退魔師見習い少年、不運と踊る
にゃべ♪
本屋で出会った謎の少女
午後7時、すっかり暗くなった道を僕は歩いていた。向かう先は本屋。退魔の修行に役に立つ本がないか探すのだ。地元で一番大きなその本屋は、その手の本も割りと充実している。今週はちょっと運気が下がってはいるけれど、多分大きなトラブルは起こらないだろう。師匠も特に何も言わなかったし。
そして、僕は店内でぬいぐるみを抱いた少女と出会う。ぬいぐるみはピンクのクマ。よくあるタイプのやつだろう。そして、少女の佇まい。ぬいぐるみと同じくピンクのロリータファッションで統一されている。年齢は10歳前後くらいだろうか?
「えっ?」
少女を目にした僕は思わず声を上げてしまった。何故なら、彼女に見覚えがあったからだ。その記憶は、夢の中で見たと言うもの。と言う事は、ここは夢の中なのか? いつの間にか夢を見ているのだろうか。僕は――。
考えれば考えるほど、頭の中がぐちゃぐちゃになる。結局その事が気になって何も買わずに本屋を出た。少女とは会話もしなかったし、彼女も無口で無反応だった。訳が分からなかった。
その日の夜は布団に潜っても眠れない。時間の流れが遅い。暇潰しに何かしようと言う気にもなれなかった。その時、僕を見つめる視線を感じる。退魔師らしく祓えれば良かったものの、そう言うアレではない気もして僕は部屋を抜け出す事にした。
まだ見習いだ、出来ない事も多い。仕方がないんだ。僕は自分に言い訳をしながら深夜の散歩をする。謎の気配はついてこない。それだけで気が軽くなった。
今夜は月の光が明るくて、何もなくても歩く事が出来た。僕は歩きながら自分に自信がない理由を考える。多分それは貧弱だからだろう。筋肉があればそれだけで自信に繋がる。もっと鍛えないとな。
日々の生活に筋トレを加えようかと考えていると、また少女が現れた。本屋で出会ったのと同じぬいぐるみを抱いたまま。夜道で出会ったからなのか、彼女の顔は見えない。いや、本屋で会った時も顔は見えていなかった気がする。
僕は少女の正体を推理する。少なくとも、普通の人間ではないのだろう。そう言う存在が僕を狙っている。僕は覚悟を決めた。
見習いが使える手段は限られている。その中のひとつが、一日に一枚しか引けない退魔のカード。念を込めながらシャッフルして引いた一枚が攻撃に使える。そして、引き当てたのが――。
「7のカード!」
7は運の要素の強いカードだ。運が良ければラッキー7になるし、運が悪ければアンラッキー7になる。僕は目の前の少女に狙いを定めてカードを投げた。
「えいや!」
格好だけは一人前だったものの、カードは少女に届く前に霧散する。どうやら相手の力の方が上だったらしい。そして、攻撃を受けた事で、彼女は怒りをあらわにした。突然僕の方に向かって走り出してきたのだ。
「アンラッキー7かよおお!」
僕は逃げようとしたものの、足が縫い付けられたように動かなくなった。もう呪いは発動していたのだ。何も出来ないまま少女が飛びかかってくる。もうダメだ!
と、必死に頭を腕でガードしたところで、突然少女が炎に包まれた。そして、一瞬の内に灰になる。どうやら助かったらしい。
「何やってんだお前」
こんなピンチに助けてくれるのは1人しかない。そう、師匠だ。耳に飛び込んできた声も師匠のものと合致している。ピンチも去り、緊張感が解けて肩の力が抜けた僕は、ゆっくりと顔を動かして師匠の姿を確認した。
「ちょっと散歩をしていただけです」
「何故散歩で襲われる?」
「いや、全然身に覚えがなくて」
「言い訳をするな!」
師匠は何故か僕の言葉を信じない。本当の事なのに。もしかしたら夢の中では何かがあったのかも知れないけれど、全然覚えていないし。
「あの子はお前に恨みを持っていたぞ」
「でも、全然知らないです」
「だから言い訳をするな」
師匠との会話は不自然なほどに平行線を辿る。僕が悪いって言うのだろうか? 少女の恨みなんて僕が知りたいくらいなのに。それでも師匠は師匠なので、僕は必死に少女の事を思い出そうとする。何もない記憶を辿っても、やっぱりそこには何もない。
その時、またしても謎の気配を感じた。どうやらまだ終わってはいないようだ。僕1人ならその気配の正体を辿れなかっただろう。でも今は師匠がいる。
「ぬいぐるみだ!」
そう、さっき燃えたのは少女だけ。彼女が抱いていたぬいぐるみは無事だったのだ。ピンクのクマは2本足で自立している。それを確認した師匠は、袖から御札を取り出した。
「こっちが本体か!」
師匠が術をかけようとしていたところで、突然世界が揺れる。僕の三半規管が異常を起こしたみたいだ。次にキツい頭痛が襲って来て、僕はその場に倒れてしまう。
しばらくして痛みが収まってまぶたを上げると、周りの景色は一変していた。
「何、この白い部屋……?」
そう、僕は謎の白い部屋に隔離されていたのだ。さっきまでいたはずの師匠もいない。こんな現象がリアルで起こるとは思えなかった。
「これも……夢……なのか?」
今、自分が現実の中にいるのか、夢に中にいるのか。確かめるのは簡単だ。痛みを感じるかどうか。頬をつねればいい。僕がそうしようとしていると、またあの少女がふわっと出現する。師匠が退治をミスった? そんな、有り得ない。
彼女は僕に思念を飛ばす。そして何故かそれをちゃんと受け取れていた。まだ僕には出来ないはずなのに。
『あなたはどうして私が見えるの?』
『分からない……』
『あなたはどうして私が見えないの?』
『わからない……』
唐突に禅問答のようなやり取りが始まる。彼女からの質問の意味が分からず、僕はただ素直な言葉を吐き出し続けた。
『あなたはどうして嘘をつくの?』
『うそは……ついてない……』
『あなたはどうして言い訳をするの?』
『それは……心を守るため』
気が付くと、僕は少女に首を絞められていた。痛みがある、苦しい。じゃあこれは現実なのか? こんな現実感の全くない状況が?
「は、なせ……」
「……」
少女は何も話さない。僕は腕の力の全てを使って彼女の束縛を振り解こうとした。
「ふんぎいい!」
しかし、僕の貧弱な筋肉ではそれは成し遂げられなかった。酸素が肺に供給されない。意識が遠くなる。もう少しで落ちる――そう実感したところで、急に少女は僕を開放した。
「思い出した?」
「君は……誰だ……?」
「私の顔を思い出した?」
その問いかけが気になった僕は、改めて少女の顔に注目する。僕の両目が捉えた彼女の顔には、何もついていなかった。
「のっ……ぺらぼう……?」
「うふふ。それは正解かしら?」
「え?」
もう意味が分からない。このやり取りでまた頭の中がぐちゃぐちゃになった。少女は顔のない姿のまま僕に迫る。
「あなたは逃げて、そして忘れた」
「それって、師匠が僕の記憶を消したとでも?」
「でも私は忘れてやんない」
気が付くと、僕はまたあの本屋の店内にいた。違う事はと言えば、無人だったと言う事だ。無人で無音の店内には、僕とぬいぐるみを抱いた少女しかいない。
「うわあああああ!」
この状況に恐怖を感じた僕は奇声を上げながら脱出を試みる。目の前にある出入り口のドアがゴールだ。僕はすぐにそこを抜けたはずなのに、気が付くと店内に戻っていた。
「なんでだよおおお!」
ここから逃れる方法は、出入り口からの脱出しか思い浮かばない。だから何度も何度もドアに向かって走った。けれどもこの強固なループからは逃れられなかった。それを7回繰り返したところで、僕は本屋の床に倒れ込む。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、何をする気力もなくなってしまった。もう、ここからは出られないんだ――。
「起きろ!」
師匠の声に気が付くと、僕は公園のベンチに寝かされていた。そして、今までに起きていた怪奇現象の種明かしをしてくれた。
「蟲がお前の脳をいじっていたんだ」
「蟲?」
師匠が小さな何かをつまんでいる。それが僕の頭にくっついていたらしい。蟲にやられると現実と幻想の境目がなくなるのだとか。
そうして、最後には植物人間にして身体を食べ尽くしてしまうらしい。
「でもいつそんな蟲が僕に……」
「お前、変な本を買っただろう?」
師匠は僕のプライベートもお見通しなのだろうか? 変な本と言われても、思い当たる節がありすぎてどれがそれに該当するのか全く見当がつかない。
もしかして、先週買った『呪いの歴史7』だろうか? それとも、古本屋で見つけて買った『悪霊の作り方7』だろうか? もしくは、通販で買った『簡単に作れる人工幽霊7』だろうか――?
「えーと、あ、アレはその……」
「言い訳はいい。それに憑いてたんだよ」
「じゃあ、あのぬいぐるみは?」
僕は、もうひとつのキーワードを口にする。少女とぬいぐるみはそれぞれ別の存在だった気がしてならない。蟲が見せていたのは少女の方だったのではないかと。
この僕の質問に対して、師匠は軽く首を傾げた。
「ぬいぐるみ?」
「え?」
「あ、すみません、気にしないでください、僕の気のせいです!」
「気になるじゃないか。話してくれ」
師匠の質問攻撃を何とかかわして、僕は散歩の途中だからと言って強引にその場を離れた。
あの場にぬいぐるみがなかったって事は、最初からなかったのだから、師匠に言わなくて良かったんだよと自分に言い訳をしながら。
そう、これで全てが終わったのだと――。
退魔師見習い少年、不運と踊る にゃべ♪ @nyabech2016
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