俺がしてしまったこと 【KAC2023】

佐藤哲太

深い意味のない物語

 なぜ俺は——してしまったのか。


 俺の隣で目を瞑って仰向けになっている可愛いらしい顔を見て、俺は起きて数秒で青ざめる。

 たしかに昨日の夜は飲みすぎた。

 その自覚を持ち出すと、なんだか頭も痛い気がしてくる。

 酒の勢いだった、そう言うことも出来る。

 だがこれはまずい。

 人としてやってはいけないことの一線を超えている。

 人としての倫理にもとる行いだ。


「やばい……」


 ぼそっと呟いたのは、完全に無意識的な反応だ。ただ単純に、やばいということは自分でもよく分かっている。

 それと同時に浮かぶ、美しい顔。

 その顔は俺の脳裏で素敵な笑顔を浮かべていた。

 もしその笑顔が見れなくなったら——

 そう考えただけで、心が痛み、発狂しそうになる。

 その笑顔を、悲しみの色に染めてしまったら——

 俺は良心の呵責と己への憤怒でどうかしてしまうのではないだろうか。


 隣にある顔は、そんな俺の心が囚われた顔では、ない。

 確かに可愛らしい顔で、己の欲望が刺激されるには十分な魅力を備えていると思う。

 いや、現にそうなったのだ。

 その点については言い訳もできない。


 何故、と現状の原因を問い詰められれば、酒の勢い、魔が刺した、欲望に負けた、可愛かったから、そんな理由が浮かぶのだが、それらを言い訳にするとしたら、俺の愛する彼女から絶対零度の凍てつく視線と、地獄の業火に焼かれるよりも苦しい視線で射抜かれることは明白だ。

 俺の側から離れていってしまうのは、疑いようがないだろう。

 

 いや、そもそも俺の愛しい彼女が、昨夜の飲み会に来ていればこんなことにはならなかったのだ。そうすれば、俺と今隣にいる女性が共に朝を迎えることはなかったのだ。

 それが無理だとしても、同席していた女性が、彼氏とともに帰らずに、俺の隣にいる女性の面倒を見てくれればよかったのだ。

 俺の隣にいる女性が、終電を自覚して行動していれば、こんなことにはならなかったのだ。


 そうだ、責任は俺一人にあるわけではない。

 俺の愛しい彼女にも、昨日の飲み会の仲間たちにも、今俺の隣で横になっている女性にも、非はあるのだ。


 そう考えれば俺の気持ちもだいぶ楽に……なるわけがない。

 どんな言い訳をしようが、結果的に俺の愛しい彼女が何を思うか、どう行動するかは火を見るより明らかなのだ。


 つまりそれは喪失感を伴う絶望へ真っしぐら。

 下手したら暗黒世界へも飛ばされるかもしれない。


 俺が彼女をどれほど愛していて、彼女がどんなに純真で苛烈な性格をしているか、俺は十二分に知っているのだから。


 ではどうするか。

 そこで俺は考える。


 逃げる?

 ——どこに?


 逃げたら俺の愛する彼女に会えなくなる。

 意味がない。


 正直に言う?

 ——事実を知られたらどうなるかは明白だ。

 意味がない。


 言い訳をする?

 ——バレたら終わり。


 じゃあ、バレなければ?


 結局、これしかないのだろう。

 

 では何と言い訳をするのか?

 ——そのシミュレーションは先程して、どうやっても何ともならないことは想像するに難くない。


 そうなると、結局盤面は詰み。

 

 詰みの状況をひっくり返すには、何が出来るのか?


 盤面をひっくり返す?

 ——ひっくり返すって、俺が好きなのは今隣にいる女とすることか?

 いや、ない。たしかに可愛いが、それは違う。

 続きのない話にしかならないだろう。

 なしだ。


 盤面を変える?

 ——これはありかもしれない。俺の愛する彼女に、違う問題が起きれば誤魔化しきれるかもしれない。

 その間に俺が全てを隠し通す準備をすればいいのだ。


 ……うん、これしかない。


 正直は馬鹿を見るのだから、天才偉大なる嘘つきになって、俺はやりきるしかないのだ。


 じゃあ、そのための準備を始めるか!


 そう思った、矢先——


 ピンポーン


 その音に、自分の心臓が止まるかのような錯覚を覚えた。

 そして続けて——


 ピンポピンポーン


 短時間の中で、計3回分のインターフォン音が響く。

 そしてその音は、俺に絶望を与えてくれた。

 何故なら、短い時間で3回インターフォンを鳴らすのが、俺と俺の愛しい彼女との間の約束なのだから。

 自分が来たということを伝えるための、合図だ。


 つまり今、我が家の玄関扉の向こうには、俺の愛しい彼女がいる。


 何故朝からやってきたのか、疑問が浮かぶ。

 だが来訪の事実は事実だ。

 

 本来だったら秒速で迎え入れるのに、今は身体が動かない。

 そっと自分の心臓部分に手を当てる。

 少しひんやりした肌の冷たさと同時に、自分の鼓動がものすごい早さで聞こえてくる。


 嗚呼、これはいかん、無理だ。


 あれこれ考え、結局何も浮かばない。

 だってあまりにも時間がなさすぎるから。


 そんな俺に追い打ちをかけるように、ガチャッと響く音。

 玄関扉を、開けられた。


 それはそうだ、俺の愛しい彼女は我が家の合鍵を持っているのだから。

 つまりもう、俺の愛しい彼女に見つかるまで、幾許の猶予もない。


 ならばここはもう——


 そして静かに静かに、俺の愛しい彼女が近づいてきて、俺と隣にいる女性のいる部屋に、その姿を見せ——


「—————————!」


 泣き崩れた。


 ああそうか、こういうパターンもあったのか。

 そんな俺の愛しい彼女の姿を目の当たりにして、俺はなんと言い訳するか、どうせ不可能なのに、考えるのだった。

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俺がしてしまったこと 【KAC2023】 佐藤哲太 @noraneko0919

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