第2話 覇王②

 クリーンルームに入った次の鮮明な記憶は、いわゆる三途の川の対岸に飛ぶ。


 そこでは私の手のひらに乗るサイズの、緑のとんがり帽子を被ったお爺さんが私を待ち構えていた。

 お爺さんいわく、私の患った病気はまだ地球に存在してはいけないもので、バグで私が罹患してしまった。早いところ回収するために、私は寿命より60年も早く天に召されることになったとのことだ。


「うそでしょ……」

「すまんのお。本来の余生におまけをつけて、わしの管轄する平行世界に転生させるから許しておくれ。何か希望はあるかな?」

「……まずは健康体で老衰で死にたいです」

「ごもっとも」

「あとは……そこそこ平和な国がいいです」

「欲がないことよ」



 ◇◇◇




 そして私は地球の女子高生の記憶を持ったまま、新世界に放り込まれ、その世界の中堅国の子爵家の次女、ノエル・メイウッドとして生を受けた。

 この世界は地球でいう近世ヨーロッパといった感じだろうか? 自動車はないが蒸気機関車は実験段階に入っているとかいないとか? 下水道は通っていて、そこそこ清潔だ。


 私の家はやり手の商人だった祖父が成り上がった新興貴族だ。今も商売は順調なのでお金には困っていない。ありがたい。そして家族は両親と三つ上の姉と私。前世と同じ構成だった。


 私は前世、姉に特に不憫な思いをさせたと思っている。私とたった一つしか違わないのに、私が病気のせいで、両親の関心とあらゆる楽しみ……誕生日とか、クリスマスとかを奪われたのだ。


 だから、今世では自分で動けるようになった瞬間から、姉、マリーベルにまとわりついた。

「おねえしゃま、だいしゅき」と。


 毎日毎日、姉のいいところを伝えまくった。その金の絹糸のような髪が好き。その妖精の泉よりも澄み切った水色の瞳が好き。背筋のピンと張ったダンスの姿が好き。ターンするとき、ふっと私に向けて微笑んでくれるところが好き。毎日眠いのにお勉強して三つの言語をマスターしてるところもかっこよくて好き!


 その結果、自己肯定感の権化で妹に激甘な姉が出来上がった。最高です。

 元々素材のいい姉だったが、内面から滲み出る自信がキラキラとしたゴージャス感を生み出して、今の独身女性市場ではぶっちぎりのナンバーワンである。


「姉様、新聞に『マリーベル嬢、メルビン子爵令息と婚約間近?』って書いてありますよ?」

「ないない。私は頂点を狙う女。もっともっと自分を磨いて高見を目指すわよ」

「はあ〜姉様素敵です! でも、それではやはり、子爵家を継ぐ気はないの?」

「子爵家を継ぐのはあなたよ、ノエル。私うんと高見から後方支援するから」


 確かに美しい姉は子爵家なんぞに収まらない、すごい大物を捕まえそうだ。それに反し私には、子爵家に婿入りという特典でもなければ、何一つモテる要素がない。

 この世界は姉のようにすらっとした立ち姿の金髪銀髪のほうが美人とされている。そんななか私はというと、黒髪に黒目でどちらかと言うとセクシー体型。あのお爺さんがおそらく私の「フジコちゃんになりたーい」という願いを叶えてくれたのだと思う。


 健康体でかわいい私の体、大好きだ。そして一度全て失った黒髪は、大事に大事に手入れを欠かさない。

 つまり、私にとっては全く問題ないのだが、世間的に全く受けない容姿なのだ。だからきっと、私の結婚はザ・政略結婚になるだろう。せめて子爵家と生まれる子どもを大事にしてくれる相手ならばいいと思う。


 それに……私は前世、最も尊い愛の姿を見てしまった。

 死にゆく私に慈愛の心でキスしてくれた人がいた。今思い返しても私はガリガリで頰はこけ、体毛も血色もなく、幽霊のような有様だった。そんな私にキスできたのは、愛ではなかったかもしれないけれど、同情を寄せキスしてもいいと思うほどの最高級の友情ではあったんじゃないだろうかと思うのだ。


 あんな尊い人と、また出会えるなんて虫のいいことは思っていない。彼の幸せを違う世界から祈り、私はこちらで粛々と務めを果たすのみだ。


「それにねえノエル、そもそも我がメイウッド家の後ろ盾であるリード公爵様は、あなたを贔屓にしてるんだから。子爵家の発展のためにはあなたが子爵家を継いでそれを最大限に活かすしかないでしょう?」


 姉の言うように、新興貴族の我が家には、現国王の弟という、分不相応で恐ろしい後ろ盾があるのである。


 それは、もう十年以上前、かつての第一王子……現王太子殿下のお披露目会に、国中の貴族が集った。王子の側近を選ぶという主旨もあって、同じ年頃の子どもも全員参加だったために、私たち家族も一家で参内したけれど、新興の男爵家(当時)に出番などない。私たちは身の程をわきまえ、会場の隅っこで、同じような立場の皆様と談笑していた。


 すると、当時五歳だった私はふいにピンっと引っかかるものがあった。頭頂の髪の毛アンテナに何か受信した感じだ。全身ぞわぞわして、周囲をキョロキョロと見渡すと、上座のほうがざわついており、なぜかすごい勢いでこちらに向けて人が割れ、道ができた。


 その真ん中を速足でやってくるのは、絵本の王子様が年取ったらこうなる?というイケオジだった。そしてイケオジが近づくにつれ、私のアンテナはビンビンに反応した。

 イケオジはいよいよ私の目の前にやってきて、男爵家の幼児の前で膝をつき、目線を合わせた。周囲が息を呑む。

 そして彼は私を懐かしそうな目で見ながら、耳元でこう言ったのだ。


「手のひらに乗っかるトンガリ帽子のじーさん、知ってる?」


 私は当然、

「いえす!」

 と答えた。


 イケオジ……リード公爵様は私を抱き上げてクルッとまわし、父に向かって「この子、ちょっと借りるよ」言って中庭のガゼボに連れていった。誰も止められなかった。


 ガゼボで果実水を飲みながら、私たちはヒソヒソと話した。

「やっと出会えた〜! あのじいさん、同胞が来たらすぐわかるって言ってたけど待ちくたびれたっつーの!」

 そうして聞いた公爵様の転生状況もなかなかハードだった。


 なんでも、小学四年生の下校中に、目の前の地面に亀裂が走ってそこに落っこちたとのこと。例のお爺さんの話では、まだ何億年も先の星の滅亡の兆しがバグって現れ、その犠牲になったらしい。

「あったまにきたからさ、イッチバン偉い人間にしろって言ったんだ。そしたら『王にすると歴史が変わっちゃうからその次でいいか?』っていうから、渋々頷いたら、王弟。生まれてからずっと勉強ばっかりだし、大人になったら責任背負わされるし、偉い人がこんなに大変だなんて知るはずないだろ〜」


「たった十歳だったんですか? それはわかりっこない! 大変でしたね!」

「わかってくれるか? 友よ〜!」


 私たちは30歳の垣根を越えて友達になった。そして私は王弟で国の重鎮のリード公爵のお気に入りという地位を手に入れてしまった。


 そして公爵様と交流するうちに、私の転生状況もお話し、大変同情してくださり、

「私はノエルの黒い目も髪も大好きだよ。同郷の安らぎを得られる。もし……ノエルが良縁に恵まれなくても、生涯ノエルのメイウッド家は私が守護するから安心なさい」



 そして、男爵だった父は西方諸国への販路を開拓した褒賞として、子爵へとスピード出世した。


 公爵様の後押しがあったことは、誰の目にもあきらかだった。

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