女王陛下の気位と寛容

ヨシコ

赤の女王は甘いものがお好き

「いいわけがあるなら聞きましょう」


 女王陛下は寛大かつ尊大に言い放った。


 神聖なる謁見の間。玉座から見下ろす女王陛下の白い面に後頭部を向け、床に這いつくばるようにして頭を絨毯の中にめり込ませた大臣は、冷や汗を滝の如く流しながら自身のへその辺りに向けて酸欠の魚のように口をぱくぱくさせた。


 何かを言わなければならない。

 言っても言わなくても、頭と胴体がオサラバする未来しか見えないが、それでも一縷の望みには縋るべきだ。


 大臣は極度の緊張とプレッシャーによりぐるぐるした頭で、しかし国の要職に就くひとかどの人物であると自身を奮い立たせ意を決して頭を上げた。


 いざ……っ!


 すぐ下げた。

 再び絨毯の中に頭をめり込ませた大臣は丸めた身体をがたがたと震わせた。

 あまりにも怖い。


 女王陛下はとても美しい。

 若……くはないが、それでも衰え知らずの美貌と、歳を重ねたことによる円熟した思慮深さがその美しさに淡く滲むようないろどりを添えていた。

 普段から固く引き結ばれた唇の、木苺のように鮮やかな赤いルージュがとてもよく似合っている。

 あまり感情を表に出す方ではないが、その無表情がまた侵し難く神聖な雰囲気を醸し、それがミステリアスな魅力でもあり、想像と妄想がこの上なく捗る。

 いつか自分にだけ微笑んでくれたら……みたいなことをこっそり考える者はとても多い。

 ついでにちょっと罵ってハイヒールで踏んでいただけたらありがたい……。


 だが、今大臣に向けて微笑んでいるのは、鎌を携え振り下ろさんとする死神だけだった。さよなら現世。


「いいわけは?」


 女王陛下の雲雀ヒバリよりも美しい凛とした声が謁見の間の、張り詰めた空気を震わせた。

 

 終わった。


 女王陛下に二度も同じことを言わせてしまった。


 かくなる上は、大臣職を預かるという栄誉を与えられながら、女王陛下より寄せて頂いたその信頼を裏切った不届き者として、潔く死のう。死ぬしかない。


 覚悟を決めた大臣は、そこで居住まいをただした。

 忠誠を誓う騎士の如く片膝をつき、山羊のミルクよりも白くなった顔をきりりと上げた。


「死にます」


 高らかにそう述べた。


「そういうのいいから」


「いえ、死なせてください。ここで果てまする」


「ここで!? 絨毯が汚れます。すごく迷惑だから止めなさい」


「世界の汚物……」


「そこまで言ってない! カスタードパイ買ってきて、って頼んだのにラズベリーパイを買ってきた理由を聞いてるだけです! さっさとお言い!」


「……私のじょお……げふんげふん、陛下は震えるほど赤がお似合いなので……その真っ赤な唇が赤い果実を取り込みその舌が赤いジャムをねぶる様を想像しただけで慄くほどの恍惚感を得ましたゆえ」


「気持ち悪い。誰か! この者の首をはねよ!」


「そんな! 言えっていうから言ったのに!」


「カスタードパイが売り切れていましたが店主の一番のおすすめがラズベリーパイだったので、とか何でもいいからでっち上げてでもそれらしいいいわけをするべきでしょう。あなた仮にも大臣なのだからそれぐらいの機転を利かせなさい」


「カスタードパイが売り切れていましたが店主の一番のおすすめがラズベリーパイだったので!」


「誰か! この者の首をはねよ!」


「そんな! 言えっていうから言ったのに!」




 その後、女王陛下は大臣にミルクティーを淹れさせ、まんざらでもない様子でラズベリーパイを味わったとか。


 今日も王国は平和である。

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