不運に幸運を

こうちょうかずみ

前編 不運に幸運を

「ど、どうも、ア、アンラッキーセブン、です」


 古書店のバイト中、たまたまそれらしき本を見つけ、ノリ半分で試してみたら、本物の魔導書だったらしい。


 それにしてもなんなんだ、こいつ。


 俺は目の前に突然現れた、きょどりまくる男をまじまじと見つめた。


「俺、“ラッキーセブン”の精霊召喚した気がするんだけど」

「す、すみません。実は僕、もともとそうだったんですけど、な、なんか呪いにかかっちゃって、幸運から不運に変わっちゃったんですよね。はは」

「は!?」


 その精霊の言葉に、俺は声を張り上げた。


「変わっちゃったんですよね、じゃねぇよ!じゃあなんだ?お前、今はラッキーセブンならぬ、“アンラッキーセブン”とでも言いたいのか?」

「あ、そ、そういうことです」


 いや冷静に考えてどういうことだよ。

 ダメだ。頭がこんがらがってきた。


「はぁ。もういいよ――契約解除ってどうやってするんだ?」

「あ、こ、これ、最短で一日契約なので、あの、その――今日一日はずっと解けません」

「あ!!??」


 睨んだ俺の目を見て、精霊はヒッと肩をすくませた。

 こいつ、本当に精霊か?

 なんか申し訳程度に背中に羽はついてるけど。


「あのさぁ、お前を召喚しちゃったわけだけど、何か起こるわけ?さっき、不運がどうのって言ってたけど」

「あ、それは――」


 そのときだった。


「え?――いだっ!!」


 何かに足が引っ掛かり、俺は無様に床に叩きつけられた。

 見ると、普段何もないはずの場所に、一冊本が落ちている。


「んでこんなところに本が――っておい待て」


 そして俺は気が付いた。


「もしかして今のって、お前の“不運”!?」

「あ、はい、そうです」


 さも当然のように頷く精霊に、俺は目を見開いた。


「あ、たぶん今日一日、こういうことが多発するかと」


 嘘だろ?


 その言葉に、俺は地面に突っ伏した。


 ――――――――――


「あ、あぢぃーー」


 バイト終わり、正午過ぎ。

 燦燦さんさんと太陽が輝く中、俺は街を歩いていた。


「3月なのに夏日とか、どうかしてるだろ」

「ほ、本当ですね」


 そのなよなよとした声に、俺はうざったそうに後ろを振り返った。


「お前、何で付いて来てんの?」

「い、いや、契約は続いてるので」

「はぁ」


 深くため息をつきながら、俺はタートルネックの首元をぱたぱたと動かした。


「ほ、本当に暑そうですね。よりにもよって袖首ぴっちりで」

「――まぁ仕方ねぇだろ。というか、自販機自販機」


 バイト先の古書店からしばらく歩いて、俺はようやく目的の自動販売機に辿り着いた。


「うわっ、まじか」

「ど、どうしたんです?」


 自動販売機の商品を見て、俺はがくっと肩を落とした。


「コーラ売り切れてる。っつーか、よく見たらスポーツドリンクもねぇじゃん!俺の嫌いなカルピスだけだぞ!?残ってるの」


 ハァ、ハァと息を切らし、俺は汗をぬぐった。


 でも、こうなったらえり好みはできない。

 ともかく、今は水分が欲しい。


 背に腹は代えられぬ。

 金を投入し、カルピスのボタンを押す――。

 が、


「あ、あれ?」


 ボタンを押せども押せどもペットボトルが落ちてくる気配はない。


「出てこないんだけど!?」

「つ、詰まったんですかね?」


 お釣りのレバーをカチャカチャと動かすも、金が落ちてくる音もしない。


「嘘だろ?金だけ吸い取られた」


 ダメだ。なんかくらっときた。


 俺は思わずその場にしゃがみ込み、手で顔を覆った。


「くっそ、不運を侮ってた」

「す、すみません、本当に」


 じろっと精霊を見上げるも、当の本人は申し訳なさそうに目を泳がすばかり。

 結局、呼び出した俺が悪いってことか?


「まぁいいや。じゃあ隣で酒だけ買って帰ろ。なんか腹いてぇし」

「え、だ、大丈夫ですか?もしかしてさっき転んだとき打ったとか」

「違ぇよ。これはもっと前から――」


 ぐっと言葉を飲み込んで、俺はタートルネックの襟を上げた。


 隣の自販機に金を入れ、同様にボタンを押すと、さっきのことがまるで嘘だったかのようにすんなりと、缶ビールは下に落ちてきた。


「あ、今度はちゃんと出てきましたね」

「――ったく、なんでこっちは」

「え?」


 手早くビールを数本追加しビニール袋に入れると、俺は元来た道を戻り始めた。


 まったく、炎天下という言葉が似合うような天気。

 さっきから頭がガンガンと痛い。


「ち、ちなみになんですけど、僕を召喚したのって、ど、どうしてとか聞いても――」


 無言で歩き続ける俺との間に、きっと気まずくなったのだろう。

 しばらくしておどおどと、精霊はそう尋ねた。


 どうしてか、ね――。


「地獄みたいな毎日から抜け出したかったから」

「――え」


 その言葉に、精霊はピタッと足を止めた。


「冗談に決まってるだろ?このくらい、マジで受け取るなよ、ったく。ただ何となくだ。出来心ってやつ」


 そう。出来心だった。

 ただ、幸運をもたらしてくれる、“ラッキーセブンの精霊”なんて、胡散臭い文言に、ちょっと釣られてしまったんだ。

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