「まあ、いいわけは個々それぞれで面白いよ」
ゆきまる書房
第1話 本日はいいネタを仕入れることができた
「俺が生活費を稼いでやってるのに、文句を言う妻子が悪い」と男は自身の拳を握り締めた。
「私を放って仕事ばかりにかまけているから他の男と遊んだだけよ」と女は不貞腐れた。
「いじめなんかじゃない、ただのろまなあいつをからかっただけだ」と少年は汗を流してすがった。
「私から彼を奪ったあの女がいけないのよ」と少女は涙をこぼした。
「儂の周りで騒音を立てるあのガキ共をこらしめてやっただけだ」と老人は怒りで顔を真っ赤にした。
「あの嫁の再教育をしてやっただけ、私は何も悪くない」と老婆はヒステリックに叫んだ。
「……それで、今までお話を聞いてきた彼らの末路というのは?」
「ああ、全員地獄行きだよ。最近は特に多いね」
「なるほど」
「まあ、地獄行きの連中の相手をする方が楽しいよ。天国行きの人たちの話は似たり寄ったりだが、地獄行きの連中の話は十人十色でね、聞いていて飽きない。みんな行く先は同じなんだけどね」
「地獄行きですからね」
「彼らのいいわけを聞いたところで、地獄から天国に行ける訳がないから。それに、いいわけを並べれば並べるほど、彼らに対する印象は悪化するばかりだよ。まあ、それでも連中は変わらずいいわけを続ける訳なんだけど」
「やはり、地獄行きの方々には、それ相応の理由があるということですか?」
「そういうことだね。彼らが気づいたところで手遅れだし、気づかないまま地獄で責め苦を受け続けている奴らの方がほとんどだよ」
「貴重なお話、ありがとうございます。最後に、このお仕事で大変なことは?」
「数をさばかなきゃいけないことだけが難儀だね」と締め括ると、目の前の骸骨はウイスキーのグラスを空にした。
「では、今日も仕事があるので」と言った彼はフードを被り直し、傍らの大鎌を携えて店を去っていく。その後ろ姿を眺めながら、死神の仕事も大変なんだと、一介の記者である私はぼんやりと思った。
「まあ、いいわけは個々それぞれで面白いよ」 ゆきまる書房 @yukiyasamaru1
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