一度だけのラッキーセブン
銀色小鳩
一度だけのラッキーセブン
占と書かれた看板の奥にはしわしわの婆が座っていた。婆はこちらを細い目でちらりと見ると、「何を観ましょうか」と言った。俺は少し迷って「ギャンブル運を」と答えた。
「ギャンブル運は、みるからに、なさそうだけどね」
「てっとり早く、パチンコでどこの台が当たるかとか、競馬の大穴とか、宝くじをどの売り場でいつ買うといいとか、そういうのを知りたい」
「そうかね」
婆は立ち上がると、入り口にかけた営業中の札をひっくり返して、準備中へ変えた。
「帰ってくれ。占いには、禁じ手というものがあってね。観てはいけないお約束というのがあるんだ」
「それはつまり」
俺はナイフを婆に向けた。
「観られない、というんじゃなく、観ない、ということだな」
「観られない」
「嘘をつけ」
初めて人に向ける刃物に、興奮で息が上がってくる。
「あんたを紹介した秋絵が言ってたぞ。あんたは死期は観られないと言いながら、大事な人の死に目には必ず会っているそうじゃないか。つまりは本当は観られないんじゃない、自分の為にしか禁じ手の占いをしないんだ、占い師の禁じ手というのは、しょせん特権を独占するための仕組みってわけさ。さあ。当たる売り場を教えろ」
婆は呟く。
「私も耄碌したよ。昨日で店を閉めるべきだった」
俺はナイフの先で婆の頬をつついた。
「あんたみたいのを守るための禁止でもあるんだけどね。帰っとくれ。ダメなものはダメだ。納得できないならその手に持ってるもので刺しな」
一回で、あと一回で、嫁に「ギャンブルもいいね」と言わせなければならない。限界の感情が俺を駆り立てる。あと一回ギャンブルをやったら別れると、嫁に言われているんだ。使い込んでしまった会社の金も、大当たりを出せば返せるはずなんだ。もう崖の上に立っているようなものだ。次を当てなければ俺の人生は終わる。
俺はこの婆にとっての禁じ手、いちばん効くであろうと思われる一手を打った。
「婆さんってのは、もう先が短いんだろ。あんたの相手も何かの拍子にポックリ逝っても自然なんだろうね」
婆はじろりと鋭い目で俺を見た。
「婆さん同士で乳繰り合ってるんだって? 隣町の駅ビルの五階で、月曜の占いブースに出ているあの……」
婆は眉をしかめると、年齢に似つかわしくないタブレットを取り出し、丸い表を見始めた。そして薄汚れた袖から使い込まれたカードを取り出し、卓上に散らしてはまとめ、数枚をめくった。その後、俺を穴のあくほど見つめると、三つのサイコロを振った。賽の目は三つとも七を出した。
「今日一日、七を意識するといいよ。七がラッキーアイテムだ。店名、番地、買う順番、全部七だね」
「感謝するよ」
俺は婆を刺すと、その場を後にした。
まさに七が大当たりだった。その日、七丁目の宝くじ売り場で買ったくじは大当たり、七番目の台で打ったパチンコでも大当たりだ。俺は一気に巨万の富を得た。
そして、巨万の富は、たった一週間で露と消えた。
高級風俗と銀座のキャバに使い、酒をふるまううちに肝臓をやられた。ラッキーセブンが続いたあの奇跡のような一日が、生まれた時からアンラッキーセブンが揃ったような俺の人生を変えてくれるはずだったのに。
占いなしではギャンブルをする気がなくなった俺は、色々な占いを片っ端から学び、自分でも占ってみた。そして、ギャンブルを占っては金が消えていった。
ギャンブルはあと一回だけ、と決意する為にあの婆を刺したのに。生かしておけばよかった。
占い師に師事しようとしては断られた。彼らは口々にこう言った。占いには三禁というのがあってね。生死に関することは占ってはいけない。占っているうちに見えてしまうことはあるだろうが、相手に伝えてはいけない。三禁以外にも、占ってはいけないものはあるが、やめたほうがいいから禁止されているんだ。試験の合否やギャンブルも占ってはいけないものの一つだ。当たったところで人を幸せにしない。
「あんたに、ギャンブル癖を直す方法を占ってやればよかったかもしれないね」
見上げると、ぼやける視界のなかで、あの日の婆が目の前に立っていた。婆は細い目で俺を見下ろしていたが、煙のように消え始めた。
待って、待ってくれ。もう一度占ってくれ。もう一度巨万の富を手にしたら、隣町の駅ビルの占い師の婆さんの生活の面倒を見てやるから……。
婆が完全に消えて、今俺の前にあるのは、あの日婆を刺したナイフだけだった。味方はこいつだけか。柄を握りしめると、刃先を自分の喉に向けた。
一度だけのラッキーセブン 銀色小鳩 @ginnirokobato
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