Ⅵ 宴の鍋(2)

「お〜い! リュカのアニキのお帰りだぞお〜!」


 と、そんな凍てつく不穏な雰囲気の中へ、上機嫌に酔っ払ったリュカも大声をあげながら帰ってくる。


「無駄だと思うけど、ま、せっかくだし訊いてみようか」


「そうネ。一応、訊くだけ訊いてみるネ」


 そんな何も知らないリュカに対しても、マリアンネと露華は同じ質問をぶつけてみることにした。


「リュカちゃん、わたし達、これまでと何か変わったと思わない?」


「何処かガいつもとチョト違うネ」


 今度はもっとわかりやすいよう、あえて頭巾やカンフー服が目につくようなポーズをとって、二人はリュカにも尋ねてみる。


「ああん? ……なんだ、また太ったのか? なあに気にするな。おまえらが子豚のようにまるまる太っても、さすがに人狼の俺さまでも喰やあしねえからよ。ガハハハハ…!」


 だが、予想通りといおうか通常運転といおうか、やっぱり彼もその微妙な変化には気づいてくれない……いや、気づかないどころか、無邪気にも最悪の返答を口に地雷を踏んでしまう。


「…………ゴリアテちゃん」


「覚悟はイイネ……」


 ピキッ…と音が聞こえるほどに、二人のこめかみに青筋が浮かび上がって一拍を置いた後。


「どごはあぁぁぁぁ〜っ…!」


 露華の強烈な蹴りとゴリアテの巨大な拳を喰らい、リュカは一瞬にして吹き飛ばされると石造りの城壁にめり込んで止まる。


「……ぶへっ……な、なにすんだ、いきなり!? 俺が普通の人間だったら即死してっぞ!?」


 ガラガラと崩れ落ちた瓦礫の山の中、ふらふらと起き上がったリュカは二人に文句をつける。


「フン! 当然の報いだよ」


「自分ノ胸ニ訊いてみるネ」


 それでもなお己の過ちを理解していない無神経なリュカを、マリアンネと露華は冷たい瞳で侮蔑するかのように見下ろした。


「ちょ、ちょっと二人とも、アジトを壊さないでおくれよ。この要塞、だいぶ老朽化してて脆いんだから。まあ、リュカくんがぶっ飛ばされるのはいつものことだけどさ……ん? これは……」


 その顛末を見て、まったくリュカのことは気にしていない様子でアジトの破損を心配するマルクであるが、ふとリュカのいた足下を見ると、何やら大きな包みが落ちている。


「なんだ? ……ヤギの脚?」


 少し包みが開いていたので出してみると、それはなぜかヤギの脚の肉だった。


「アア、確かにヤギの脚ネ。もしかして家畜を盗んで喰った余りカ?」


「怖っ…! リュカちゃん、なんでこんな気持ち悪いもの持ってんの? ひょっとしてサイコパス?」


 露華とマリアンネもそれを覗き込み、表情を歪めるやますますリュカに対して冷たく蔑むような視線を注ぐ。


「痛てててて…… 人聞きの悪りぃこと言うな。いや、なんか知らねえんだけどさ、今日行った焼肉屋のオヤジがなぜか急にこれ土産に持ってけって渡してきたんだよ」


 一方、蹴られた腹を押さえながら起き上がってきた当のリュカは、その奇妙なお土産の経緯についてそう簡潔に説明する。


「あ〜あ、ルキフゲの仕業か……」


 すると、独りマルクだけは思い当たる節があり、先刻の悪魔宰相ルキフゲ・ロホカレとのやり取りを思い出していたく納得する。


「ん? なんか言ったか?」


「……あ、いや、なんでもない。まあ、せっかくのお土産だ。露華、これで夕飯に何かヤギ肉料理でも作っておくれよ」


 その呟きを拾い、怪訝な顔で聞き返すリュカであったが、説明が面倒くさいマルクはそうはぐらかすと、ヤギ脚を差し出して露華に調理を頼む。


「ヤギ肉か……わかったネ。じゃ、アタシが小っこい頃、絹の道リュ・ド・スワ通ってエウロパ行く途中で食べたことのアル、辰国の北方、遊牧民ガ住む国の料理デモ作るとするネ」


「よし。それじゃあ今夜はその遊牧民の料理とやらで、毎月恒例のパーティーといこうじゃないか」


 その依頼に秘鍵団の料理担当は少し考えてからそう答え、一味はそのヤギ脚をメインディッシュに宴を開くこととなった──。




「──かんぱ〜い!」×6


 濃紺の夜空にモクモクと香ばしい煙を上げ、漆黒の闇の中、橙色オレンジの炎に石壁を照らし出す朽ちた要塞の中庭……何やら鍋を逆さにひっくり返したような、半球状をした鉄板の上で焼かれるヤギ肉をぐるりと取り囲み、秘鍵団の面々はグラスを掲げて高らかに乾杯をする。


「これハ遊牧民の王の称号が名前ニ付けられた、ヤギや羊の肉を使う〝大ハーン鍋〟ネ。ま、鍋というヨリほぼ焼き肉だけどナ。ちなみに戦場デ兜ヲ鍋代わりに肉ヲ焼いた習慣ガ、其の起源ト云われてるネ」


 皆がグラスのワインに一口つけた後、露華がその料理の説明を手短にする。


 そう言われてよくよく見れば、その半球状の鉄板は〝キャバセット〟と呼ばれる、エルドラニアなどでよく用いられている当世風の庇がない兜である。


「遊牧民の兵といえば、馬を自在に乗りこなすいわば東方の騎士……そう思うとなんだか親しみの湧いてくる料理にござるな」


「兜を鍋に……確かに戦場じゃ便利だけど、後片付けが大変そうだな……」


 その解説に、ドン・キホルテスとサウロは騎士・従者それぞれの立場から素直な感想を口にしている。


「それじゃ、いっただきまーす! …モグモグ……うん! なかなかこれ美味しいよ、華ちゃん! この半球状をした兜の熱伝導率が肉の美味しさを引き出してるのかな?」


「……モゴモゴ……ああ。酒にもよく合うな……ゴクン……このハーゲンティとかいう悪魔の造ったワインともいいマリアージュしてるぜ」


 また、さっそく食したマリアンネも錬金術師らしいところに興味を示し、呑兵衛のリュカはやはり肉よりも、ともに供されるワインをメインに食レポをしている。


 ちなみにこの赤ワインはソロモン王の72柱の悪魔の内序列48番、酒造りが得意な有翼総統ハーゲンティという悪魔をマルクが使役して造らせたものだ。


 気乗りしないハーゲンティに無理強いをし、けっこうな頻度で造らせているので、もう秘鍵団ではお馴染みの銘柄である。


「…モグモグ……うん。なかなかイケるね……辰国の北の遊牧民の国かあ……話には聞いたことあるけど、いつか実際にこの目で見てみたいな……」


 一方、マルクはその肉料理を堪能しつつも、まだ見ぬ遠い異国の地へ想いを馳せている。


「そいえばおかに上がってからだいぶ経つガ、次の獲物ハまだ見つからないネ?」


 と、そんなマルクに思い出したかのようにして、自身もヤギ肉に箸を伸ばしつつ露華が尋ねた。


「ああ、それなんだけどね。ようやく目ぼしい情報が耳に入ったよ。今度、『黒い雌鶏』っていう魔導書が、エルドラニア本国からこっちに運ばれてくるらしい……てことで、次の獲物はそれだ」


 その言葉に、マルクは不意に船長カピタンの顔を取り戻すと、不適な笑みを浮かべながらそう答える。


「なんだ、ヤギ肉の次は鶏肉か。ま、俺は呑めりゃあ文句ねえがな」


「鶏肉なら辰国料理にはたくさん食べ方あるネ」


 それにリュカと露華は勘違いしているか? それともわざと冗談めかして言っているのか? そんな魔導書の名前を弄って各々に合いの手を入れる。


「久々の戦働きにござるな。このマチェーテで鍛えし我が剣の腕、広く新天地の海にも轟かせてくれようぞ!」


「そうなると旦那さまの装備も総点検しとかなきゃいけないな……マリアンネ、頼んでた盾の改造も早めに頼むよ?」


 かたやキホルテスは不意に立ち上がると、まだ持っていた山刀を引き抜いて意気揚々と天に掲げ、サウロは難しい顔で腕組みをすると、海賊仕事のための準備に早くも心を砕いている。


「うん。もうじき完成だから安心して。ついでにわたしも新発明の爆弾用意してるから乞うご期待だよ!」


 また、サウロに催促されたマリアンネは大きく頷くと、自身の趣味と実益を兼ねた発明に目をキラキラとさせて盛り上がりを見せる。


「…………」


 そして、彼女の背後に立つ土の巨人ゴリアテは、いつもながらに相変わらず無口だ。


「よし。それじゃあ、次なる仕事の成功を祈って、もう一度、みんなでかんぱーい!」


「かんぱ〜い!」


 こうして、新たな目標も一味全員で共有されると、船長カピタンマルクの音頭によって、再度の乾杯の声を南国の夜空に響かせるのだった。


(El Pirata De Vacaciones ~休日の海賊~ 了)

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El Pirata De Vacaciones ~休日の海賊~ 平中なごん @HiranakaNagon

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