既読スルーに返事は出すべきか

猿川西瓜

お題「いいわけ」

 なんで優しい人だけが損をするのだろう、と思うときがある。あまり考えすぎると、本当に辛くなってしまうので、触れないようにしているけれども。


 僕の元カノに、「ケケケ」と笑う癖のある女子、通称「ケジョ」がいた。

 ケジョは姿勢がいつもよくて、心優しい背の高い女性だった。その分、いつも何かしら頼りにされて、損なことばかりさせられていた。中学も高校の頃も、めんどくさい役割ばかり押し付けられていたように思う。

 大学になって、ケジョは、女性にストーカーされていた。その時は僕はケジョと別れていて、別の大学に通っていた。

 ケジョとは友達同士……どころか、わりと「知り合い以下」くらいの友達同士になっていた。

 ケジョからの久しぶりのラインはかなり深刻なものだった。ストーカーのせいで、睡眠不足が続いているという。

 ケジョは、女性のストーカー通称「A」を、ストーカーの男性から守ったことがある。「A」の身辺の相談にも乗ってあげた。そうして、やり取りをしているうちに、ライン通話やメッセージが「A」から頻繁に来るようになり、返事を出さなければ強要し、しまいには罵倒されるようになったという。

 ケジョは忍耐強く「A」の要求に応えていたが、24時間、いつでも彼女「A」の突然の電話に出ないといけないので、まともに夜熟睡することもできないという。


「「A」のためにバイトも辞めました」

「え? まじ?」

「はい」


 ケジョからのラインをやり取りをしていると、急に既読がつかなくなることがある。これは「A」からの連絡が来ているので、素早く返事を出すためにそうしているのだ。

「こんど「A」と会って、そこでもう二度と、私に連絡を送ってこないように説得するつもりです」

 昔、ケジョと僕はライン上で、付き合っている頃は「ケケケ」とか意味不明のメッセージやスタンプを送り会って、ふざけたやりとりをしていたので、それが一切無くて丁寧語なのが少し寂しいのではあるが、「でも、その「A」とやらは、必ず泣き落とししてくるでしょ。ごめんなさい、もうあなたを時間的に縛ったりしませんって。そう言いながら、数日だったら、山ほどラインが来て、着信履歴が残っていることになるよ」と長い返事を出した。

 ケジョは「そうだと思う」と言って、しばらくライン上で黙っていた。

 それから、「もう遅いので、眠ります」とメッセージが来た。

「眠って大丈夫なのか」

「たぶん、眠れると思います。「A」も、この時間帯は寝ているはず」

 今は午前1時くらいだった。


 結論から言ってしまえば、僕はその後、ケジョと喫茶店とかで再会して、何かホッとしたことを和気藹々と話し合う……なんてことはなかった。僕ら二人は会うことはなく、ケジョは自分で解決しようとした。


 数日後のメッセージには、「「A」と会ってきました。もう二度と会わないでおこうと、絶縁することになりました」とあった。

「そうか……災難だったな……」

「はい。ご相談に乗っていただき、ありがとうございました」

 これでやり取りは終わった。

 特異なキャラで、不思議で、面白くて、真面目な人も、別れるとこうなるのって、人生理不尽すぎんか?! そんなことを女性がしてくるんやったら、僕は男性と付き合うわ!

 そう叫びたくもなる。

 試しに僕は「ケケケ」とケジョにラインを送ってみた。既読がついたまま返事はなかった。


 ケジョと別れた理由は、僕が重度のマザコンであったからだ。


「ごめん、君の前で、僕はお母さんをいかに愛しているかをしゃべりすぎた。そのせいで、君の心を傷付けてしまった。本当に申し訳ない。もう二度と母を褒めない。だから、もう一度ヨリを戻して欲しい。プレゼントをもらったとき、『まるで僕のお母さんやん!』みたいな褒め方もしない。お母さん以外から、チョコレートやプレゼントを異性からもらうことになれてなかったんだ。それと、美術館でモナリザを観てもゴッホの自画像を観ても『僕のお母さんそっくりやん!』とか言わない。芝生を観ても、お母さんのシワの模様に見える。雲を眺めても、お母さんの顔の形に見える。そんなことをもう言わない。だから、もう一度チャンスを僕にください」


 長い文章を打って、送信ボタンを押しかけたが、やはり送るのをやめて、メモ帳に保存して全部消した。醜い言い訳に過ぎない。ストーカーといい、マザコンといい、ケジョのまわりにはろくな人間がいない。どうか、まともな人が彼女のそばに現れますように……。

「おやすみ、おつかれ」と、結局送ったが、そのまま既読はつかなかった。


 ケジョがなんで僕に連絡を送って相談してきたのか。その理由を聞かないまま、問題は解決してしまった。解決しないままだったら、どうなっていただろうとか、理由を聞いていたら、何て言っただろうとか、今更色々考えるけれど、答えが出た所で結局は自分の自己満足に過ぎないだろう。


 その後、僕の母は父と相談し、息子の自立を促すため夫婦で家を出て行った。

 僕は実家で強制的に一人暮らしをすることになった。

 そうして、暮らしに慣れてきて、ふと数ヶ月ぶりにケジョのラインを開いた。「おやすみ、おつかれ」が既読になっていて、さてどうしようかと思い悩んだ。

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