弟は兄の殺意(いいわけ)を知っている

雪車町地蔵

第1話 それって、いいわけ?

 兄さんはぼくを殺したがっている。

 世界で唯一、ぼくより賢い兄さんの、それこそ唯一の欠点がそれだ。


 同人ゲームの世界へ足を踏み入れたのは、もう二十年も前。

 幼いぼくらは、フリーゲームという文化に感化された。


 医者に救われた少年が、医大を目指すように。

 警察官へ憧れた少年が、柔道を始めるように。

 ぼくらは好奇心に導かれるまま、クリエーターの道へと踏み込んだ。


 苦しくなかったのか、なんて質問、雑誌で山ほど受けた。

 難しくはなかったと、ぼくらは答える。

 事実、コード構築は訓練で身につけられたし、イラストやシナリオについては、二人で競うことで必ずよりよい道が開けてきた。


 ……しかし、笑ってしまうほど苦しかったというのが本音である。


 特に互いへの嫉妬は酷かった。

 ぼくは兄さんを羨んだ。どんなに悩んで導き出したシナリオも、彼の手を経るとまばゆい輝きと奥深さを発揮する。元の原稿など、精彩を欠いたゴミクズだ。

 逆にイラスト分野では、逆転が起こる。兄さんはぼくへ嫉妬している。


 これも、雑誌のインタビューでよく聞かれるのだが、ぼくら兄弟は不仲を売りにしているのではないかと疑惑を持たれているらしい。

 ファッションで喧嘩をしているんじゃないかって疑念。

 答えはこうだ。


 ――兄さんは、ぼくを殺したいほど憎んでいる。


 彼が入念に消し去った検索履歴を復元すれば、毒物の購入方法や大量の骨肉を跡形もなく消し去るやりかたで埋まってる。

 購入する資料も、マインドコントロールだとか、哲学的死の探求だとか、時刻表トリックだとかであからさまだ。

 それでも彼はこれまで一度だって、殺害計画を実行に移したことはない。


 殺意へ、いつだって言い訳をしている。


 ……兄さんは、本気でぼくが嫌いなのだろう。

 それでもぼくは兄さんが好きだから。

 今日も彼の殺意に、気が付かないふりを続けている。

 わかってる。


 そんなの、いいわけないんだけどね?

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