神童成長記

柊 撫子

遅刻の言い訳

 授業開始の鐘が鳴り響いた直後、教壇に立つ教師が着席している生徒らをぐるりと見て呟く。

「一人足りないようですが……」

教師の呟きが聞こえたのか、前列の生徒らが後ろをきょろきょろと見渡し始める。

確かに一席だけ誰も座っていない。

 ぼそぼそと小声で話しだす生徒が出始めた頃、前列に並ぶ一人の男子生徒が分厚い眼鏡を正しながら発言する。

「ヤキリですね。今頃、科学実験室から走って来ていると思います」

そう言って男子生徒は溜息を吐く。

「そうですか……仕方ありませんので、授業を始めましょう」

教師は教壇に置いていた教科書を手に取り、数ページめくった後に生徒らへ指示を出す。 

「それでは教科書の―――」

と、言い掛けた瞬間。

 教室前方の両開きの扉が勢いよく開かれ、一人の男子生徒が飛び込んできた。

先ほど名前が挙がった生徒、ヤキリだ。

「すみません、遅れました!」

肩で息をしているヤキリに対し、教師が問い掛ける。

「一応聞きましょうか。なぜ授業開始に遅れたのですか?」

呆れた様子の教師に向き直り、息を整えてからヤキリは語り出した。

「はい、さっきまで僕の弟の……正確には僕の遺伝子から作成した複製体、『Yakili.little brother - No,001』の稼働試験を行っていました。休み時間が短すぎるので内部プログラムに異常がないか、正常に起動し動作するかの確認ができただけで―――」

「ヤキリ、待ちなさい」

「はい!今の説明で分からないことがありましたか?」

「遅刻の言い訳には長すぎます。簡潔に述べなさい」

教師に諭すように注意され、ヤキリはハッとした後に一言だけ発言した。

「弟の研究に集中してたら遅れました!」

先ほどの饒舌な説明はどこへやら、あまりにも簡潔な言葉に教師は深い溜息を吐く。

「……放課後、職員室へ来るように」

「そんなぁ!放課後は瞼を動かそうと思ってたのに!」

ヤキリは頭を抱えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神童成長記 柊 撫子 @nadsiko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ