いいわけ【BL】(KAC20237)
大竹あやめ
第1話
「な? なにもやましいことはしてないって。信じてくれよ、な?」
もうこのセリフ、一体何回聞いただろう。
僕の彼氏が、女の子と歩いているのを見かける度、彼はこうやっていいわけをしてくる。道を聞かれて案内しただけ、とか、気分が悪くなった友達を送っていった、とか。
その行き先が、ホテルだったのも僕は知っている。女の子が好きなら僕とは別れよう、何度もそう思って話をしようとすると、彼は「好きなのはお前だけだ」って言うんだ。
「なぁ頼むよ。信じてくれ。俺お前がいないと……」
縋るようにこちらを見てくる彼は、僕と似たもの同士なのだと思い知らされる。嫌われるのが怖くて、愛が欲しくて、相手を手放すことができない。脆い関係。このひとと別れたら、次は見つからないかもしれない。その不安が僕を思いとどまらせる。
「……わかった」
意気地無し。心の中でもうひとりの僕が呟いた。
昔に比べたら、同性愛者のパートナーを探すのは、遥かにやりやすくなったと思う。女性も好きになれる彼氏が羨ましいとさえ思ったこともあった。だって、並んで歩いても違和感ないんだから。
だから、僕は彼氏への当てつけにコミュニティで出会ったひとに、全部ぶちまけた。慰めて欲しい、僕には彼氏しかいないのに、彼氏は浮気ばかりしている。家を追い出されたら行くあてもないから、黙って浮気を許すしかないんだ、と。
そしたら、初対面にも関わらず、そのひとは眉根を寄せて言い放った。
「嫌なのに、何で嫌だって言わないんだ?」
てっきり慰めてくれるものだと思っていた僕は、予想外の言葉に涙が出てきてしまう。それが言えたら苦労しないよ、と僕は溢れる涙を袖で拭った。
「苦労? 苦労なんてしてないだろ。何もしない、何もできないっていいわけをして、誠意もへったくれもない彼氏を好きにさせてんのは、あんただろ」
「……っ、だって、僕がいないと彼は……!」
「違うだろ。彼氏がいなくて困ると思い込んでるのはお前の方」
ともすれば冷たく聞こえる声で、そのひとは言う。僕は泣いた。あの泣きそうな目で、捨てないでくれと言われたら、大丈夫だよと言いたくなる。僕だって捨てられたくない。僕が彼を捨てたら、彼はどうなってしまうのか……想像するのが怖い。
「ほらそこだ。ちゃんと考えろ。お前に振られた彼氏が、そのあとどうなるかを」
外にいっぱい相手がいるんだろ、とそのひとは容赦ない言葉を突き刺してくる。考えたくなかったことを突きつけられ、僕はさらに泣けてしまった。
「じゃあ僕は? ずっと彼氏しかいないと思って過ごしてきたのに、またひとりで路頭に迷うのは嫌だ……!」
「じゃあ俺んち来い。しっかり別れて、自分の足で立って、自分の頭で考えられるようになるまで、面倒みてやる」
僕の涙は一瞬止まった。何を言っているんだこのひとは? と思うのと同時に、浮かんだのはやっぱり彼氏のことだ。
「片方が泣いてばかり、我慢してばかりなのは付き合ってるとは言わない。我慢するためのいいわけなんか、美談じゃない」
返事は? と言われ、僕は頷けなかった。するとそのひとはため息をついて、何を迷う、と呆れ声だ。
「今日は何で、俺と会う約束した? 今の状況が嫌なんだろ?」
「だって……出会ったばかりのひとに、いきなりお世話になるのは……」
「ほらまたいいわけしてる。彼氏と決別したいんだろ?」
いきなり見えた光明に、僕は戸惑いを隠せなかった。このひとの話に乗れば、今の状況から抜け出せる? いや、でも……。
「俺が怪しいひとじゃないって証拠はないけどな」
笑ってそう言った男は、財布から運転免許証を出した。そして財布に入っていたレシートに、十一桁の数字を書く。
「もう、自分にいいわけすんな? 俺と、ちゃんと平等なお付き合いしてみないか?」
正直ここまでするひとだなんて思ってなかった。愚痴を聞いてもらって、ワンナイトな関係でいいと思っていた僕には、もったいないくらいのひとだ。少なくとも、彼氏よりは誠実さを感じる。
信じていいのかな? このひとを。
僕は携帯電話番号が書かれたレシートを、両手でギュッと握りしめた。そして、こくりと頷く。
「はい。ちゃんと、彼氏と別れてきます」
正直これを言うのにも、心臓が爆発しそうなくらい緊張した。けど、僕はもう現状維持のためのいいわけはしない。保身のための……何もしないためのいいわけもしない、と決意する。
何かあればすぐに連絡をするという約束をして、僕はそのひとと別れた。
僕の中の、止まっていた何かが動き出した。
[完]
いいわけ【BL】(KAC20237) 大竹あやめ @Ayame-Ohtake
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