すべてが真になる

隠井 迅

第1話 嘘から出た眞

「やらかしちゃったぁぁぁ」

 中学に入学したばかりの、ピッカピカの一年生である赤塚眞(あかつか・まこと)は焦っていた。

 小学生時代の六年間ずっと、無遅刻・無欠席を続けてきたというのに、中学に入ってそうそう、眞は寝坊をしてしまったからである。


 寝過ごした理由は確かにある。


 今現在、父親は、単身赴任中で家には居らず、母親は、病気の祖母の看病のために実家に戻っており、この日、眞を直に起こしてくれる人は誰もいなかったのだ。

 しかし、帰省中の母は、いつもの起床時刻に〈目覚ましコール〉を掛けてきてくれ、眞は一度は目を覚ましたのだ。しかし、眠気に負け、ついつい二度寝してしまったのが寝坊の原因なので、これでは、「お母さんが起こしてくれなかったから」と不在の母に、寝坊の責任転嫁をする事もできやしない。

 そもそもの話、寝過ごしたのは、両親の不在をよい事に、普段はできない、深夜アニメのリアルタイム視聴をしていた事が理由なので、寝坊も〈眞の身から出た錆〉なのだ。


 とまれ、折悪く、この日は、新学期最初の〈遅刻撲滅週間〉の初日であった。

 眞は、学校到着の時刻を少しでも早めようと全力で走った。メロスの如く急いだものの、残念ながら、〈転移〉や〈瞬間移動〉、あるいは、〈飛行〉といった超能力を持っていない無能力者の眞には、学校までの移動時間を短縮できる術が無い。

 もっとも、眞の通う中学では、登下校時や授業時間中の超能力の使用は固く禁じられていた。

 だから、学校側としては、遅刻それ自体よりも、遅刻しないがために使われる異能力の取り締まりこそが、〈遅刻撲滅週間〉の真の目的だったのである。


              *


 二十一世紀中庸――

 二〇二〇年に勃発した感染症のパンデミックの間、人類の中にエスパーが出現し、アフター・パンデミックには、誰でも一つだけ、何らかの異能力を持って生まれるようになった。

 能力は、乳幼児が言葉を話し始めるのとほぼ同時期に開花する、という研究結果に基づいて、国際連盟は、満一歳の時に、能力判定のための受診を義務付けた。

 しかし、眞には、特別な力無し、という判定が下された。

 その後の、年一回の定期健診においても、〈無能力〉の判定が覆される事がないまま、眞は中学入学の春を迎えたのであった。


              *


 学校前まで来た眞が、息せき切らせながら校門に視線を送ると、何人もの生徒達が、校門前に立つ一人の教師から、能力の不適切行使について、厳しい注意を受けている様子が視界に入ってきた。

 その日の取り締まり担当は、転任して来たばかりの体育教師であった。

 噂では、前任校で体罰問題を起こして眞の中学にやって来たらしい。

 その話を聞いていたが故に、眞は慄いてしまった。


 無能力者ではあったものの、小学生時代の眞に対して周囲は非常に優しかった。

 同級生から見下されたり、虐められた事は一度もなかったし、両親からも叱られた事はない。

 だから、眞は、こころ素直に育ち、嘘を吐いた事など、今まで一度たりともなかったのだ。

 それ故に、正門で正対した、赤いジャージに竹刀を持った、昭和かっ! と突っ込みたくなるような体育教師に、頭の上から激しい口調で怒鳴られた時、恐怖心から、言い訳として嘘を吐いてしまったのである。


              *


 実は、一歳時の初回検診の際に、眞には〈世界改変〉の能力がある、という診断が為された。

 能力の発動条件は、思念の言語化、つまり、眞が言葉にした事は、その日の睡眠後の覚醒時には全てが真になっているのだ。

 世界は、この眞の能力を恐れた。

 その結果、国が採った眞の保護方針は二つで、一つが、眞自身にその能力を知られないようにする事、もう一つは、眞の能力を周知徹底し、眞に不用意な発言をさせないようにする事であった。

 何故ならば、眞が吐いた言葉はその翌日には全てが真実となり、世界は眞の言葉によって改変されてしまうからである。

 だが、転任してきた体育教師には、眞の能力は未だ知らされてはいなかったのである。


              *


 頭ごなしに叱られていた眞は、生まれて初めて言い訳として、こんな嘘を口にしてしまった。

「寝坊せずに、学校に向かっていたのですが、途中で忘れ物に気付いて、家に戻ろうとしたら、曲がり角でパンを齧った女の子にぶつかってしまって、その後、道に飛び出した幼児を助けようとしたら、車に轢かれそうになって、いつの間にか、異世界に飛ばされてしまったのです」

 それは、前夜に視聴していた二本のアニメの第一話の導入部を繋げた内容であった。

「ばっかもおおおぉぉぉ~~~ん。そんなラノベみたいな言い訳が通じると思っとるのかっ! 素直に謝れば普通に門を通したのに、お前は、これから説教だっ!」

 そう言うや、体育教師は、生徒指導室に眞を連れて行き。一時間以上、眞を詰り続けた。


「たしかに、僕は遅刻したし、ラブコメや異世界転移みたいな言い訳をしたかもしれないけれど、あんな風に怒鳴らなくてもいいじゃないか。もう、あいつとは二度と会いたくないや、この学校からいなくなっちゃえばいいのに……」

 解放された眞は廊下でこう口にしていた。


 翌日――

 赤ジャージの体育教師の姿は学校にはなく、眞の存在は、この世界から消え去ってしまっていた。


                   〈了〉 

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