Ⅵ 宴の鍋(1)

「──フゥ……今日はいい酒が飲めたぜ。んじゃあな、おまえら。その内、また一緒に飲もうぜ!」


 日も傾き始めたその日の夕方近く、たらふく飲み食いをして大満足のリュカは、上機嫌でBARバルバッコアを後にしようとしていた。


「へえ! リュカのアニキ! ただ酒飲めるんならいつだって大歓迎でさあ!」


「いやあ、さすがは人狼! アニキの肉の食いっぷりは最高っすね!」


「俺達、どこまでアニキについてきまさあ!」


 リュカの背後からは、胡麻をすりすりダックファミリーの三人も千鳥足で店を出てくる。


 初めはリュカを恐れていた彼らも酒を奢ってもらうと手のひらを返し、いまや馴れ馴れしくも親しげにアニキ呼ばわりしている。


「おうよ! だいぶ足下がおぼつかねえようだから気をつけて帰れよ? ……さてと、日暮れも近えし、俺もそろそろ帰るか。たぶん今夜は宴会だろうからな。帰ったらまた飲み直しだぜ……」


 そんな、だいぶいい感じに酔っ払っている三人に別れを告げ、リュカはアジトのある方向へと歩き出そうとしたのであったが。


「おーい兄ちゃん! ちょっと待ち待ちな!」


 不意にリュカは背後から呼び止められた。


「ああん? なんだオヤジ、支払いが足りなんだか?」


 振り返ると、店の入口には慌てた様子で店の主人が出てきている。


「なんだよぉ、けっこう飲み食いしてやったんだから、ケチケチせずにちったあまけろよな」


「いや、そうじゃねえんだ。なんだか急にこいつを兄ちゃんに渡したくなってな。ほら、土産だ。持ってけ」


 その様子にてっきり不足していた代金の取り立てかと勘違いするリュカであったが、主人はむしろ反対に、何やら大きな包みを一つ、彼の前に差し出した──。




 それより少し時間は下って、西の空も橙色オレンジに染まり、眼下の細波さざなみもキラキラと輝く夕刻のアジト……。


「──へえ〜綺麗になったじゃないか。何植えたんだい?」


 密林からすっかり畑の姿を取り戻した家庭菜園の有様を、礼拝堂より出てきたマルクは感心した様子で眺めていた。


「ニンニクと唐辛子です。ずっと露華に催促されてましたからね。次はジャガイモでも植えようかと」


「うむ。それがしも久々に野良仕事に精を出しましたからの」


 その傍らではサウロとドン・キホルテスの主従コンビも、一仕事終えたというような感じで満足げな表情を浮かべ、整然と平行線を描いて並ぶうねの山を見つめている。


「おお〜い! みんなで何やってんの〜?」


「ただいまネ〜!」


 とそこへ、買い物へ出かけていたマリアンネと露華の女子二人も、たくさんの荷物を抱えたゴリアテとともに帰って来る。


 その荷物は火薬や薬品類のガラス瓶が詰まったマリアンネの袋と、野菜やベーコン、ソーセージなどの露華の買った食材の山である。


 楽しくフォンテーヌと服屋や宝飾品店を回った後、やはり二人はせっかく街場まで来たついでにと、いつもの買い物もして来たのであった。


「ああ、お帰り。ドン・キホルテスとサウロが荒れ放題だった家庭菜園を復活させてくれたんだよ」


 外部からは透明になっていて見えない城門を潜り抜け、中庭を近づいて来る二人と一体へマルクが説明をする。


「あ、ほんとだ! てか、そこって家庭菜園だったんだね。下は石畳のはずなのに、なんでそこだけ雑草茂ってるのかと不思議に思ってたんだ」


「もしかして大蒜ニンニクと唐辛子植えたカ? 自給できれバ料理するのに助かるネ」


 その言葉に様変わりした菜園を見て、マリアンネと露華もそれぞれに感心している様子だ。


「ああ。獲れるまでには少し時間かかるけどね。まだ畑に余裕あるから、なんか他にほしいものあったら言ってよ」


「草刈りしてもらいたい所もあれば遠慮なく申せ。今日はなかなか良い鍛錬になったからのう。ハハハハ…!」


 そんな仲間達の色良い反応に、サウロは鍬を杖にして大きく胸を張り、キホルテスは草汁に塗れたマチェーテを天に掲げると、高らかに笑い声を夕焼けの空に響かせる。


「ねえねえ、それよりわたし達、なにか変わったと思わない?」


 だが、もっと重要なことがあるだろうと言わんばかりに、不意にマリアンネは話題を変えると、くるりと回って自身の姿を三人に見せつける。


「アタシも何処かが変わったネ。わかるカ?」


 続いて露華も腰に手をやると、ちょっとおすましした顔を見せたりしている。


 彼女達の変わった所……それは微妙な変化ではあるのだが、マリアンネの頭巾と露華のカンフー服の色である。


 そう……彼女達は街で買ったおニューの頭巾とカンフー服をそのまま着込んでおり、その微妙な変化に気づいてほしいという女心なのだ。


「変わったとこ? ……二人ともどこか悪いでござるか? いや、見る分には顔色も良さそうにござるが……」


 だが、朴念仁である彼らにそのミッションは難易度が高すぎた……案の定、ドン・キホルテスは体調のことを訊かれているものだと疑う余地もなく誤解している。


「となると、もしや魔術を使って悪魔の力を宿してるとか? ……あ! じつは二人とも、本物じゃなく悪魔の作り出した幻影なんていうドッキリだったり?」


 また、マルクもマルクで自身の興味ある方向へと引っ張られて、まったく的外れなことを口走っている。


「………………」


 そんな女心を解さない野暮な男子二人に対し、マリアンネと露華は答える代わりに細めた白い眼を向けている。


「旦那さまもお頭もそういうことじゃないんですよ。ここは僕に任せてください……コホン。あ、ああ、二人ともなんか雰囲気変わったと思ったら髪切ったんだね? それもなかなか似合ってるよ」


 そこで、三人の中では最も気配りのできる常識人サウロが、このなんとも気まずい空気を打開しようと口を開く。


「髪なんか切ってないし、髪型もぜんぜんこれまでと変わってないんですけど」


「コイツも失格ネ」


「え……?」


 だが、なおもシラけた視線を向け続けるマリアンネに不正解の事実を突きつけられ、やはり不合格の烙印を押されたサウロは唖然と血の気の失せた顔になる。


 まあ、無理もない。色が変わったといっても赤い頭巾がワインレッドに、桃色のカンフー服がサーモンピンクになっただけである。同系色なので、さすがのサウロでも難易度が高すぎる女子的質問なのだ。

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