あなたのための本、あります KAC20237【いいわけ】

霧野

本は家族のようなもの

 白髪の美少年が、口を開けて店内を見回している。


「ここがてんちょの家かぁ」

「小さな本屋だけど、落ち着くでしょう」


 シミは隙間の多い本棚を興味深げに検分し始めた。


「気に入った本があればトラックに積んでおいて。朝にはまた出発です」

「おう」


 

  ☕︎



 ベッドから降りたシミは、布団で眠っている店主を揺すった。


「ん? どうした、シミ。眠れない?」

「……ベッド、初めてだから」



 それは、シミのいいわけ。


 本当はあの日の夢をみて目が覚めてしまったのだ。


「こっち、入る?」


 返事はせず、黙って布団に潜り込む。店主にぴったりくっつくと暖かくて安心して、すぐに眠りに落ちた。



 シミの静かな寝息を聞きながら、店主もまた、あの日のことを思い出していた。

 遺された在庫を利用して移動式本屋を始めた、初日だった。本に紙魚を見つけ、外に捨てようとした時に、紙魚の心が見えたのだ。

 小さな体をくねらせながら、紙魚は本が読みたいとひたすらに訴えていた。


「いいよ、そんなに好きなら気の済むまでどうぞ」

 そう言って紙魚を放置し、気づけば荷台の床に蹲って本を貪り読んでいる少年が居た。


 ─── あの時は、シミ自身もびっくりしていたっけ。


 自分でも知らぬ間に少年の姿に変化し仰天していたシミを思い出し、クスッと笑う。



(あんなに本好きじゃあ、出て行けなんて言えないよなぁ)


 それは、店主のいいわけ。


 幼くして母を亡くし、父もまた逝ってしまった。

 人の心が見えてしまう能力のせいで、深い人間関係を築くのを避けてきたけれど。やはり、一人ぼっちは寂しい。


 そんな店主のもとに現れた、新たな家族。

 これがいつまで続くのかわからないけれど。



 ふたりの密かないいわけを乗せて、明日も心の赴くまま車を走らせ、店を開ける。その本を必要としている人のために。


 ここは「あなたのための本」を売る本屋。きっと見つけてみせましょう、あなたにぴったりの一冊を。




 おわり ☕︎

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あなたのための本、あります KAC20237【いいわけ】 霧野 @kirino

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