理屈なんかじゃない

浅葱

自分にいいわけしたってしょうがないだろ【完結】

 中学の時は運動部で坊主に近い短髪だった。髪も黒く、野暮ったくてモテる要素なんてひとかけらもなかった。

 高校は公立で締め付けが厳しくないところだったからすぐに髪を染めたり、制服の着方を変えたりした。そうしたら口元のほくろが受けたんだかなんだか、うそのようにモテるようになった。

 イメチェンには見えない労力がつきものらしい。全くかまわなかったところをかまったら肌の調子もよくなった。告ってきた子とテキトーに付き合ってテキトーに別れる日々。

 専門学校を出てから自動車整備工場に就職した。そこも髪の色ぐらいで文句は言われなかったからメッシュを入れたりといろいろいじった。

 そんな時だった、アイツに再会したのは。


「あれ、川中じゃん。久しぶり」


 髪は昔と違って長くなっていたが、カラーリングはしていなかったからすぐにわかった。色気のない女で、男友達みたいだった中学時代を思い出す。がさつなわけじゃないけど、話してみると面白くてマンガの貸し借りをよくしていた仲だった。


「? え? あれ? 小柴こしば?」


 本屋のレジでエプロン姿の川中は小首を傾げ、やっと俺を認識したようだった。

「わー! 変わったなぁ、久しぶりー」

 この口調も変わらない。

「オマエ変わってないな」

「失礼な!」

 と言いながら全然怒ってないのがわかった。

「バイト?」

「うん。あと10分ぐらいで上がり」

「飯食いに行くか?」

「今日はごはん用意してもらってるからやめとく。また今度ー」

 川中が上がってからLINEを交換してその日は別れた。

 変わらないその様子に俺はほっとした。



 そうして、川中との友人関係が復活した。

 川中は大学に通っていた。

 バイト上がりに飯を食いに行ったり、休みの日に別の友人も交えてカラオケに行ったり、とにかく楽しかった。

「オマエ大学に友だちいないの?」

「んー、お互い家遠すぎて。バイトもあるし」

 川中が通う大学は電車で1時間。友人の家はその反対方向に電車で1時間ぐらいの位置にあるらしい。

「もっと近場の友だち作ればいいじゃん」

「そううまくいかないよ」

「確かに」

 こんな軽口を叩きながら遊ぶ日々。

 会社で合コンに誘われて行ってみたものの、前より楽しめなかった。お持ち帰り? 面倒だからしなかった。



 そんなある日、会社の飲み会の帰りに飲み屋街で川中の姿を見かけた。

 同年代と思しき集団が飲み屋の前にいて、邪魔だな、と思って顔を上げたら、あれ? と思った。

 見たことがあって、知っている相手なのに一瞬誰だかわからなかった。いつも首の後ろでひっつめられている髪は下ろされ、クリーム色のカットソー、ひらひらとした柄物の膝丈のスカート、淡い色のストッキングに上品な紺色のミュール。

 そんな姿の川中は今まで見たことがなかったから、俺は戸惑った。すれ違い、少し離れたところで人を待っているような体で彼らを窺う。

「楽しかったー、また呼んでねー」

「ああ、またなー」

 どうやらこれで帰るらしい。俺は安堵した。

 けれどその集団の中のある男が川中に声をかけた。

瑛子えいこ、駅まで送るわ」

「えーなに? らしくない」

 川中の下の名前はそういえば瑛子だった。駅まで移動するらしい彼らをなんとなく追う。

「俺さー、瑛子のこと、男とか女とか関係なくいい奴って思ってたんだよ」

「なんだそれ」

「なのにさ、久しぶりにあったら瑛子が女に見えてびっくりした」

「はい? ある意味失礼だねー」

「瑛子って女だったんだな」

「失礼すぎるー」

 川中はあははははと笑っている。一緒にいる男の目が女を狙うそれになっていることに彼女は気付いていないのだろうか。

「なぁ、瑛子……」

「あ、電車もうすぐ来る! またねー!」

 男が意を決して話しかけようとした時、川中はスマホを確認して慌てたような顔をし、駅に向かって走り出した。

 あんな格好をしていてもやっぱり川中は川中だった。

 そしてそのことにほっとした自分に、俺は首を傾げた。



 思えば、川中が”女”に見えたことは今まで一度もなかった。

 失礼な言い方かもしれないが、あの男が言ったように川中は川中という生き物で、男とか女とか意識したことがなかったのだ。

 川中は川中だ。

 俺は自分に言い聞かせた。

 それが自分へのいいわけだと気づくにはそう時間はかからなかった。



 あの格好の川中を見てから、次のアイツのバイトの日俺はいつも通り本屋を訪れた。

「よっ」

 声をかける。

「よっ」

 と変わらない様子で返されて俺はほっとした。

 やはりあの夜の川中はイレギュラーだったのだ。

「飯食いに行くか」

「いくいくー。あと10分で上がりー」

「アンタたちね、そういう話はバイト終わってからにしなさい」

 店長であるおばちゃんに苦笑混じりに言われて俺たちは頭をかいた。

「すみません」

「ごめん、おばちゃん」

 そうしているうちに次のバイトが来たので、川中は一旦店の奥に入っていった。それをおばちゃんが追いかけていく。

 バイク雑誌を見ながらそれを横目で確認し、注意とかされてたら悪いなと思った。

 いつもより少し時間がかかっている気がする。俺は無意識に店の奥の扉を見やった。そしてやっと扉が開いたと思ったら。

「おせー……よ……」

 いつもの調子で言いかけて、俺は絶句した。

 出てきた川中の表情はいつも通り屈託がなくて何も変わらないはずなのに、後ろで一つにまとめただけのいつもの髪形が、後ろ髪を少し留めただけで下ろされているのを見た時、


 ずぎゅーーーーん!!


 とまるで、マンガのように胸を撃ちぬかれるような音がしたかと思った。

 やばい。

 やばいやばいやばい。

「遅かった? ごめん。おばちゃんがもう少し女の子らしくしろって言ってバレッタ貸してくれたんだ。少しは女らしく見える?」

 なんの他意もない表情で言われ、俺は少し冷静になった。川中の後ろからおばちゃんの顔が覗いていた。なんだかにやにやしているように見える。

 悪いけど俺らはそんなんじゃねーよ。

「口調も態度もいつものオマエじゃん」

 そうぶっきらぼうに言えば川中は難しい顔をした。

「……ふむ。だが変えるのは難しい」

「変えなくていい」

 これ以上おばちゃんの面白がっている顔が見たくなくて、俺は踵を返した。本当は手を繋ぎたいと思ったが、おばちゃんにネタをやりたくなかった。

 最寄の駅まで5分の道程を並んで歩く。すでにタイミングは逸していたが、俺は空気を読まないで川中の手を握った。

「?」

 川中が小首を傾げた。けれどその手は振り払われなかったから、俺はそのまま店まで彼女の手を引いた。



 それからも俺たちの関係はさほど変わらなかった。

 飯を食いに行ったり、他の友人も交えてカラオケに行ったりした。でも二人きりになると、俺は無言で川中と手を繋ぐようになった。

 小学生かよと思わないでもなかったが、そんな関係は意外と心地よかった。

 そんなある日、仕事が少し押して本屋に着くのが遅れた。特に約束もしていないので川中はもう帰ってしまったかもしれない。内心落胆しながらも一応本屋に行ったら、どこかで聞いたような声が聞こえてきた。

「瑛子、こんなところでバイトしてたのかよ」

「こんなところとは失礼だな。趣味と実益を兼ねていると言ってくれ」

 この間の奴だ、とすぐに気づいた。

「川中」

 声をかけると、川中とこの間川中と一緒にいた男がこちらを向いた。川中は俺を見てとても嬉しそうな顔をした。

 うわ、なんだこれ。かわいいぞ。

「飯食いに行くぞ」

 俺は顔が赤くなるのを感じながらそれが当たり前というように川中を促した。

 彼女はそれににっこりして。

「うん、行くー」

 ぱたぱたと俺に近づいてきて、初めて川中から俺の手を握ってきた。

「じゃ、中野。またねー」

「……そーゆーことかよ。またな」

 中野、と呼ばれた男はあからさまに落胆したような顔をした。

 俺はもうたまらなくなってそのまま本屋を出た。

「バイク乗れ、行くぞ」

 遅れたと思ったから、今日はバイクを店に横付けしたのだ。川中にヘルメットをかぶせ、タンデムシートに乗せる。色気も何にもないのにいちいちやることがツボな彼女をこのままさらってしまいたかった。

「どこ行くー?」

 俺は答えずバイクをふかした。



 この街には特にデートスポットと呼ばれるような場所はない。ただ、坂が多いのでちょっとした丘の上など見晴らしのいい場所はある。そういうところは明かりもろくにないから、たまに目当ての車が止まっていたりするがその夜は一台も止まっていなかった。

「? どーしたの? ここ見晴らしいーねー」

 バイクを止めて川中を下ろす。彼女は首を傾げながら辺りを見回し、丘の下方をみやって嬉しそうに言った。その、なんの他意もない言い方に胸の奥がもやもやする。俺だって特に何か意志を持ってここに彼女を連れてきたわけではなかった。

 ただ、川中が誰かのモノになるのはたまらなくいやだった。

「あ……」

 そこで唐突に、俺はやっと自覚した。

 あんなにはっきりと胸を撃ちぬかれたのに、川中の仕草とか言動とかが以前とは違って見え始めていたのに俺は感情にフタをしていたらしい。

 だけどストレートに「オマエが好きだ」と言うのはひどく陳腐な気がした。

 かと言って「月が綺麗だな」と言うのも俺のキャラじゃない。

「なぁ、川中……」

「なーに?」

 振り向いた川中を抱き寄せて、腕の中に閉じ込めた。俺の顎の下に彼女のつむじがある。

 ああ、こんなに川中は小さかったのかと思ったら胸が熱くなった。

「……小柴?」

「俺さ、川中のことすげーいいダチだと思ってた。……だけど、それだけじゃもう我慢できない」

「……え」

 川中の戸惑いが伝わってくる。彼女が俺と同じ気持ちだなんて自惚れてはいない。でもこの気持ちを伝えないという選択肢はなかった。


「オマエを、俺だけのモノにしたい」


 囁くように呟いた。途端、川中の体の力が少し抜けたようなかんじがした。

「……川中?」

「~~~~~~ッッ!!」

 体が落ちないように支え、きつく抱きしめる。暗くてあまりよく見えないはずなのに、なぜか川中の耳が赤くなっているように見えた。

「……ありえん。反則だ……腰が……」

 ぶつぶつ呟く川中の声に相変わらず色気は全く感じられない。

「なぁ、あんま変わんないかもだけど……付き合おーぜ?」

「……ありえーん。おなかすいたー!」

 断られた、と普通なら思うところかもしれないが、抱きしめた体は熱を持っているし、腕の中から逃げようともしない。

 照れてるのがもうたまらなくかわいい。どっか連れ込みたい。

「何食いに行く?」

「はんばーぐ食べたい!」

「おけ」

 にやけが止まらない。

 今夜は逃がしてやるけど、次の土日は覚悟しろよ?

 離せとばかりにぺちぺち叩かれるのすら愛しくて、俺は彼女を改めてきつく抱きしめた。



おしまい。

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