【KAC20237】クマちゃんのいいわけ

卯崎瑛珠@初書籍発売中

雄大side

 【KAC202302】クマちゃんのほんね

 の雄大sideです。未読でも大丈夫だと思います。多分。



 

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 俺は、神田雄大ゆうだい。高校二年。

 自慢じゃないが、無駄にごつくてデカい。身長190センチは、全国大会に行けばちらほらいるが、校内にはなかなかいない。

 廊下は狭いし、教室に出入りするたびのは面倒だし、額をぶつけるのもしょっちゅうだ。


 当然のことながら、女子には怖がられる。


 妹のかえでには

「お兄は見た目の怖さで損してるよね。中身はこんなにヘタレなのに」

 とからかわれるぐらい、実は臆病な性格なのだが。


 柔道も、気が優しすぎる俺の性格を懸念した母親が、近所でたまたまやっていた柔道教室に連れて行ったのがきっかけ。

 今となっては相手の動きや視線の先を読むことに、楽しみを見出している。戦うことが好き、というよりは、将来スポーツインストラクターかスポーツドクター、マッサージ師なんかになれたらいいな、と思っている。


 そんな俺の身体は、本当に燃費が悪い。

 弁当も購買のパンも、まったく足りない。

 だから稽古が終わると、帰宅途中にある有名ファストフード店で、一番安いハンバーガーを五個食ってから帰るのが日課だ。

 じゃないと「炊いても炊いても追いつかない!」と母親が悲鳴を上げるからだ。



 俺の彼女の真鍋リナは、自分の方から惚れたと思っているが、実際は違う。

 

 

 こんな俺なので、ファストフード店でも「また怖いの来やがった」的な目で見られることが多く、実は肩身が狭かった。だから端っこで小さくなって、そそくさと食って、帰るようにしていた。一度コンビニで大量のおにぎりを買って公園で食ってたら、警察官に職質されたからだ(近所の人が通報したっぽい)。

 

「大会で優勝したら、見る目変わるんじゃないのー?」

 と母親は訳の分からない叱咤激励をしてくるし、

「周りの目なんか気にするな。父さんは雄大が誇らしいぞ!」

 と父親は何の解決にもならない言葉を投げるだけだ。


 ――どこに行けば、俺は俺らしくいられるんだろう。


 などと、割と感傷に浸っていた時期(試合で立て続けに負けたのもある)に、いつもの通りファストフード店に寄ったら

「いらっしゃいませ!」

 と百二十パーセントのスマイルで対応してくれたのが、リナだった。


 小さいな、というのが第一印象。

 そして、可愛い笑顔。


 怖がられたら申し訳ないな、と思っていたら、怖がるどころかキラキラした目で見てくる。でもそんなはずはない、気のせいだ、と思っていた。


 ある日学校の購買で、なるべく大きなパンはどれかと悩んでいたら

「あ、あの!」

 いきなり話しかけられた。


「いつも寄って下さってありがとうございます!」

 

 ファストフード店の子だ、というのはすぐにわかったが、驚きすぎて言葉が出てこず、ただ会釈した。

 家に帰ってから「なんだよ会釈て! PTAか!」とものすごく落ち込んで、いつも十合食う飯が八合しか食えなくて、心配された。


 せっかく話しかけてくれたのに、どうして俺は……でもまあ、どうせ怖がられる。これでいいんだ、と思うようにしていた。

 だからその数日後に、


「あの先輩! そのっ、よかったら今度の日曜日、映画いきませんか!?」


 揚げたてフライドポテトの入ったカゴを手渡しながら、真っ赤な顔のリナに言われて、死ぬほどびっくりした。

 ちなみに俺はいつもハンバーガー五個。ポテトは頼んでいないぞ? と首をひねったら、リナが「揚げたて美味しいからおすすめです! 是非!」と奢りだと言う。


「ありがとう」

「ふぁ!? 映画!? あ、ポテトですかっ」

「……両方」

「ふぁあああありがとうございます! そこの駅前で、午後一時に待ってますね!」


 ――やべえ、稽古……まいっか、一日ぐらい。明日休むって言うか。


 

「あー先輩方、さーせん。俺デートなんで、日曜の昼稽古、休むっす」

「「「「「はああああああ!?!?!?」」」」」


 

 その日、死ぬほど投げられまくったのは、言うまでもない。

 ずっとにやにやしていたらしく、気味悪がられて、寝技は避けられたけど。



 

 ◇ ◇ ◇




 映画は、流行りの少女漫画の実写化? だけれど、バトルシーンもあったりして、割と男性も多く見に来ていた。

 たぶんおもしろいんだろう。ところどころで「ふふ」「くすくす」と笑いの起きるシーンもあったし、帰りのロビーではパンフレットを買う人々で列ができていた。


 もちろん俺は、緊張しすぎて、内容を全く覚えていない。


 

「あの先輩、この後どうしますか?」


 映画を見た後のことを、考えていなかった。

 

「ああ……」


 周りを見回すと、ゲームセンターが目に入った。


「あ、遊んでいきますか?」

「おお」


 最後に遊んだのはいつだったか。中学? その時も、同級生に引っ張られていっただけで、何もやったことはない。


「あっ、かわいい!」


 リナが、UFOキャッチャーの前で目を輝かせた。

 透明の箱の中に散らばっている、クマのぬいぐるみ。

 

「やるか」

「はい!」


 ところが、難しい。

 五回やって、取れそうにないことが分かって、諦めた。


「欲しかったな~」

「すまん」

「え! あ、ごめんなさい! 違うんです。先輩に似てるなって」

「俺?」


 こんな可愛いクマに見えるのか? 変わっているな――恥ずかしいぞ。


「……そっか」

「……はい」

「あー、すまん。夜は稽古がある」

「え! じゃあ帰らなくちゃですね!」

「ごめん」

「いえいえ!」


 ――こんな何もしゃべれない男じゃ、嫌だろうなあ。せっかく誘ってくれたのに、申し訳なかったな。


 だからまさか次の日、告白されるとは思っていなかった。


「あの! 先輩、好きです。また彼女として、映画行きたいです」


 彼女? カノジョ!? か、か、かの、かのじょ!

 

「……分かった」


 心臓が止まりそうだ。息ができない。かろうじてそう言うので精一杯だった。

 

 そしたら

「はえ?」

 キョトンとされて。

 あまりにも可愛かったので、衝動的に抱きしめそうになり――予鈴に救われた。危なかった。


 あんなちっこいのを俺が抱きしめたら、潰してしまう。

 



 ◇ ◇ ◇



 

「お兄さあ、彼女さんに何かしてあげてんの? どうせ稽古ばっかで全然構ってないんでしょ」


 俺が家でもにやにやしているので、すぐ楓に『彼女ができた』とバレたわけだが、何かにつけこうしてからかってくるのが面倒だ。

 

「うぐ……」

「毎日おにぎりの差し入れとか、健気けなげすぎる! 何かお礼しなよ~!」

「お礼……つってもな……あ」

「あ?」

「あの、クマちゃんて売ってるのか?」

「クマちゃん!?」


 休日に、楓に付き合ってもらって雑貨屋に行ったら、同じシリーズのクマちゃんたちを発見。同じぬいぐるみにしか見えないが、種類がすごくあって驚いた。

 楓が勝手に

「こっちのが絶対良い。これにして」

 と選んで、金を出しただけになってしまったが。


 帰宅してからも

「このまま渡すとか、ないわ~ないない」

 と勝手に箱から出して、ぬいぐるみのリボンを整えたりしている。

「それにしてもさ~、すごいじゃんお兄、彼女できたとか」


 ――なんだ、急に?

 

「どんな人なの? リナちゃん先輩って。教えてよー!」

「……すごい可愛い。目がくりくりで、笑顔が可愛い。いつも一生懸命で、小さいのに全身で喋るみたいで、癒される」

「うは! ベタ惚れじゃん」

「そうだな」

「ちゅーした?」

「ばかやろう」

「したいくせにー」

「……俺が触ったら壊れそうなんだよ。ちっさくて」

「お兄馬鹿力だからなあ」

「バカ言うな」


 さりげなくおにぎりバッグに入れて返したらいいじゃん? と言われて、うちの妹は天才だなと思った。

 まさかその翌日に、振られることになるとは……




 ◇ ◇ ◇




 リナはバイトが休みの日は、おにぎりバッグを受け取りに道場へ来る。

 クマちゃんはもう忍ばせてある。開けて喜ぶ顔が見られたら……と妄想して、またにやにやしていたらしい。寝技の練習はさせてもらえなかった。


 だが、稽古が終わってもリナは来なかった。

 何かあったのだろうか? と心配になって、とりあえず教室に行ってみようと廊下を歩いていくと――



「かっこいい! イケメン! 日本一! 大好き!」

 

 リナの声だ。

 リナが、見知らぬ男といちゃいちゃしながら歩いてくる。腕を組んでいる?

 俺とはそんなこと、したことがないのに。

 かーっとなる気持ちと、どこか冷えていく気持ちが、一瞬でぐちゃぐちゃになった。

 

「……これ」


 かろうじて、ぐ、とバッグを差し出すと、リナは目を見開いている。


「練習見に来なかったから、教室に行こうかと」


 汗みどろの柔道着が冷え切って、ずしりと重い。

 リナは無言でバッグを受け取った。


「……そいつが、好きなのか?」

「あ、いや俺は!」

「っ、先輩に、関係ありますか!?」

「ええー!? おいリナッ」


 ぎゅうう、とその男の腕にしがみつかれた。


 俺のような無愛想ででかい男より、そういうノリの良さそうな男の方が、お似合いだなと。思ってしまった。


「……そうか……邪魔したな」


 帰宅すると「リナちゃん先輩どうだった?」からの「フラれた」で、「はああああ!?」と楓がうるさくて、ろくに落ち込む暇もなく、飯は五合だけ食って寝た。――母親に、結構真剣に心配されてしまった。

 



 ◇ ◇ ◇



 

 その翌々日の朝練後、なぜかリナに呼び出された。

 なんだ、改めてフラれるのか? 何の用事なのか……でもまあ、言いたいことがあるなら聞かないとな……俺が無愛想で良くなかっ……

 


「私のこと好きですか? なら、私に直接言ってください」


 ――ん!?

 

「! ……好きだ」

「ちゅーしてください」


 ――は!?

 

「……俺今すげえ汗臭いけど」

「いーから!」



 リナはきりっとした顔で俺を睨んでいる。いや、睨んでいるのではなく、震えている。両足で、必死に立っている。きっと勇気を振り絞っているに違いない。

 俺はなんて情けないんだろう。自分からは何もせずに、全部してもらっている。デートの誘いも、告白も。

 リナはこんなに小さいのに、ものすごくパワフルだ。そして俺は、そんなリナが大好きだ。

 

 頭をボリボリかいた後、屈んで唇をくっつけてみた。柔らかくて、良い匂いがする。

 

「私が好きなのは先輩だけですから。こないだのは親友の彼氏。友達としては大好きですけど、男としては先輩だけ!」


 ――あ? 俺の、勘違いってことか!? なんだよ、あーーーーーくそ!

 

「リナの方が男らしい」


 苦笑するしかねえよ、こんなん。

 


 後日、リナの部屋でクマちゃん(録音機能付き!)の隠し撮り(先日の楓の「どんな人なの? リナちゃん先輩って。教えてよー!」からが全部録音されていた。あんにゃろう)を聞かされた俺は、顔を真っ赤にして握りしめてしまい、残念ながらクマちゃんご臨終。

 


「楓ちゃんのこと、怒らないであげてね?」

「はー。怒らねーけど、情けねえ」

「私は、優しい先輩が大好きだけどな」


 ――俺の理性がふっとんだ音を聞いた気がする。


 


 ◇ ◇ ◇



 

「ちから加減が、わかんねえよ……抱きつぶしそうで怖い。やめよう……すまん……」


 そんな情けない俺の腕の下で、苦しそうなリナが、汗で光る顔で笑う。

 

「言い訳いらない。ただ、愛して?」

「! はは……まいった」


 結局抱きつぶしてしまったけど、責任取ったからいいよな。

 


 ――リナには、一生かなわねえんだ。

 

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