言い訳はしないよ その理由(わけ)は・・・(KAC20237 いいわけ)

ninjin

とある「僕」のプロポーズのうた

 君と初めて出会ったのは まだ僕らがどうして朝が来て夜になるのかも知らなかった頃


 そのくせ僕は 君のことを僕のお嫁さんにすると言ったし 君も僕のお嫁さんになると約束したっけ


 そのことを昨夜 思い出したよ


 いや 今僕は嘘を吐きました


 ずっと憶えていたのさ 本当はね


 どうしてだろう つい格好つけたくなっちまう




 君と初めて歩いたのは まだ桜が咲き始めたばかりの花冷えした午後 幼稚園の帰り道


 母さんが迎えに来なくて泣いてる僕は 差し出された君の右手にすがるように摑まって 君も僕の左手をギュッと握り返してくれたっけ


 その温かい手のひら 柔らかい手のひら そして小さかった手のひら


 そう 君に勇気を貰いました


 きっと泣かないと決めたのさ 君の前ではね


 どうしてだろう いま怖くて涙が零れそうだよ




 君と初めて夜空の星を眺めたのは 夏の花火大会の後の海岸防波堤に寝そべって


 喧騒の後の静けさに僕は 寄せては返す波の音が心地好くって 星を見上げる君はとても綺麗ねって言ったっけ


 僕が見ていたのは 遠い目をした君の横顔


 ああ 確かにあのとき見惚れていました


 そっと触れてみたかったのさ 君の柔らかな髪に


 どうしてだろう 君が壊れるほど抱き締めたいのに




 君と初めてキスをしたのは 君の両親が旅行で留守をした日の君の部屋


 どうでもない顔をする僕は 本当はどんな風な仕草をすればいいのか分からなかったし 君もそれ以上はダメだと小さく首を横に振ったっけ


 柔らかい唇 シャンプーの香り そしてびっくりするくらい細い肩


 でも 僕はホッとしていました


 指の一本も動かせなかったのさ 今にも泣き出しそうな君のことを


 どうしてだろう いまも震えが止まらないよ




 君と初めて喧嘩したのは 君の気持ちに気付かなかった僕のせいだね


 気付かないフリをした僕は 部屋を出て行く君を引き留めることも 追いかけることも出来なかった


 ひとり残された部屋で 時計の秒針の音がやけに大きく感じられて


 もう 戻れないかもしれないと涙しました


 やっと分かったのさ 本当に大事なものが


 どうしてだろう 明日も必ず太陽は昇るのに そこに君が居ない




 君と初めて同じ夢を見たのは ひとり暮らしを始めた僕の小さな部屋のベッドの中


 腕の中で眠る君を持てあました僕は 君の小さな寝息を聴きながら やがて微睡まどろみ堕ちていったよ


 夢を見たんだ 君との夢を 青い空と星空を駆ける夢を 見たんだ


 だから ふと気が付いたとき 君が目を覚ます前に僕は 慌てて涙を拭きました


 そして決めたのさ 君を二度と離さないって


 どうしてだろう 僕は自分のこともちょっとだけ好きになったよ




 だけど本当は少し怖いんだ


 マンガのヒーローみたいに強くはないんだ


 分かるかい? いま震えているんだよ僕は


 逃げていたのさ 怖くてね


 でも もう言い訳はしないよ


 どうしてかって?


 理由は 君のことが好きだから


 君のことを 愛している 今も 今までも そしてこれからも ずっと




――だから 僕と結婚してください




 君は小さく頷いて 


 そして


 笑って 泣いた

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