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 教室の窓から、散る桜が視界に入り込み、なんだか急かされているような、断罪されているような、ひどい気分になったのを覚えている。

 これがコーヒーだって?

 しかめっ面をした彼女と、笑い声を立てる彼女の友人たち。

 こんな甘ったるいジュース、コーヒーなんかじゃないよ。コーヒーっていうのはもっと。

 茶色い液体がボトルの中でごちゃごちゃと揺れる。

 嫌なら飲まなければよかったのに。

 思わず出た小さな呟きは、彼女には届かない。

 私が見ていることも知らずに、彼女はペットボトルに何か粉末を入れて、振った。

 心臓が早鐘を打ち始める。

 彼女たちが何事もなかったかように去った後も、しばらく頭の芯が痺れたようになり、何も考えることが出来なかった。


 だから、なのかもしれない。

 私は何も考えてはいなかったのかもしれない。

 もしくは、こうなることを望んでいて、それを自覚しないために頭の芯を痺れさせたままにしていたのかもしれない。

 何かが混入したペットボトル入りのコーヒーを、私は捨てずに冷蔵庫で保管した。

 そして翌週、同じ教室、同じ時間に再び荷物を置いて席を立った。

 トイレに行くふりをして、物陰でそっと待つ。

 彼女は当然のように、私のコーヒーを勝手に飲んでいた。彼女が何かを混入し、私が一週間保管していたペットボトル入りのコーヒーを。

 しかめっ面をした彼女と、笑い声を立てる彼女の友人たち。

 こんな甘ったるいジュース、子どもの飲むものなんじゃない? 全然コーヒーの味しないし。

 茶色い液体がボトルの中でごちゃごちゃと揺れる。

 嫌なら飲まなければよかったのに。

 思わず出た小さな呟きは、やはり彼女には届かない。


 そのさらに翌週、彼女は学校に来なかった。

 その次の週も。さらにその翌週も。

 半年ほど経ったころ、彼女は死んだと風の噂で聞いた。

 おぼつかない足取りでフラフラと道路に出てしまい、車と衝突したという。彼女の体からは睡眠薬が検出され、彼女自身の購入履歴の中にも睡眠薬があったため、自殺として処理されていた。


 


 ここはまるで異界だった。

 行けども行けども出口はなく、変わらない風景……いや、どこもかしこも変化し続け停止することなく動き続ける景色。

 狂おしいほどに儚く、淡く、壮麗な。

 ハラヒラと舞い踊るあまりにも小さく柔らかな色彩。

 彼女はしっかりと力の入らない私の体を支えて、動かない。

 見渡す限りの桜吹雪に、私は呆然と見入ることしかできなかった。

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桜の森の満開の中 洞貝 渉 @horagai

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