宝くじを買ったら、ヤバイ空気になった

小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中)

第1話   あの時、クジを買わなかったら

 同じ男子高だったそうだけど、クラスが違ったせいか、一度もしゃべったことがないどころか、存在すら知らなかった。それぐらい距離のあったヤツが、偶然同じ大学の、同じ学科を取り、たまたま隣の席で、お互いどこの出身かって話題になったときに「あー!」で意気投合して、たまに飲みに行く間柄になるとは。


 人生って、どんなところで結びつくのかわからない。


 俺もあいつも、あんまりお互いのことを根掘り葉掘り聞く性分じゃなかったから、顔が合えば、「よー、元気?」ってな具合で、しばらく雑談する、ゆるい友人関係だった。


 親とか、兄弟姉妹の事とか、他の友人関係とか、全然聞かない。聞かれたら答えるけど、あいつも聞かないから、俺も聞いていない。猫派で、好きな学科と、好きな酒、それぐらいしか知らなかった。


 そのうち知っていけばいいと思っていたし、自分や相手のプロフィールを意識してしゃべるのも得意じゃない。あいつもそういうこと気にしないみたいだから、会話するのは、さほど困らなかった。


 ……今思えば、もう少しあいつのことを知ろうとしていれば、あんな思いをせずに違和感に気がつけたかもしれない……。



 その日は、ちょうど良い店を探索しようと連絡し合い、現れたあいつと、あてもなくぶらぶら散歩していた。


 あの店、いいんじゃないかな、あそこも良さそうだ、今度行ってみよう……そんな感じで行きたい店の予定を、どんどんと入れていた。その時間はとても楽しかったんだけれど、


「なあ俺さ、今日誕生日なんだよね」


 さらっと言われて、俺は何かの冗談かと思った。いくらなんでも、急すぎだ。


 本人も忘れていたようだし、俺もただの散歩程度にしか思ってなかったから、大学生が喜びそうな物を買える手持ちはなかった。


「え、マジで今日なの? 俺、何も用意してねーよ。えっと……日付は空くけど、何か用意しとくわ」


 その何かって、なんだ? 自分で提案しといて、頭に疑問が浮かんだ。俺はこいつが喜びそうなことを、あんまり知らない。猫が好きだから、猫喫茶か? 大の男が、猫喫茶を友達におごってもらう光景は、店員さんを凍りつかせないか……。


 やっぱ、酒かなぁ? ちょっと良いつまみとか、肉料理とか、そっち系が無難かなぁ。


 でも俺、こいつがどれぐらい肉食うのか知らないや……結構遠慮なく食ったりしてな。う、やべぇ。俺も酒代で万年金欠なんだよな。


 このままじゃ、もれなく大卒アル中だよ。


 酒とかつまみじゃ、いつもと同じっぽくて面白みがないかー、それじゃあ何にしようか……ん?


 そうだ、アレならいいんじゃないか?


「なあ、宝くじ買ってやるよ。もしかしたらお前の誕生日プレゼントが、何億円にもなったりしてな!」


 俺は面白半分、冗談半分で、クジの販売店を指差した。


 その時、俺はもっと違和感を抱くべきだったのかもしれない。あいつのテンションが、異常に跳ね上がったことを。それはもう、こっちが気圧されして、戸惑うほどだった。


「ほんとに!? 本当に買ってくれるのか!?」


「あー、買う買う。でも、あんまり手持ちがないから、たくさんは無理だぞ」


「うん! それでいい! 早く行こう!」


 俺は腕を掴まれて、クジ屋のもとへと走って連れていかれた。酒に酔っても、ここまでテンションが跳ね上がるヤツじゃなかった。どうしたんだ……? なんだか、ゆるい友人が知らないヤツになったみたいで、怖かった。


 宝くじはバラで買いたいと言うから、俺は一等の当選金額が一番高いクジを、バラで買ってやった。


 こいつは早速、袋からクジを取り出して、暗記せんばかりに番号を確認していた。


「どうだ? 当たりそうか?」


 冗談めかして聞いてみたら、大真面目な顔で「ぜってー当たる!」と返されて、びっくりした。こいつ、こんなにギャンブルが好きだったのか、なんかヤバい扉を開いてしまったかもしれないな……。


 その後のこいつの言動は、興奮のせいか意味不明になってきて、ついていけなくなった俺は、途中で別れて帰った。



 それから、偶然なのか、それともあいつが大学に来ていないのか、一ヶ月間一度も会わなかった。電話にも出ないし……。


 俺はあいつの交友関係を把握していないから、あいつのことを聞き出そうとしても、誰も思い浮かばない。


 そうこうしているうちに、あっという間に二ヶ月が過ぎてしまった。


 俺は勇気を出して、同学年たちを捕まえては、あいつについての情報を、いろいろ聞き出そうと試みた。でも、誰も詳しくは知らないと、口を揃えるばかりだった。


 俺はあいつの電話番号をネットで調べて、ついにあいつのアパートの住所を手に入れることに成功した。


 スマホ、持ってなかったんだな。番号が固定電話っぽかったから、変だなぁとは思ってたけど、これはアパートの管理人さんの電話番号だったんだな。


 俺は勇気を出して、あいつのアパートを訪れてみた。「よー、元気だった?」って言い合って、安心したかったのかもしれない。


 はたして、管理人さんに案内された扉の前までやってきた俺は、インターホンを鳴ら……押したけど鳴らない。よく見たら、セロテープでボロボロに補強されてて、さらに壊れているようだった。


 仕方ないから、扉をノックした。驚くほど薄い扉で、誰かが蹴破ったら、簡単に侵入されてしまうんじゃないかと思った。


「はい、どなたですか?」


「あの、俺だけど、元気だった? なんか、最近見かけないから、どうしたのかな〜と思って、ちょっとこの辺に寄ったから、来たんだ」


 嘘だった。がっつり探しに来た。


 俺のへたくそな嘘にも、あいつは深く聞かずに扉を開けると、俺を中に招いた。驚いたのは、玄関開けたら廊下一本で、すぐそこに布団が敷いてあったこと。


 その廊下も、布団が敷いてある部屋も、めっちゃ狭い……他に部屋は無いようで、服などの雑貨類は、天井に垂らされたロープに吊るされていた。


「え……? なんかこのアパート、間取りおかしくね? 布団敷くぐらいしか、スペースないじゃん。服とか、天井に全部吊るしてるのか?」


 大の男が二人も入ってくつろげる状況じゃなかった。こんなに狭いアパートに住んでいただなんて、全然知らなかった……つーか、飲み歩いてる余裕なんて、なかったんじゃないか? 俺は実家通いだから家賃の心配は無いけど、こいつの、この狭いボロアパートっぷり……余裕があるように見えない。


 ゆるい友人の、意外な生活を知ってしまい、俺はどう言葉をかけていいのか、わからなくなった。


 俺をもっとも困惑させたのは、こいつがヘラヘラしていることだった。いよいよ気味が悪くなってくる……俺、こんなヤツと今まで、ゆるゆると飲んできたのかよ、こえぇよ。


「なんか悪いなぁ。家に招いておいて、食えるもの、何もなくてさ」


「ああ、いいんだよ。俺、コンビニで酒とつまみ、買ってきたから」


 俺は片手に持ってた鞄の中から、缶チューハイを二本取り出した。裂きイカも取り出す。


「お前のこと、最近大学で見なかったから、どうしたのかなと思ってさ」


「ああ、バイトばっかりしてた」


「そうだったのか……今まで、適当に飲みに誘ってばっかりで、悪かったよ。無理な時は、無理ってあっさり断ってくれていいからな」


「無理なもんかぁ、俺、酒飲んでないと手が震えるしさ」


 ……え?


「今もほら、手が震えちゃって。でも、酒買う手持ちもないし、近所のコンビニは、昔、酒盗んでサツの世話になったから、もう行けないし、仕方ないからバイト先の酒くすんで、飲んでやってた。でも、それも最近バレてさ、マジどうしようイライラする〜って、さっきまで八つ当たりで、壁蹴ってたんだよ。隣の部屋のヤツびびって、何も言い返してこないんだ」


「……お前そんなことしてると、通報されて、また警察の世話になるぞ」


「なあ、もういいじゃねーか、飲もうぜ」


 そう言ってこいつは、二本とも両手に持って、飲み干しやがった……俺の分~!


 ゆるい……いろんな意味でゆるい。頭のネジどころか倫理観から、ゆるゆるだった。


「あ、そうそう、お前に買ってもらった誕生日プレゼントだけど」


「……おお、宝くじだろ? 当たったか?」


 この部屋の有り様を見れば、おのずと答えは出るけれど、俺は不気味なこの空気を変えたくて、わざとふざけて話を振った。


「それがさぁ! 聞いてくれよ、お前からもらったあの宝くじに、全ケタ7のヤツがあったんだよ! 一枚だけ」


 そりゃ二枚あったらやばいだろ、なんて軽口は、もうたたける勇気が出なかった。


 こいつの異常なはしゃぎように、もしかして、三等くらいが当たったのか? なんて期待してしまった俺もバカだった。


「えー、すげえレアじゃん。縁起の良い数字だし、やっぱ当たったのか?」


「おお! 一等が当たったんだよ、三つ違いで」


「……ん?」


「下二桁が、80だったんだよ。三つ違いで、俺が一等だったんだ!」


 ……いや、外れてんじゃん。


 その後も、こいつの「俺は一等とった!」のはしゃぎっぷりは収まらず、俺は嫌気が差して立ち上がった。


「そろそろ帰るな。つまみ、置いとくよ」


「やー、ありがとな。なんか、昔に戻ったみたいで、めっちゃ楽しいよ! なんかもう、頭ん中興奮状態で、自分でもわけわかんねー!」


「昔?」


「俺さぁ、本当は中卒でさぁ、もう中学ん時からアル中でさぁ、ギャンブルもやめられなくて、よく他人のスマホや時計とか盗んで、金にしては朝まで遊んでたんだよ」


「……ふーん、そうなんだ」


「そうそう。お前んところの大学、警備ゆるいだろ、どこからでも入れてさぁ、大学生のフリができるんだよな。別に受験とかしなくたって、大学行けるんじゃんって思ったよ」


「……そうなんだー、よかったなぁ」


 おい、それって不法侵入だろ。やべえ、そろそろ帰りてぇ。ってか、同じ中学でも、高校でもなかったのかよ。俺が通ってた中学で、そんなワルがいたなんて噂は聞いたことないし。地元でも、そんな奴がいたなんて噂も聞いたことがないし。もしかして問題起こしすぎて、よそから転校してきたのか?


 聞けない……。


「やー、また賭け事やってた昔に戻れたっつーか、すげーんだぜ俺? 茶碗とサイコロ二つでも、充分遊べて稼げるんだ」


「そうか。あの、俺マジで帰るわ」


 玄関へ脱出しようとする俺の手首が、がっしりと掴まれた。振り返ると、異様にゴツゴツとした節くれだった片手が。しわが多くて、黄ばんだ爪が長く伸びていた。すぐ、そこに、知らない顔の友人がいた。歯並びの悪い黄ばんだ前歯は、所々が欠けて、虫歯になっている。


 そのまま手に噛みついてきそうなほど、にんまりと笑って、そいつは一言。


「なぁ、金貸してくんね?」


 俺は悲鳴をあげて腕を振り払い、扉を開けようとしたら、内鍵がかかっていて、大慌てで内鍵をガチャガチャ開けて、外に転がり出た。間一髪、俺の後頭部の髪の毛は鷲掴みされたが、数本抜けて犠牲になっただけで、俺は家まで逃げ帰ることができた。



 あんな恐ろしい不審者が、俺のキャンパスライフに侵入していたとは、全く気がつかなかった。ここには女子大生もいる事だし、俺は勇気を出して学校側に相談し、警察にも相談した。


 アパートの住所も手に入れていたから、警察に渡した。


 でも、俺が頑張らなくても、そいつが勝手に逮捕されていた。壁を蹴られ続けた隣の住人がブチ切れて、アパートの管理人に相談し、管理人も数ヶ月の家賃滞納の恨みもあってか即刻警察に相談。その後、警察といろいろ揉み合って、公務執行妨害で逮捕されてしまったらしい。


 ……あんなヤツには、二度と会わないことを祈る。別段とても仲良くしていたわけではないけれど、通報した俺を逆恨みしているんじゃないかという恐怖は、大学を卒業して引っ越すまで続いたのだった。


                              おわり

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