塩分過多と不良猫

八蜜 光

塩分過多と不良猫

「うちな、自分の体痛めつけるんが好きやねん。」


 平日午前中の飲食店。

 そんな閑散とした場所で行われたカミングアウトに、山田は呆然とする。


「はぁ・・・。そうなんだ? まあ俺は? 人様の性癖をどうこういうつもりはねえし、別にお前にどんな趣味があろうとなかろうとどうでも良いわ。」

「あはは。めっちゃフォーク震えとるやん! そんなフライドポテト揺らしながら言われても、格好つかんなぁ。」


 その動揺の元凶である少女は、愉快そうに言う

「いやいや、痛めつける言うても蝋燭垂らしたりーとか手首切ったりー、みたいな事ちゃうよ? 例えば、せやなぁ・・・」


 そう言って立ち上がり、席を離れる。

 そんな彼女の後ろ姿を見ながら、人の内面というものは分からない物だと、山田は思う。

 どれだけ容姿端麗で、快活な性格で、更に関西弁で話していても、1枚裏返せばあんな発言がとび出てくるのだから驚きである。


「お待たせー。」


 1分もしないうちに少女が帰ってくる。

 その手には、店に備え付けられているイタリア製の岩塩が握られていた。


「これをな」


 少女はそれをフライドポテトの上まで持ってきて逆さにひっくり返し、削る。ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ。


「いや、かけすぎだろ!」


 手首を掴んで止められるまで、少女は塩をふるいつづけた。


「えー。まだ足りひんのやけどなぁ。」


 唇をとがらせながらぼやく少女に山田はため息を着く。


「これじゃもうポテト味のする塩じゃねえかよ・・・何してくれてんだおめえ・・・」

「あっはっは。まあ残りはウチが食べたるから、あんたは別のもんでも頼みい。」

「何でそんな上から目線でものが言えるんだ!?」


 少女は発言の通り、山盛りになったポテト・・・いや塩を口へと運び始める。


「塩ってそんなに取っていい物だっけか・・・」


 山田自身、そんなに頭のいいほうではないので詳しくは知らないが一日に取っていい塩分というのは決まっていたはずである。

 それを指摘すると、少女は待ってましたと言わんばかりに得意気になり、


「あかんねん、普通は。でもほら、これやったら自分を傷つけてることになるやろ?」

「そんな理由で食べられるとはフライドポテトを作った人も岩塩を取った人も思ってなかっただろうよ・・・」


 つまり、彼女が言う所の自傷行為とは。


「こうやって、少しづつ少しづつ、寿命を縮めていけたらええなぁ。ぐらいのことなんよ。私の趣味って。ほら、私って自分のこと大嫌いやから。」

「転校初日で初対面の相手に言うセリフか・・・?」

「学校サボってこんなとこにおる不良生徒やったら、まあ何話してもええやろ別に。」

「なんてこった。不良の人権がそこらの動物ぐらいになってやがる。」

「教室入ったら一つだけ席が空いてるから、先生に聞いてみたんよ。『あの席の人は休みですかー』言うてな? そしたらあんた、なんて言われたと思う?」


 ニヤニヤと問いかける少女に、山田は若干のイラつきを覚えながら答える。


「知らねえよ。学校1不真面目な不良生徒とでも紹介されたか?」

「いいや? 勝手にそこらを歩き回るヤンチャな猫みたいな生徒やーって。」

「学校での俺の立ち位置、ホントにペットじゃねえか!!」


 会話している最中にも少女は、塩が過剰にかかったポテトを口へ入れる。

 口の中がしょっぱいのかたまに水を飲み、また面白そうに山田を見つめている。


「それで? お前は俺を連れ戻しにきたってのか?」

「ああ、そうやそうや。それが話したくてあんたのこと探しててん。」


 今日このファミレスで見た中で1番の真剣な表情で少女は言う。


「あんたさ、ウチの隣でタバコ吸うてくれへん?」

「・・・・・・は?」

「うちな、歩きタバコの副流煙とか吸うのも好きなんよ! だって副流煙って吸うてる人よりも悪影響あるって言うやん! そんな効率の良い自分の傷つけ方ないやろ!? やからな、不良のあんたがタバコ吸うてる時にウチが横におったら、副流煙吸い放題! ほら、ウィンウィンやん!」

「いやどこがだよ! ・・・そもそも俺、タバコなんて吸わねえし・・・。」

「・・・はぁ!!? 不良やのに!? 不良やのにー!?」

「2回言うなや! 今どき高校生でタバコ吸うやつなんて、不良どころか犯罪者だろうが! そんなの俺に求めんじゃねえ!」


 少女はあからさまにテンションを落としたように机に上半身を預ける。


「ちぇーっ。歩きタバコはマナー違反やって最近あんま見かけんし、喫煙所なんかもきっちり区切られとって煙なんて流れてこえへんしなぁ・・・」

「そもそもお前、なんでそんなに死に急いでんだよ。」

「はは、死に急ぐかぁ。その通りやなぁ。」


 ゆっくりと体を起こし、残り少なくなったポテトを再び食べ始める。


「うちな、大好きな妹がおってん。でも、3年前に事故で死んでもうてな。あの子に、早く会いたいんよ。」

「・・・・・・」


 ドン引きである。

 いくらなんでも初対面の相手にここまで人生を語るのかと、山田は閉口する。

 それを聞き役モードに入ったと受け取ったようで、少女はさらに続ける。


「自殺なんてする勇気ないし、それで親が悲しむのはもっと嫌や。でもあの子を助けられんかった自分のことは大嫌いやから、死ぬのはパパママよりも後になるように、ちょっとずつや。」


 通っているのかいないのか分からない理屈。

 少女はそれを正しいと、思っているのだろうか。


「お前は・・・」


 間違ってる。と言いかけて、山田は口を閉じる。

 間違っているのか? そんな事を言う権利が、自分にあるのか?

 きっと今彼女がいるそこが、死ぬほど悩んで行き着いた居場所なのだろうに。


「お前のその趣味は、他の奴には隠しとけよ。」

「あん? なんでやねん。」

「真面目ちゃんなクラスのヤツらなんか、止めてきたり知った顔で諭してくんのがオチだからだよ。」

「あんたは違うんか?」

「そりゃ、不良だからな。」

「はは、せやったなぁ。」

「だからって別に手伝ったりなんてしねえぞ、お前のその長期自殺。そもそもそんな理由でタバコの煙を吸いてえなんて、喫煙家の方に失礼だろうが。」

「ちょいちょい思ってたけど、あんためっちゃ真面目よなぁ・・・」


 そんな突っ込みを無視しつつ、山田は手を差し出す。


「2年2組の山田 大我だ。手は貸さねえけど、味方ではいてやる。」

「はは、やっぱ来てよかったわ。」


 笑いながら少女は手を握り返す。


「今日から2年2組になった、朝宮 桜や。よろしゅうな、山田くん。」


 手を離し、山田はようやく一息つく。

 こんな事になるなら大人しく授業を受けておくんだったと、後悔の念が浮かんでくる。


「それで、早速1つお願いやねんけど、」

「あん? なんだよ。」

「この残ったポテト、食べてくれへん? うちもうお腹いっぱいや」

「塩の割合の方が多いこれを食えと!?」


 その念が、ハッキリと形になる。

 これからの学校生活は、朝宮に振り回されていくことになりそうだと、山田は山盛りの塩ポテトを前に頭を抱えるのだった。

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塩分過多と不良猫 八蜜 光 @hachi0821

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