呪怨戦隊ジョーカレンジャー!
波津井りく
……の、中の人曰く
今この国を騒がせる悪の組織の怪人が一人、目の前で爆散する。不思議と骨や肉片はない。
吹き飛ばされ漂う煙と化すのを茫然と見上げ、私はただ立ち尽くしていた。
「……手品っぽい……」
学校の帰り道で偶然鉢合わせてしまっただけの、避けようのない脅威だった。
人型の昆虫という非日常的で非現実的な存在を、咄嗟に理解出来ず見上げたのが運の尽き。
逃げようの発想すら浮かばなかった。だって、本当に思考が空になる程の驚きだったんだもの。
毛のようでいてどこまでも硬質な棘を備えた節足に捕らわれ、私はやっと危機感のスイッチが入る。
逃げ遅れた巻き込まれモブの宿命は一つ。人質になる経験をした人って、日本にどれだけいるんだろう。
「助けて……誰か……!」
「そこまでだ」
怪人を打ち砕いたのは、赤い装備で顔も分からない、体格だけで男性と判断するしかない誰か。重い打音と共に引っ張り出されて、私は地を転がる。
炎を宿したように煌々と赤く輝く拳を突き上げる姿は、悪の組織が知れ渡ると同時に知名度を上げた存在……
いわゆる正義の味方、ヒーローその人なのは疑いようもない。
「あ、ありがとうございま……」
「邪魔、行って」
ヒーローは素っ気なかったが、やはり強かった。でも怪人も凄かった、打たれ強いし一秒も怯まない。素人目だけれど、恐らく相性が悪かったのだと思う。
周辺の被害を考慮した立ち回り、決定打を欠いた戦闘。ヒーローだって人間だ、無敵じゃない。
漫画で見る強化スーツみたいな装備は、エネルギー不足を告げるアナウンスと共に機能が失われ、解除されて行ってる。どんどん生身になってしまうのに、ヒーローは逃げなかった。
残されたのはもう、拳一つだけのパーツ。それでも彼はこうして戦い抜いてくれたのだ。
私と同じ巻き込まれの通行人は、時間を稼いで貰っている間に避難したり、通報したり、出来るだけのことを。
さりとて、もし一人立ち向かうヒーローが倒れたら救助に向かえるよう、待機すべきなんじゃないかと良心に従ったりして。
私も遠巻きに恩人の無事を祈って、ずっと息をひそめ見守っていたのだけれど……
露わになった顔貌を垣間見て、思わず呟いていた。
「……宮部くん?」
──誰か。ヒーロー。そう表現するしかなかった人の名前を、私は知っている。だって同級生だもの。
「!」
聞こえる距離じゃないと思うのに、宮部くんがハッとした顔で私を見た気がした。
勘違いかもしれない、でもヒーローの素顔を見るなんて申し訳ないというか、畏れ多いというか。やはり気が引けてしまうもので。
なんとなく知らんぷりした方がいいのかもと思い、私は咄嗟にそそくさ逃げ帰ってしまった。
改めてお礼を言うべきだったと気付いたのは寝る前。無自覚ながらに随分動揺してたみたい。
そんなことがあってから一週間。
私は学校で宮部くんに追いかけられている。
いやきっと心配なんだと思う、分かってる。言いふらされたりしたら事だもんね。
だからこの一週間、私も全力でアピールした。友達にも先生にも大きな声で主張した。
「いやあ巻き込まれて吃驚した! 助かって良かった! ヒーローさんの活躍は生で見れたけど、もう危ない目に遭うのは嫌だなぁ! それにしても凄く強かった、流石ヒーローって感じ! 一体どんな人なんだろうね!?」
──と。私にしては頑張って、全方位に気遣った何も知らないよ発言をしたと思うのだけど。
どうしてか宮部くんは何かの確信を得たみたいな、決意キマってる顔で声をかけて来るようになった……気がする。
今のところ偶然が味方して逃げ切れているので、会話らしい会話には至ってない。
このまま宮部くんの不安を払拭出来るまで頑張って、何も見てないし何も分からなかったよアピールに励もう。
……そう思っていた私でした。
「やっと捕まえた……」
都会を縄張りにしてしまった猿を捕獲するお巡りさんを思わせる、疲労困憊具合が見て取れる宮部くんに、私は腕を掴まれていた。
おかしいな、特に根拠はないけれど猛烈に嫌な予感がするの。関わらない方がいいよって勘が囁いてるの。ちょ、この腕っ、離れないなぁ! 力持ちだなぁ!
「あの、設楽さん。ちょっと、無駄な抵抗はやめてくれると」
「ごめんね宮部くん先輩に呼び出されてるから後でね!」
「……設楽さん、嘘つくの下手だからすぐ分かるんだけど」
「そんな! どこで分かるの!?」
「そういう
知らなかった、私嘘つくの下手らしい。女は皆女優だって昔近所のお姉さんが言ってたのに。
「えーと、とりあえずオレの話聞いてくれる?」
「聞かない! 私何も見てないし何も知らないから! 大丈夫だから!」
「完全に分かってる人の反応なんだよなぁ」
「誰にも言わないし何も分からないから! 平気だから!」
「うんうんありがとう、そのまま二人だけの秘密にしておいて欲しい。それはそれとしてこれだけは言っとかなきゃって」
むぎゅ、と鼻を摘ままれ黙らされる。宮部くん、怒ってはいないけどちょっと怖い。
「オレ別にやりたくてやってるんじゃないから! ちょっと呪われてるだけだから!」
「……?」
宮部くんは言い訳が下手なんだなと私は知った。今時呪いはないんじゃないかな、呪いは。
優しく微笑みと共に指摘したら、頬っぺたをぎゅむぎゅむされる。仕方なく胸に秘めておくべき事項へ追加することにした。理不尽な暴力は良くないと思うよ宮部くん。
──この時しっかり聞いてれば良かったと私は後悔する。でもその場ではただ、宮部くんは言い訳が下手っぴと微笑ましく感じていたのだ。
呪われしホワイトに成り果てて爆笑されるまでの二ヵ月間、私は完全に他人事でいた……
「今時呪いはないよね呪いは! この呪われし装備品おかしいよ!」
「ザマァで痛快メシウマですわー。ありがとう設楽さん。ようこそこちら側へ」
見たこともないくらいイイ笑顔で歓迎されても、別に微塵も嬉しくなかった。
呪われし側のヒーローなんて私やりたくない、きっと怪人に八つ当たりしちゃ……
──成程なぁ、だからヒーローは戦うんだね!
【終】
呪怨戦隊ジョーカレンジャー! 波津井りく @11ecrit
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