その男の7つ目の占いに

サイノメ

その男の7つの占いに

 俺にとって占いは観察と推測だと考えている。

 個人ミクロの行動と世界マクロの動向を確認し、世界が個人に与える影響から未来を推測する。

 それが占いの結果であり、俺が顧客に伝える報告の内容だ。

 この理論を突き詰めることで俺はそれなりに顧客を持つ様になり生活にはかろうじて困らない。

 水物とも言える商売でこれは、ありがたい収益ある。

 付き合いのある同業者や企業コンサルタントなどに話をすると、もう少し値段を高く設定してもいいのではと言われるが、俺は今のところ変える気は無い。

 確かに同業者に比べると企業案件での金額設定は低価格になっているが、これには訳がある。

 それは占いとは別に雑談の時間を30分から1時間とること。(もちろんこの時間は料金には入らない)

 さっきも言ったが占いには世界動向を知っている必要がある。

 それはネットでも手に入るが、世界動向に常に目を光らせている企業の社長や重役の話は生きた情報として俺の糧になる。

 つまり、俺は客に明言していないが生の情報を受け取る代わりに低料金としているのだ。

 もちろん、その時知り得た情報で株の売買などすれば、今より儲かるだろうがそこは企業向け占いなどをやっている人間の矜持として、仕事で知り得た情報を利用して、金融商品に手を出さない事にしている。(投資会社に委託しての投資は若干行っているが。)

 そんな俺だが、最近若干スランプ気味である。

 今日はそのウサを晴らすために、行きつけのBARへ足を運ぶ。

 まだ駆け出しの占い師だった頃、店の一部を貸して占いをさせてくれた店であり、馴染みの客が多い場所でも有る。

 ただ俺にその日の運は無かった。

 よりによって一番に苦手な人に再開するハメになるとは。


「ちょっと~。望くぅ~ん、聞いてるの?」

「はいはい。聞こえてますよ姐さん。」

 微妙に呂律の回らない口調で俺に絡んでくるのは、この店の常連の女性。

 俺より若干年齢が上の20代後半(自称)らしい。

 いつもは挑みかかるような鋭さを持った大きく勝ち気な瞳は少し潤んでいる。

「久しぶりに来たんだぁからぁ。わたしを占いなさい!」

 姐さんが命令してくる。

 命令口調では有るが、その瞳は先程とは違って優しそうに見つめている。

 表情も言うこともコロコロ変わるとらえどころのなさに俺は困惑する。

 ただでさえ色々と頭が上がらない相手だけになんともやりづらい。


 俺が姐さんと始めてあったんは、やはりこのBARだった。

 たまたま、俺がその日の営業を終えてカウンターで飲み始めた時に姐さんが店にやってきた。

 たまたま俺の横が空いていたため、そこに座った姐さんとなんとなく話した。

 当時の俺から見れば、理想のタイプに近い黒髪ロングで面倒見良さそうな少し年上の女性だったので、ナンパするつもりでは無かったが話しかけた。

 姐さんはとある企業に務めており、国内の支店を転々としているそうだ。

 もっとも席自体は本社所属となっているため、この街にある本社に戻った時はこのBARへ飲みに来ているそうだ。

 その時、俺は占いを生業にしていることを話した。

 あの頃は正直その日暮らしが精一杯だった頃で、うまく行けば姉さんを占って、もう少し売上を伸ばそうとも考えていた。

 ただ、話しているうちに姐さんは何か思い立ったみたいに自分の名刺を俺に渡してきた。

 そこには個人名や役職については書かれていなかったが、会社名と連作先だけがしっかりと書かれていた。

 その会社の名前は『古物商 回天堂』。


 姐さんは、ひととおり俺をいじると店の端にある対面席へと俺を誘った。

「さてと、久しぶりに顔だしたと思ったら浮かない顔してるじゃない?」

 先程の態度とは異なる真面目な口調で姐さんが話し始める。

 やはり酔ったフリだったかと思う一方で俺は安堵の気持ちだった。

 俺の占いのスタイルを確立する際に一番手助けしてくれた人が姐さんであり、この問題について回答できそうなのもまたこの人しかいないと思っていたからだ。

 俺は深呼吸した後、悩みごとを話した。


 それは今ある種のスランプに陥っていることだ。

 とは言っても、俺自身に落ち度が有るとも思えないところが難儀なところである。

 そのスランプとは、だいたい7回目辺りに良くない結果がでることであった。

 最近は大手の企業の社長や重役を占うことも有るのだが、どういう訳かこの7回目に良くない結果がでる。

 1回目から6回目まではいい結果が出ているのにだ。

 これは意図的に結果を操作しているのであれば、それなりに工作すればいい結果を伝えることができるのだが。

 気がついたら影で『アンラッキー7』。

 やつの占いは6回までにしておけ。

 7回目の占いは破滅の占い。

 などと言われる事になってしまい、新規の顧客が定着しない状態となってしまったのだ。


「ふ~ん。なるほどね。」

 姐さんは興味なさそうに答えるが、手元には手帳を開いて何か書き込んでいる。

 その手帳を見る目はいつも以上に鋭く真剣さにあふれていた。

「何となくだけど、原因は分かるけど聞く?」

 ひととおり俺の話しを聞いた姐さんはおもむろに俺の方を向いて問いかけてくる。

 相談したからには回答を聞きたいところである。

 しかし、なぜ確認してきたのだろうか。それが一抹の不安であったが、取り敢えず回答を聞かないことには話が進まない。

 一瞬の旬重の後、俺は姐さんに教えを請うた。


「まずは大前提として、望くんもお客さんにも落ち度は無いと思うわ。」

 わたしは占い師の青年に話しかける。

 そう、この話の当事者は誰も悪くないのだ。

 まず最初に、始めて会う占い師に本音を語る人はどれだけいるだろうか。

 確かに他愛もない悩みの相談として占いを受けるのであれば、赤裸々に語ってくる場合も有るだろう。

 しかし、企業の重役が占い師に話しを聞くとなれば、それは恋占などとは訳が違ってくる。

 言う慣れば企業向けの占いとは決断の補助であり、最終的に相談者が決断するためのアドバイスみたいなものである。

 それだけに相談者は、始めは大した相談はしないだろう。

 場合によっては小さな自宅でのトラブルの相談などをしてくるかもしれない。

 そうやって大した問題では無いことを占ってもらうことで、自分が満足する内容であるか測っているのであろう。

 そうやって2回目、3回目と少しづつ大きな事を相談し占いの結果を受け取ることで、徐々にある種のビジネスパートナーとして相談できるか吟味していく。

 また占う望くんも回数を重ねることで相手の企業や相談者の企業内での立ち位置などの情報が集まってくるのであろう。

『占いとは別の雑談』これは、わたしが古物商として営業をしている時に身に着けたスキルである。

 相手の内情を知るために雑談を設け個人プライベートから世界情勢まで、その雑談の中で情報を仕入れる。

 それが次回以降の商談の際の武器になる。

 その教えに忠実だった彼であるが、わたしも驚かされたのはそれを利用してもっと広い世界の話しを手に入れそれをもとに占いを行う。

 彼は確かに一流の企業向け占い師である。

 でもそれ故に今躓いているのであろう。

 本来なら他業種のわたしがアドバイスできることはそんなに多くはないが、最後に餞別として助言をしておこう。


 俺は正直驚いた。

 姐さんの鑑識眼の鋭さは古物商として鑑定をしてきたからこそとは思うし、今の占い方は姐さんの営業スタイルをもとにしている。

 とは言え占いで使えるようにかなりアレンジしていたので、正直ここまで占いの段階を的確に言い当てられるとは思わなかった。

「その上でだ、異業種であるわたしからのアドバイスとしてはね。」

 姐さんの見解は以下のような物だった。

 それまでの占いで信用した顧客と、顧客の内情にそれなりに熟知した俺。

 この組み合わせが、最悪の結果を生みだしているのだと。

 簡単に言えば、きっと親身な回答として占いをするだろうという顧客の思いと、内情を知ってしまったがゆえの俺が発する警告。

 そのタイミングが重なってしまうため、相手側からみたら俺が不吉な占いをしているように感じてしまうのだという。

 確かに心当たりがある。

 大体、5~6回ほど回数を重ねると、相手側の抱える問題点が見えてくる。

 俺としてはそれを伝えないと、お客さんの不利益が起こるだろうと思い忠告しているのだが、それが気に入られないのだろうか。

 だとしたらどうすればいい?


 わたしの意見を聞いて更に考え込んでしまった望くん。

 これは本当の最後のアドバイスが必要かな。

 わたしはそう思い口を開こうとした。


 姐さんが何か言おうとしたので、俺はとっさに右掌をかざしそれを静止した。

 意図を察してくれたのか姉さんは、口から出そうとした言葉を飲み込むように口をつぐんだ。

「つまりあれですね。危惧する点は占いで伝えるのではなく雑談の一環として伝え、占い自体はそれまでのスタイルを貫く。」

 俺が出した答えなこれだった。

 俺の占いの基本スタイルから考えれば、顧客が俺に求めてくるのはアドバイスであって警告ではない。

 それに迂闊に占いの結果として警告を出してしまえば、それはオカルティックに見えてしまう。

 そうなってしまえば俺がいくら占いは観測と推測だと言っても信じてはくれないだろう。

 ならば危惧の伝え方を考えればいいのだ。

 俺が達した答えをひと通り聞いた姐さんは無言で立ち上がる。

 なにか間違えがあったかと慌てて俺は立ち上がるが、

「そう。それはわたしの考えと同じね。」

 姐さんはこちらを見ることなくそう告げると、席から離れる。

 店内にはそれなりに人がいるのだが、まるでそれらの人が存在していないかのように無造作に人々の脇を歩いて行き、店を出ていってしまった。

 俺は慌てて店の外へと飛び出した。

 そこには道を一人歩く姐さんの後ろ姿。

 俺は思わず彼女を呼び止めた。

 よく考えたらまだ名前を聞いていなかった。

 姐さんとはそれなりに長い付き合いだと思っていたが、いつも『姐さん』と呼ぶだけで、勤め先以外何も知らない。

「姐さん……。あんた、一体何者なんだ?」

 俺は絞り出すようにそう聞いた。

 もちろん答えなんか期待していない。今までだってはぐらかされたり無視されたりしてきた質問だ。

 もしかしたら、彼女に関わった多くの人が同じ質問をしていたのかもしれない。

わたしオレは回天堂の社員だよ。回天堂は多くの困った人の手助けをするためにある企業組織。」

 振り向きながら話す姐さんはどこか寂しそうな笑みをたたえていた。

 諦めと希望が入り混じったような不思議な笑顔。

「回天堂は人が望む限り何処にでも現れるの。時には古物商、またある時は古書店の姿で現れるわ。」

 はっきりと言えば俺は姐さんの言う事の意味をあまり理解していなかった。

 でもここまで親身にアドバイスをしてくれる彼女に俺は俺なりの言葉を届けたいと思う。

「俺は姐さんの事をやっかいで苦手だと思う時があった。でもそれは姐さんが世話を焼いてくれることへの感謝の裏返しだったんだ。」

 俺は思いの丈を口にする。

 一度話し始めたらもう止まらない。

「俺が姐さんに始めて話した時、姐さんが好きなタイプの女性だと思ったからだった。それが間違いでなかったと今なら言える。アンラッキー7を超えたその先の人々の幸福を俺と一緒に見ていって欲しいんだ。」

 それは俺なりの一世一代の告白だった。

 たとえ実らなくてもこの思いを届ける必要があると思ったから。

 少しの間、沈黙が続く。そして……。

「望くん。君の気持ち確かに受け取ったよ。正直なところ迷惑だ。」

 姉さんがよく通る声で答えた。ああ、俺は玉砕したんだな……。

「でもその君の迷惑なところ、わたしも好きの裏返しだと思う。すぐには答えられないかもしれない。だから覚えていて欲しい。わたしの名前を。」

 強い風が吹く。

 その風に乗り確かに姐さんの名前を聞いた。

 俺はそれを反芻したのち、姐さん、いや彼女に名前で呼ぼうとした。

 しかし、風の吹き抜けた道には誰もいなかった。

 -だから覚えていて欲しい。-

 この言葉の意味を何となく理解した。今は彼女の意志とは関係なくやらなければならない事が有るのであろう。

 それは俺には手伝えない事。

 であるのであれば、自分のできることをやりながら待つことにしよう。

 いつか姐さんではなく名前で呼ぶ日が来ることを信じて。


 寒い風が吹く中、わたしは思い出す。

 多くの出会ってきた人々の事を。

 その中に一人だけ、わたしオレに愛の告白をしてきた人がいた。

 幼い頃から回天堂で働くオレにとっては始めて受けた告白だ。

 当然うれしいし、答えたいとも思った。

 だけどわたしの使命はまだ終わらない。

 回天堂はその役目を終えるまで動き続けなければならない。

 あの災厄と対になる存在として。

 いつか『ぼんやりとした不安』の痕跡をすべて消した時、また会いに行きます。

 望くん。いえ、占堂望せんどうのぞむさん。

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