【幕間】繋がれた少女
『宝石の盾』において彼女達は――安直な言葉だが、最強だと言われていた。対人・対魔法少女の戦いであれば並ぶ者なしと。
そう呼ばれていたのは三人。『ミラージュ』、『クローバー』、そして『一之瀬 若葉』。
若葉は、魔法少女としての名前の所持を徹底された『宝石の盾』でさえ、ただ本名で呼ばれていた。
その友人であるクローバー……薄緑色の髪をした少女は訊いた。何故、本名ままなのかと。
「私はとっくに名前を捨ててるから。意味ないんだよね、本名なんて」
言って、若葉は笑った。その目元から微かに溢れた臙脂色の燐光を、クローバーは確かに見ていた。
そして――いつだったか。『宝石の盾』における対魔物部隊である『原石』の預かり知らないところで、影の魔物と魔法少女との間で戦闘が起こった。
その魔法少女、一之瀬 若葉は最強であった。……但し、対人・対魔法少女においては、である。
「――ゲホッ……ごほ……っ」
クローバーは彼女の様子をハッキリと記憶していた。拠点の一つである教会へと転がり込んできた若葉が、うずくまり、血を吐き散らす姿を。
同じく最強だと囃し立てられていたクローバーとの組み手や訓練でさえ、若葉はただの一度も追い詰められたことは無かった。吐血は当然、膝をつくことすら。
そんな若葉であっても、影の魔物に手酷い傷を負わされたのだ。交戦した影の魔物が強力な個体だったということもあるのだろうが、対魔物の戦いは、対人・対魔法少女における戦いとは全く別物だという証明でもあった。
血を吐きながら拠点に転がり込んだ若葉ではあったが、彼女はこれ以上ない程に鍛え上げられた魔法少女である。常人どころか、魔法少女であっても死んでいた可能性のあるダメージを負っていても、変身さえ維持しつつ安静にしていれば快復していただろう。
――安静にしていれば。
その時。教会の扉を開けた時、若葉は一人ではなかった。血を吐き、苦悶の表情を浮かべながらも、小学生程の少女を腕に抱えていたのだ。
その少女は、影の魔物との戦いに巻き込まれた一般人だった。若葉は戦闘時『人払いの結界』を張っていたが、少女がなまじ強い素質を持っていたため、結界の影響を受けずに近付けてしまったのだ。
結果、巻き込まれた少女は、魔物の攻撃によって左肩から先を、見るも無惨に潰されていた。
運が良かったのか、悪かったのか。その時の拠点には、潰れた左腕を安全に切り落とせる『クリプト』を始めとして、治療を施せる人員が揃っていた。
治療が出来なかったのであれば、少女はただ死ぬだけだっただろう。だが、なまじ治療が可能で、希望が産まれてしまったから――。
「……輸血が必要よ」
そう言ったのは誰だったか。今は既に亡い、医大受験生であった魔法少女の言葉だった。
時間は深夜。最寄りの病院に忍び込み、血液パックを取りに行くことは、時間が許さなかった。その場で若葉を除き、最も高い身体能力を持つクローバーでさえ、間に合うものでは無かった。
彼女の持つ『あらゆる物の情報を開示する魔法』によって、少女の血液型を知ることが出来た。出来てしまった。……だから、ここでもまた希望が産まれた。産まれてしまった。
「……私だけ……だね……」
若葉の弱々しい言葉は、いつになく強かった。故にクローバーが如何に反対しようとも、止めることは叶わなかった。
――結果。若葉は命を賭して、少女へと血を渡した。
当の少女は、変身したままであった若葉の血を受けたからか。あるいは傷口から『影の魔物』の魔力が入り込んだからか。意識を取り戻した途端、治療にあたっていた魔法少女を殺して姿を消した。
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迷いはなかった。若葉が命を落として数日後、クローバーは三幹部『輝石』――コネクト、カラフル、ルミナスの元を訪ねた。
クローバーの言葉を……頼みを、ルミナスは嘲笑半分、感心半分で聞いていた。カラフルは眉一つ動かさないまま聞いていた。コネクトは聞き入れ、微笑んだ。
その日。クローバーは、『一之瀬 若葉』としての記憶と技術、全てを受け入れた。コネクトの魔法『コネクション』により、自分という存在を『一之瀬 若葉』に上書きしたのだ。
自分という存在より、若葉という存在が貴いものであると。彼女は喪われるべき存在ではないと。
……だが、クローバーは強かった。天性の才を持つ肉体も、タフな精神も、魔法少女という存在としての質も。
コネクトからしても意外な結果であった。クローバーは『一之瀬 若葉』に上書きされることなく、自己を保ち続けたのだ。若葉がこれまでの人生において育み続けた、努力の結晶と言える技術だけを取り込んで。
だから、薄緑色の輝きを持つ少女『クローバー』は継いだ。親友の『一之瀬 若葉』という名前を。
この日、産まれたのだ。新たな最強の魔法少女が。
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