愛の力を持つ者たち

「文具王国が大ピンチでねぇ。宰相マニータは「王国を救う魔法少女を探してこい」って、俺たちを地上に落としたのさ」

案内された岡崎家のリビングで、オレンジ色のミミズク「ブッコロー」は短い羽でティーカップを掴む。

紅茶を啜るブッコローの前で、弘子は首を傾げた。

「ピンチ、ですか」

「文具王国ってさ、空に浮かんでんの」

「空に?」

「そ、元々は地上にあったけど、大昔に【人々の文房具愛】で空に浮かんだ国なんだ。だから人々が文房具を愛する限りは平和なんだけど…」

ブッコローは羽の根元に付けた腕時計を弘子に見せた。

「便利じゃね、スマートウォッチ」

「え?」

「スマートウォッチだけじゃない、スマホもパソコンも本当に便利。これさえあれば文房具なんてもう要らないでしょ」

「そんなこと無いですよ」

「あるよ、俺もう何年も鉛筆とか握ってないもん」

「それはっ、そうかもしれませんけど。鉛筆じゃなくても、ボールペンとかシャーペンとか」

「あ、俺ボールペンだけはめっちゃ触るわ。毎週競馬やるから」

「ほらぁ」

「いやでも馬券もスマホで買えちゃう時代だからねぇ。文房具なんてもんは、どんどん必要無くなっていくでしょ。学校教育だってこれからタブレットを使ったスマート授業になって、ノートも鉛筆も消しゴムも必要無くなっていくワケだし」

ブッコローは短く息を吐き出した。

「だから…あと百年もしないうちに【文具王国は地上に落ちる】って予測されてる」

「地上に落ちる?!」

「文房具愛が無くなれば浮かんじゃいられない国なんだ。もちろん地に落ちた文具王国は壊滅状態だろうし、地上だってタダじゃすまない」

「そんな…」

震える弘子の前に、ブッコローは飛び上がった。

「あぁ大丈夫、そうならないために俺がザキの所に来たわけだからさ」

「私に何かできるでしょうか」

「ザキはさ、文房具大好きなわけじゃん。だから「魔法少女ザキ」になって文房具の魅力を世に伝えてよ。そしたら地上に文房具愛が増えて、文具王国はまた浮かび上がることができるわけだからさ」

「…あの」

「何?」

「疑問なんですけど…何で「魔法少女」なんですか?」

「え?」

パカっと嘴を開くブッコローに、弘子は手のひらを振った。

「あ、いや、お話を聞く限り、地上に文房具愛を増やせばいいんですよね?魔法少女にならなくても他に手がありそうな…」

「っかー!!」

ブッコローは短い羽をバタつかせた。

「わかってない、ザキ、マジでわかってない。あーびっくりした。わかってない人類がまだいたことにびっくりしたわ」

「ええぇ…」

「いい?世の中救うのは絶対に「魔法少女」なのっ!」

「はぁ…」

「ザキだって見たことあるでしょ?魔法少女の可憐さ可愛さ儚さ健気さ愛らしさ華やかさ、戦いの中で生まれる苦しみ葛藤夢希望、そして愛!この世を救うのは魔法少女じゃなきゃダメなの、ダメに決まってるのっ!」

「お好きなんですね、魔法少女」

「…まぁね、嫌いではないかな」

ブッコローは羽ばたくのをやめてソファの上に降り立った。

「でもね、魔法少女でも難しい話なんだよ。文房具愛を増やすなんていうのはさ」

「どうしてですか?」

「言ったじゃん?文房具なんかどんどん要らなくなっていくのに、文房具愛を増やせなんて…」

「ブッコローさん!」

ティーカップを掴もうとしたブッコローに弘子が詰め寄った。

「な、何?でっかい声出して…」

「ブッコローさんは文具王国から来たのに、文房具お好きじゃないんですか!?」

「えっ、好き嫌いとか考えたことないよ。ただ、世の中便利なものが多いんだから、不便な文房具をわざわざ好んでは使わないなって感じよ」

眼前に迫る弘子に、ブッコローは身を反らす。

「えーそんなに睨む?結構普通じゃない?この考え方」

「…わかりました」

弘子は腰に手をあてた。

「魔法少女ザキ、お引き受けさせていただきます」

「えぇマジで!?」

「はい、そしてまずは何よりブッコローさんに文房具の素晴らしさを伝えますっ!」

「お、おお、お手柔らかに頼むよ」

ブッコローは短い羽をパタパタと羽ばたかせて浮かび上がった。

「じゃあまず、魔法少女ザキの「変身ステッキ」をつくろうか」

「変身ステッキ?」

「あ、別にステッキじゃなくてもいいんだけど、魔法少女には絶対必要なのよ、変身アイテム」

「そうなんですか?」

「決まってんじゃん。いい?魔法少女には個性に合わせた変身アイテムが必須なの!制服月光には月の形のステッキ、お邪魔音符には音符があしらわれたコンパクト、ふたりは可愛回復には携帯電話型カードリーダー!」

「お好きなんですね、魔法少女」

「…まぁね、嫌いではないかな」

嘴の奥で咳払いをし、ブッコローは弘子を見上げた。

「魔法少女ザキは、文房具愛を増やす魔法少女。だから変身アイテムも文房具をモチーフにするべきだと思うんだけど、なんか無い?一番好きな文房具とか」

「一番好き…ですか。難しいですけど」

弘子はリビング奥の棚から細長い箱を取り出し、蓋を開いた。

中にはキラキラと輝く棒状のガラスが入っていた。

「何これ」

「ガラスペンです」

「ガラスペン?」

「私の大好きな文房具の一つです。まずは何と言ってもこの繊細な見た目!」

弘子はガラスペンの入った箱をブッコローの顔にずいっと近づけた。

「ガラスでできていることによる透明感と儚さが融合する唯一無二の美しさであり、インクをつけた時に見せる表情が一つ一つ違ってとてもいいですし、書いてる時にカリカリという独特の音がするのもとってもいいんですよ」

弘子は半ば無理矢理ガラスペンをブッコローに持たせると、棚へと向かい薔薇色の小瓶を取り出した。

「その瓶は?」

「インクです」

「え?ガラスペンって別でインクがいるの?」

「はい」

弘子は瓶の蓋を開け、短い羽に持たせたガラスペンをひったくるようにして、ペンの先をほんの少し瓶の中につけた。

すると、一瞬にしてガラスのペン先に薔薇色のインクが吸い上げられた。

「毛細管現象といって、ペン先についた溝にインクが持ち上がるように作られているんです」

「へー面白いじゃん」

「そうでしょう」

「でもちょっと面倒くさくない?」

「えっ?」

「いや、ボールペンだったらわざわざインク用意しなくても書けるじゃん。なんか手間がかかるっていうかさ」

薔薇色のペン先を見つめるブッコローに、弘子は不敵な笑みを見せ、台所から水を入れたコップを持ってきた。

「見ててください」

水の中でガラスペンをくるくると回すと、水はあっという間に薔薇色になり、ペン先は透明な輝きを取り戻した。

「え?めっちゃ綺麗にインク落ちるじゃん」

「そうなんです。だからガラスペンはボールペンと違って、好きな色のインクをどんどん使っていけるんですよ。お手紙を書く時なんか特に便利で、相手の好きな色のインクを沢山使ったり、季節や内容によって変えたり出来て、とっても楽しいんです!」

「…なるほどねぇ」

煌めくガラスペンと同じくらい瞳を輝かせる弘子に、ブッコローは深く頷いた。

「効率より「相手を思いやる気持ち」を重視する文房具ってことね」

短い羽を打ち合わせる。

「いいね。じゃあ魔法少女ザキの武器はガラスペンにしよ」

「武器?変身アイテムじゃなかったんですか?」

「あのね、魔法少女にもいろんなパターンがあるんだけどさ」

まばたきを繰り返す弘子に、ブッコローは体をわさわさと揺らした。

「変身アイテムがそのまま大きくなって武器になるタイプの魔法少女、あれいいよね。手で握れるくらいのガラスペンで変身してさ、身長より大きなガラスペンで戦うの、めっちゃよくない?」

「よくありません」

「えっ?」

「ガラスペンは繊細なんです。武器になんかしたくありません」

「そんなこと言うなってザキぃ」

短い羽をバタつかせ、弘子に向かって飛んだブッコローの腹が、テーブルの上に置かれていた薔薇色の小瓶に当たった。

カチャンという音を立てて、小瓶は床へと転がる。

「あっ!」

「あ、ごめん」

「ラルティザン・パストリエ・パフュームインクローズがぁっ…」

「え?」

「ラルティザン・パストリエのパフュームインクローズがこぼれちゃったじゃないですかぁ」

床に広がる薔薇色に、ブッコローは三角嘴をぱっかりと開いた。

「このインク、ラルティザンなんちゃらっていうの?」

「はい、ラルティザン・パストリエのパフュームインクで、カラーはローズです」

「いいじゃん!めっちゃ魔法少女っぽいっ!」

ブッコローはパタパタと跳び上がった。

「魔法少女って変身とか攻撃のとき呪文を叫ぶのよ。いいじゃんラルティザン・パストリエ・パフュームインクローズ!」

「はぁ…」

「他には?インクの名前って他にどんなのがあるの?」

「ヴィオレパンセとかヴェールフォイユとか」

「めっちゃ魔法っぽーーーいっ!」

「え、でも私が一番好きなインクは横文字じゃなくて、漢字なんですけど」

「そうなの?あぁでも漢字にちょっと特殊なふりがなを打つ感じもいいよね。火炎弾って書いてファイヤーボール、烈空斬って書いてソニックブラスター、みたいなさ」

跳ねるブッコローの横を通り抜け、弘子は棚からインク瓶の入ったカゴを持ってきた。

「一番お気に入りのインク「嫉妬」です」

「は?」

「血のような鮮やかさが良いんですよ「嫉妬」は。あと「混沌」とか「成り上がり」も好きな色です」

「だめ、全部ダメ」

「えっ?」

「ダメに決まってんでしょうが!魔法少女が「いっくよ〜⭐︎嫉妬!」とか言ってんの見たことあんの?あとなんだよ最後の「成り上がり」って」

「いい色なんですよ、金の中にラメが入ってて、ギラギラしてるのにどこか澱みもあって」

「いらない、魔法少女に一番いらないのよ、ギラギラも澱みもさぁ」

「そうなんですか」

「そうに決まってんでしょうが。他にないの?なんかもっと澄んだ色はさ」

「澄んだ色ですか」

弘子はカゴからインク瓶を取り出し、テーブルに置く。

「お気に入りの澄んだインク「空」です」

「あーいいじゃん、いい名前」

「あと「海」と」

「うんうん」

「これは「海洋」ですね」

「うん青ばっか!」

ブッコローは置かれた小瓶を見つめ、短い羽で弘子の眉間を突き刺した。

「何で?何で「澄んだ色のインク」って言われて青ばっか出すわけ?何?ザキ的には澄んだ色は青一択なの?」

「そんなことはないですけど」

「じゃあ他の色もちょうだいよ」

「いやでもほら空は鮮やかな青だし、海は柔らかな青で、海洋はキラキラとした青ですよ」

「一緒。全部一緒。そらよーく見たら違いわかるよ?でもこれちょっとでも酒飲んでる人が見たら全部一緒に見えるよ。じゃあこれ飲酒検問に使えるじゃないの、って馬鹿!」

「ええぇ」

「他にないの?もっと個性のあるインクはさ」

「個性ですか、ありますよ」

弘子は茶色の小瓶を取り出した。

「お気に入りの個性派インク「コーヒー」です」

「え?コーヒー?」

「あと「牛乳」と」

「ん?」

「これは「カフェオレ」ですね」

「うん何、喉乾いてんのか?」

ブッコローはテーブルに並ぶ小瓶を見つめる。

「いや百歩譲ってコーヒーはいいよ。瓶もおしゃれだし、コーヒー好きな人に手紙書くときにうってつけだなって思うし。でもさ牛乳って白じゃん。いつ使うのって感じだし、最後のカフェオレについては「コーヒー」と「牛乳」があったら作れるでしょ」

「でもそれじゃコーヒー牛乳じゃないですか」

「一緒!カフェオレもコーヒー牛乳も、色にしたら全く一緒なのよ」

リビングテーブルにインク瓶がずらりと並んだとき、ピピピという電子音が響いた。腕時計の液晶に「マニータ 着信」の文字が浮かぶ。

「はぁ、もう、何だよこの忙しい時に…」

三角嘴で液晶に触れると、腕を組んでいるマニータが浮かび上がった。

「ブッコロー、いい知らせがある」

「いい知らせぇ?」

「お前、ゴージャスパピオを知っているか」

「パピオ?あぁ知ってるよ、軍手みたいな姿の妖精だろ?」

「そのゴージャスパピオがな、偉業を成し遂げた」

「パピオがぁ?!」

飛び上がったブッコローに、マニータは深く頷いた。

「パピオは文具王国にとびっきりの魔法少女を連れてきた。何でも地上で「文具プランナー」なる仕事をしている女性でな、文房具愛が凄まじく、人々に文房具愛を伝えるのに彼女ほどの逸材はいない。まさに我が国の救世主だ」

「…へぇ、じゃあもう魔法少女はいらないってこと」

「いや、文房具愛を伝える人材は多いに越したことはない。だが当面の危機が去ったとは言えるだろう」

「あっそ、じゃあ俺文具王国に帰れるのね、よかったわ。あ、ちゃんと迎えの車はそっちで用意してよね、俺の羽じゃ文具王国までは飛んで帰れないんだからさ」

「あぁ言い忘れたがな、ブッコロー」

マニータは唇の端を引き上げ、腕を解いた。

「お前はな、文具王国には戻れない」

「えっ?」

「いいかよく聞け」

マニータは眉間にぎゅっと皺を寄せる。

「私は最初から気になっていたんだ。確かに文房具愛が減り始めたとはいえ、文具王国の落ちるスピードは異常だった。異常に早すぎた」

「へぇ、でもそれが何」

「止まったんだよ」

「え?」

「ブッコロー、お前をはじめ、文房具愛の無い妖精たちを地上に落とした瞬間からな、文具王国の落下は「止まった」んだ」

「…それってつまり」

「ああ。文房具愛の無いお前たちが王国にいたことで、文具王国は異常な速度で落ちていたんだ」

「ええっ…」

「そこで王より「文房具愛の無い者地上に留まり、文房具愛を手に入れろ」との通達が出た」

「…まさか」

「察しの通りだよ、ブッコロー」

マニータは人差し指をビッと突き出す。

「お前は「文房具愛」を手に入れない限り、文具王国には戻れない!」

「ちょちょちょ、待ってくれって!俺文具王国に嫁も子供もおんねんぞ!」

「嫁と子供に会いたければ、文房具愛をしっかり学んでくることだな!はっはっはー!」

高笑いと共に通信は切れ、液晶画面は小さなミミズクの写真の上に時刻が表示されている画面へと戻った。

「待てって!おい、おいっ!」

画面に嘴を打ち付けるブッコローの背中に、弘子はそっと手を置いた。

「ブッコローさん、文具王国に戻れなくなっちゃったんですか」

「ああ、子供がまだ小さくて嫁も大変なのに…うっ、うわぁああああん!」

液晶画面の写真に向かって泣きじゃくるブッコローの背中を、弘子はぽんぽんと叩いた。

「大丈夫ですよ。文房具愛を手に入れればいいんですから」

「いやそんなん無理だよぉ…」

「大丈夫、私に任せてください」

優しい声を降らせる弘子に、ブッコローは顔を上げた。

「ザキぃ…」

「任せてください。私が必ずブッコローさんを…」

弘子はにっこりと笑った。

「文房具愛に溢れた鳥にしてみせます」


翌日弘子は、会社の社長室へと向かった。

数年後、よく喋るオレンジ色のミミズクが司会を務めるYouTubeチャンネルが大人気となり、弘子とともに文房具界に多大なる影響を巻き起こすことになるのだが…


それはまた、違う時間でのお話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

岡崎弘子、魔法少女になる。 山下若菜 @sonnawakana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ