頭を抱える事になっても

秋空 脱兎

戦いを終えた星と少しだけ助力した月の語らい

 夕方。世界が夕陽に照らされ、黄金色に輝く頃。


「はあ~……」


 公園のブランコに座り込んだ舞は、背を丸めて深々と溜め息を吐いた。


「あーああ……やっちゃったかあ……」


 独りちつつ、より一層背を丸める。まるで、今は周りを見たくないかのように。


〈大丈夫……じゃ、なさそうだね〉

「大丈夫だったらこんな所で沈んでたりしないよ、ウィリアム」


 舞は、首から下げたペンダントから聞こえてきた声に応え、ペンダントトップを右手の掌に乗せて見つめた。


〈落ち込んでいる原因は、さっきの戦いだろう? のだから、気に病む事はないよ〉


 かつて宇宙から飛来して、今は舞に宿る光の人であるウィリアムは、穏やかな口調で言った。


「結構な人がそう言ってくれたけど……でも…………」


 舞が言葉の先を紡ぐのに難儀していると、ふと、隣の台が小さく鳴り、


「いけませんわ、輝く星が翳っていては」


 いつの間にかそこに座っていた、黒に等しい赤い髪と瞳の少女が言った。


「キュマニちゃん……」


 舞が少女の────吸血鬼の名前を呼ぶ。

 キュマニと呼ばれた吸血鬼の少女は、舞に微笑みかけ、カフェラテのペットボトル(注:スーパーの陳列棚では値の張る部類のもの)を差し出した。


「どうぞ」

「あ、ありがとう……」

焦熱しょうねつ風散ふうさん大樹たいじゅジュラメリアの完全撃滅、ご苦労様でした。わたくしも花粉症ですので、お礼を言いに来たのですが……どうやら浮かない様子ですね。何か、問題でも?」

「…………。えっと……」

〈ジュラメリアを倒す際に、地形を大きく変えてしまった事を後悔しているんだよ〉


 舞が答えるより先に、ウィリアムが言った。


「ちょっとウィリアム!?」

〈今の状態だと、切り出すのにだいぶ時間を使ってしまうだろう?〉

「そうだけどさあ……」


 舞はそう言って少し考え、小さく溜め息を吐いた。


「地中に潜って、次の瞬間には山一つ、跡形もなく吹き飛ばしていましたね」


 キュマニは静かに目を閉じ、思い出すように言った。

 舞は観念した様子で、


「う……。そう、それ。あの植物怪獣は、出現地点の山の地下に地下茎を張り巡らしていたの。まるで竹みたいに」

「竹と言いますと……竹林全体が地下で一つに繋がっているそうですね」

「まさにそれ。たとえ一体倒しても時間を空けずに復活するし、いくら倒してもキリがない……なんて事になりかねなかったの」

「雨後の筍ですね」

「うん。だから、地下茎を完全に焼く必要があったの。戦闘の余波で千切れた根もあるかもしれないって思って、地面に潜って、広範囲に熱を与えて焼くって考えたんだけど……発生する爆発力が上に抜ける事を考えからすっぽ抜けてて……」

「結果、山が丸々一つ突き上げられた、と」


 舞はキュマニに言われて天を仰ぎ、


「はい……」

「成程、それで」

〈幸いなのは、ジュラメリアが根を張る規模が三次元空間に限定されていた事だね。根が余剰次元にまで伝播していた場合、エネルギー量が足りなかったかもしれないから〉

「でも、全体としてはまるで良くなくて。配慮が足りなくて地形変えたし、エネルギー配分も駄目だった訳でしょう? 三年もやってるのに、『次は間違えなければいい』が通せないかもしれない事なのに、何やってんだろうなーって……」

「でも、今日までそれを通せるように頑張って来たのではないですか」

「そうだけど、そういう問題じゃなくて……」


 舞はそこまで言って、暫くの間カフェラテのペットボトルを見つめて、


「色んな、顔も知らない人の事を考えてしまって。そこに住む人たちや、山の管理する人、測量をする人、地図を書く人……迷惑かけてばっかりだなって。こんなんで私は、誰かを守れているのかって……頭の片隅に置いていた事が溢れ出しちゃって」


 舞はそこまで言って、カフェラテを三分の一飲んで、


「ごめんなさいキュマニちゃん、私、明日か明後日まではこんな感じだろうから……」


 深呼吸して、最後に溜め息を吐いた。

 キュマニは少し考える素振りを見せてから、どこまでも優しい口調で言う。 


「沈んでも、また浮かび上がれるのですね」


 舞はそう言われて、一瞬だけ目を見開いた。


〈そう、舞の強い部分の一つがそれなんだ。言い訳出来ないような失敗をしたと本人が思っても、少し経てば立ち直る事が出来る〉


 ウィリアムがキュマニに同意したのを見て、舞は遠くを見つめるような視線を夕焼け空へ送り、


「まあ、そうしないとたぶんやってこれなかったから」


 そして頷き、ゆっくりとブランコの台から立ち上がった。


「そういう事だから、今日はこれで。飲み物これ、ありがとうね」

「ええ、また」

「うん」




§




「あ、しまった!?」


 舞が公園から立ち去って暫く経った後。

 ブランコで遊んでいたキュマニは、急に大声を出し、ブランコを慌てて止めた。


「ジュラメリアが生まれた原因、教えるの忘れていた……」


 キュマニはすっかり忘れていた。

 先日回収した、『人皮にんぴ教本』にジュラメリアの製造方法が事細かに書かれていた事を。


「回収が少し遅れたがために、植物怪獣の製造を許した……元々の原因、わたくしじゃないか……」


 自分自身に呆れた様子で、キュマニが力なく言った。


「……うん。言い訳は言いっこなしね、彼女が落ち込んでいる内に、謝りに行きましょうか……」


 キュマニはそう言いながら、菓子折りを何にしようか考え始めていた。

 そうして、月と星が昇っていった。

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