言い訳は見苦しい

はに丸

言い訳は見苦しく、言い訳は滅びず

 私は自分で言うのもなんだが、いわゆる企業戦士と言われる人間である。前世紀の遺物のような人間だとも思っている。

 妻とは見合い結婚であるが、愛し、感謝もしており、そして家のことを任せきりであったのは申し訳なく思っていた。ゆえに、彼女の負担になりそうな時は

「すまない。お前には感謝している」

「ありがとう。お前には苦労をかけている、すまない」

 と、その気持ちを伝えた。むろん、なんとか空いた時間に育児に参加もしたし、数少ない休日には、家族旅行も行った。極々平凡な、少々富裕層でもある男。それが私である。

 もう数年で定年、という時であった。

 妻が、倒れた。

 そこそこ大きな会社の役員であった私は、プロジェクトの中心者であり、おいそれと抜け出すことできず、息子からの悲鳴のような連絡も心の中で握りつぶした。

 ――妻は

 妻は半年ほど前から、しばしば体の不調を訴えていた。もちろん、私は心配した。大きな病院で検査してもらったほうが良い、とも口添えした。どの病院のどの医者が頼りになるか、も必死に探した。そうして、行くことを薦めた。

「私が付き添いできないのが申し訳ないね、すまない」

 無遅刻無欠勤、それが私である。私は責任を負い大きな役職につき、少なくない報酬をもらっている。そして、家族への責任も果たせる。だから、一日も休めないなどと、そんなことをくどくど言うのはみっともない。

 妻は

「もう、大げさですよ。あなたも大変なんだから」

 と、いつものような返事をし、微笑んだ。後日、診察結果のことも何も言わなかった。

 そして、倒れ、私がかけつけたときはとっくに死んでいた。

 医者は私がかけつけ、ようやく

「心肺停止を確認しました」

 と、言った。私は、書類上だけ妻を看取ったことになった。

「すまない、どうして、すまない」

 私は妻に取りすがって泣いた。おうおうと、泣いた。息子が。そう、妻が倒れて死ぬまでを看取っていた息子が、鈍い顔を向けてくる。そろそろ大学も卒業するであろう、という息子は、一人でよくもまあ、がんばったものである。

「母さんは頭の血管が破裂したんだって。もっと早くに見つかってれば対処できたって言われた」

「なぜだ。半年前に病院へ行くよう、言って。結局、何もなかったじゃないか」

 私は、血を吐くように言った。息子が疲労を隠さぬため息をつく。

「父さんは弱音吐かない、言い訳しない。言い訳はみっともないって俺に何度も叱った。だから、母さんは父さんのために、弱音も言い訳もだけだろ。母さん、病院なんか行かなかったよ。父さんに余計な心配かけちゃうから、て」

 私は、頭を殴られたような衝撃で茫然としたあと、妻の顔を見た。もう、潤いのない、唇が少し開いており、いいのよ、あなたも大変なんだから、と苦笑しているようであった。

「だって! 仕事が忙しくて! お前はいつも笑って許してくれたから! お前は強い女だって、だから私は安心していたんだ! いつも私が帰ってくるまで起きてて、だって残業だから仕方無いじゃないか、切り上げたくなかったんだ、大切なプロジェクトを放り出せなくて! だって、いつもお前、大丈夫って、大げさだって、余計な心配ってなんだよ、心配させたくなかったのに、お前が心配してたなんて、は知らなくて、でも、言ってくれないじゃないかあ! どうして、俺より先に死ぬんだよ、俺はお前を楽させたくて、働いていたのに! だって、そうしないと、お前を養えないだろう!」

 私は、ぐにゃりとしてしまった妻の体を抱きかかえ、おうおうと吼え叫び号泣し、生まれて初めて言い訳をした。いくら言い訳を積み上げても、妻には届かない。

 絶叫といえる声が病室に鳴り響いている。息子が、天井を向いて、静かに泣いていた。

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