戦ってくれた軍の皆様に感謝するし、私財から何か差し入れしたいくらいである。
でも、悪目立ちするとわかってるパーティーに出たいとは思わない。
「何を今更、ノエルが公爵様のお気に入りだからこそ、王家も気を遣って招待状をくれるのよ? 開き直って人脈作りに精を出しましょう」
と、根っからの商売人である母が、しょうがない子ねという顔で言う。
「いや、前線に何度も物資を補給したからな。こちら出身の兵士の手紙もずいぶんと運んだ。一応軍属、関係者の体で呼ばれている。胸を張っていいぞ」
「お父様、それは建前と思います……」
私は冷静に父にツッコミを入れた。
「ノエル、公爵様がせっかく機会をくださったと言うのに怖気付いてどうするの? 私は今回本気で行くわよ。お母様、明日、商会のドレスデザイナーを呼んでください」
姉が狩人の目になった。そんな姉を尊敬しつつ、
「姉様、最高のレースをちょうど入荷しましたので、ぜひそれで作ってください。国一番の美人は姉様です!」
「何言ってるの。私が作るならノエルも色違いで作るのよ」
◇◇◇
戦勝祝賀会当日、姉は女神か? という美しさだった。くすんだピンクのハイウエストドレスは姉のスレンダーな体を際立たせ、キラキラと白く輝く繊細なレースは神秘性を醸し出している。十九才、花の盛りだ。
対して私のドレスは紺でレースは濃紺だ。デザインも姉と極力似せているけれど、私のわがままボディに合わせるように少しウエスト部分をつまんだだけで、なぜか全く別物に見える。解せない。
伯爵家以下で参加しているのはほんの数家だけ。下位の貴族からの入場なので、とっとと入場し家族で談笑していると、入場してくる人々が次々に姉を見て息を飲み、指さしてヒソヒソ話をしている。
「おい、メイウッドの令嬢二人が来ているぞ」
「ああ、メイウッドは特命で、商売の物流に乗せてかなり危険なものも秘密裏に運んだらしいからな」
「白百合と黒薔薇だ……」
黒薔薇って……結局何色のドレスを着ようとも私は髪色の黒に引っ張られる印象なのだ。黒薔薇上等! かっこいいもん。
姉の清廉で凛と立ち、香り高いイメージは白百合に違いない。
「皆様、姉様を見て感動しておりますわ! いつも素敵だけれど、今日の姉様はちょっと人間超越していますもの」
「もう、ノエルってば……。あなたも最高に可愛いわ。私のノエルの良さのわからぬものを、寄せ付けるつもりはないから安心してちょうだい」
「は? 義理の妹との相性なんていりませんって。姉様がビビビッときた方が良いのです。まあ、借金等ないかは精査させてもらいますが」
「……あなたのお相手の話よ」
私のお相手?……ひとまず年齢順でいいと思う。私はまだまだ未熟だし未成年だ。 それよりも今日の王宮のワイン、色が悪い。この程度ならばうちの扱うワインが入り込む余地があるかも。まずは味見して……。
「メイウッド子爵家の皆様、ご機嫌よう」
うちの家族がそれぞれに思いをめぐらしていたところに大好きなリード公爵様の声がかかり、一同振り向いた。
「公爵様、こちらからご挨拶に行かねばなりませんのに!」
父が慌てて言い募ると公爵は手をヒラヒラと振った。
「問題ない。ちょっとノエルに尋ねたいことがあってね、それもあって今日は呼んだんだよ」
私に聞きたいこと? 何か夫人に疑われるようなことでなければいいけれど……と思いながら夫人を見ると、彼女はいつになくご機嫌で、ニコニコしていた。
「公爵夫人、ドレスを着ていただき本当にありがとうございます。美しい……レモン色のフリージアみたいです! ねえお姉様!」
「ええ、お子様が生まれてますます美しさに磨きがかかってらっしゃるわ」
姉はてっぺんを狙ってはいるが、既婚者を蹴落とす気はないのである。無難に上得意先として挨拶できる。
「こちらこそ、こんな繊細なレース見たことないわ。マリーベルとノエルとお揃いねえ。私たち姉妹に見えるのではなくて?」
「「光栄です」」
公爵夫人アイリーン様はご嫡男が生まれて一気に気持ちが安定されたようだ。よかった。公爵様とは本当に疑われるようなことなど何にもないけれど、できれば末永くお付き合いしていきたいのだ。友人として。
「叔父上、三人もの美女に囲まれているなんて許せませんね」
公爵夫妻に気を取られているうちに、王太子殿下がやってきていた。私たちは略式の礼を取り、すかさず公爵夫人の後ろに隠れた。殿下の目的はもちろん姉だ。
「マリーベル、今日は私と一番に踊ってほしいんだが?」
「恐れ多いことでございます」
繰り返すが姉はてっぺんを狙ってるが、真のてっぺんとは王太子妃ではないらしい。王太子妃、王妃は気苦労が多すぎて、割りに合わないそうだ。
しかし王太子殿下も諦めない。姉のそばにピットリはりつき、今日の姉への賛辞をにこやかに伝え続ける。
その様子を見て母が、
「今日の殿下はいつになく……熱心だわ。大丈夫かしら?」
「ふむ……」
父は言葉少なだ。結局王太子殿下に是非にと望まれれば、我が家は従うしかないのだから。しかし子爵家から王太子妃となると、問題しかない。教育も財力も足りないし、理不尽で卑劣なやっかみを受けることになる。
「ああ、殿下もあの新聞記事に刺激を受けたようだよ。悠長に様子を見過ぎたと言っていた」
公爵様が両親の会話に口挟む。もしものときは頼っても良いということだろうか?
「殿下、お時間です。壇上にお戻りください」
付き人に促され、姉の手の甲にキスをして去っていく殿下。姉は顔を引き攣らせているが、それすらも美しい。
「マリーベル嬢、そろそろ腹を括ったら? 殿下はしつこいよ? でも一途だし、君の嫌いなバカではない。それとも我が甥は嫌いかな?」
公爵様は少し楽しそうにそう言うと、姉は、
「嫌いだなど……とにかく恐れ多いのです」
いつも自信に満ち溢れた姉の、困り果てた姿に、公爵夫人はコロコロと笑った。
そんな、夢のようないわゆるシンデレラストーリーを、私はどこか傍観者のように眺めていた。
それにしても続々と重職は上座のほうに流れている。
「公爵様、そろそろ席につかれては?」
「ああノエル、今日は我々は思うところあって、ここにいたいんだ。陛下にも伝えている」
「?」
思わず首を傾げると開会のラッパが鳴り響き、国王陛下夫妻が入場し壇上に上がった。そして、今回のパーティーの主役である、武功を成した軍人たちが軍の礼装姿で入ってきた。
やっぱり制服は人間を三割り増しにするなあ、と思いながら、私も感謝を込めて拍手で出迎える。
突然、ピンッと頭頂部のアンテナにヒットした。
「え?」
これは十年前の公爵様とお会いした時と同じだ。誰か、この中に私と同じ、ちっこいお爺さん仲間がいる?
続々と入場してくる軍人を凝視していると、頭一つ大きな青年が入ってきて、ギョッとした。
あれは……あの姿は……。
「ラオーじゃん……」
後ろでぷっと公爵様が吹き出した。
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