ヌリカベ

 梶川能衡は常陸ひたちの国の国人であった。

 国衙こくが領の郷司に仕える身であったのだが、村の惣領そうりょうとして力をつけて権勢を誇るに至った。

 郷司の安川氏も侮れぬほどに力をつけた能衡は増長し、庸民ようみんおびやかししいたげ、苅田狼藉かりたろうぜきを始めとする悪行あくぎょうほしいままにした。

 国衙こくがからくる役人もおびやかしはずかしめ、極悪非道を尽くした。

 荘官の嵯峨定遠は能衡の罪状を数え上げて、郷司の安川維盛に捕縛を命じたが維盛は能衡の報復を恐れ、娘の婿に迎えて家人として抱え込むことにした。

 これを持って能衡の行状は改まった。


 そして二年の歳月が流れ安川維盛は大番役おおばんやくとして婿の能衡を伴い都に上ることとなった。

 大番役より帰ってきた能衡は、月足らずで生まれた三男に疑心を覚えた。

 留守の折に出入りしていた近習きんじゅうが怪しいと耳に入れる者も居り、疑心にさいなまれた能衡は産褥さんじょくのため里に戻っていた妻を追い、郎党ろうとうを率いて安川維盛の元に暴れこむと郷司の館に火を放ち舅も妻も家人すべてを殺し尽くした。

 そして能衡が我に返ったとき鬼となって我が子を喰らっていた。

 その日より毎月一日の新月の夜に成ると荒れ果てた郷司の館から里に鬼が下ってきて里人を喰らうようになった。


 たまたまこの地を通り宿を借りた旅の僧が庸民ようみんの嘆きを聞きき、次の月の一日の宵に里の口に護摩ごまを焚き鬼を迎えてからめ取った。

 そしてその僧は鬼に如何様いかようが有ってこの様な悪逆を尽くすかと問うた。

 鬼いわ

 我は人也。

 人として生まれるも、親にそしられ、里人にさげすまれ、力を持ってそれをくつがえしてきた。

 すべからく力を持ちて人を従えるは、人としての本性さがなり。

 その様に行動し郎党を従え、力をほしいままにして郷司の婿となり得た。

 人としての性分をまっとうした結果である。

 然るに力を抑え舅に従ったが為に妻や家人に裏切られ、はずかしめをこうむるに至った。

 それ故にこの先、人として力を誇示し寿命を全うすべくこうして里を襲うのである。

 故に今の己の姿こそが本来の人としての姿であると。


 旅の僧は、重い口を開き能衡に告げた。

 そなたの申すはすべてである。力を誇示しそれをほしいままにした時にそなたは人を捨てたのだと。

 それでも己は人であると頑強かたくなに言いつのる能衡に僧は言った。


 そなたが我が子を喰ろうてからどれだけ経った。その間幾人の里人を殺したかと。

 能衡わらって言った、知らぬ、喰ろうた米粒を数える馬鹿は居らぬと。

 僧は能衡に告げた。

 百年である、百年姿が変わらぬそなたは未だ己を人と言い張るのかと。

 能衡が驚いて悲鳴を上げると、僧が印を結んだ。

 能衡の身体は護摩壇ごまだんの炎にあぶられて黒い煙に変じると護摩木ごまぎの煙とともに天に消えていった。

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ヌリカベ @nurikabe-yamato

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