大妖怪の言い訳
藤泉都理
大妖怪の言い訳
「で。言い訳は?」
「超強い春風でぼさぼさになった髪の毛を何とかしようとしたら遅くなりました」
「………」
「寝過ごしてないぞ。ほら、頼れる大妖怪がこんな姿で現れたら信用なくしちゃう」
全ての妖怪が棲み処に帰った後に到着した九尾の妖狐は笑った。
へらりと。
静かな怒気を瞳に湛える烏天狗に向かって。
『いいか。遅れるなよ。明日は大陸から邪を多分に含む風が急襲してくる日で、妖怪たち総出で対処するんだから。俺も忙しくて迎えに行けないからな』
昨晩あれだけ念押ししたのにこの野郎。
言い訳を聞いてから無言を貫いてはいるが、はっきりと聞こえてくる声。
九尾の妖狐はまっすぐ烏天狗を見つめて、悪かったと言った。
「で。自慢の髪の毛はぼさぼさのままなんだな」
「あー。なあ。どうしてもな。反抗期かね?」
はあ。
烏天狗は溜息をついてから、九尾の妖狐へと片手を差し向けた。
ぱちくりと目を瞬かせた九尾の妖狐に、早く渡せと烏天狗は言った。
ぼさぼさの頭をきれいにしてやるよ。
「全部引き千切って丸坊主にしてやろうとか思ってないよな?」
「ふん。そうだな。九尾の妖狐の髪の毛は高く売れるらしいからな」
「おやめになってください」
口元を引き攣らせた九尾の妖狐を見て、鼻を鳴らした烏天狗は受け取った竹の櫛を持って九尾の妖狐の背後へと回り込み、一房髪の毛を手に乗せて眉を寄せた。
見た目通りのぼさぼさ具合で、いつも目にする手触りのよい艶やかさは微塵も残っていなかった。
(莫迦が)
突発的に起こる不具合を、けれど妖怪は口にはしない。口にしなければ大抵は誤魔化せる。
不具合など知られたらこれ幸いと襲われるだろう。
故に、よほど信用していない相手にしか告げないのだ。
(莫迦が)
こっちはすべてを明け渡す心構えはできているのに。
なんて。
先に動かない九尾の妖狐を言い訳にしている。
こちらから動けばいいだけの話なのに。
(お互い様、か)
大妖怪の言い訳 藤泉都理 @fujitori
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