五月雨式の弁明ーいいわけー

MACK

* * *


 全力疾走で家に帰ると鞄を放り出し、勉強机の上にあったレポート用紙と筆箱、テキストを数冊わしづかみに玄関を飛び出す。休まず走り続けてマンションの三軒隣のインターフォンを押した。


――……一時間も遅刻しちゃった。


 迫り来る大学受験。三人の弟妹がいる長女の身では、進学を許されただけでも儲けものだったが、塾や予備校に通う余裕はない。それを母に愚痴った事はないのだけど、誰かいないか探してくれていたみたい。

 ご近所の河野こうのさんから、息子が大学生で就職の内定も決まって今はのんびりしているからと、放課後の二時間の勉強を見てもらえる事になったのだが、なんと無償。

 小さいころは一緒に遊んだ記憶もある近所のお兄さんだけど、そんな甘えが気軽にできる程の間柄ではない。


 時折、お菓子やおかずのおすそ分けで軽いお礼はしているが、労力をかけてもらっている時間を考えると微々たるもので。

 せめて約束の時間は厳守し、これ以上の迷惑をかけない事を心掛けていたのだけど。


「遅かったね」


 扉に手をかけた彼が目を見開いたので、そこで自分の今の出で立ちに気付く。汗だくで、髪はぼさぼさ、肩で息をしている女子高生はスカートの後ろがめくれあがっている事に気づいて慌てて直す。

 いつもだったら約束の時間ぎりぎりまで髪を梳いたり、色付きリップで軽いお洒落を心掛けていたからギャップに驚かれたみたい。何故そんなに身だしなみを気にしていたかは、お察しで……。


「すみません遅れました」

「いいけど、延長はしないよ」

「はい」


 がっくりと肩を落としつつ、部屋にお邪魔する。

 いくつかの苦手な問題を片付けた後の一息タイムで、彼はコーヒーを片手に不意に口を開いた。


「何があったの?」

「えっと、その……」


 そもそも言い訳などするつもりはなかった。どんな理由であっても、遅れてしまった事実は覆らないから。それでも何度か促されて。


「くだらないと思われるかもですが、友達が年上の人を好きになったからと、相談されて」

「長引いた?」

「彼女、相手が年上という理由だけで諦めようとしてたんです。年齢じゃなく、一緒にいたいかどうかでしょう、って。それに頼りがいがあって良いじゃないですか、年上!」


 両手を思わず握りしめ、机を叩いての熱弁を披露してしまう。


那奈ななちゃん、年上OKなんだ」

「はい! だって私の好きな河野こうのさんも年上ですし」


 ハッとした時には、お兄さんが真っ赤になって目を逸らした。つられて自分の顔も熱くなる。


「えっと、いつも通りに二時間やろっか」

「いいんですか?」

「遅れた原因が、理由わけだったから……」


 お兄さんは両手をぶんぶん振りながら「いやっ、友達の相談に親身になってあげたという点がねっ」と弁明していたけれど、これはもしかして期待していいやつ?



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