七度の不幸

秋空 脱兎

反転する幸運、不運は再び反転する

 オゥル星系人の男性が経営する、『読めない文字の古本屋』にて。


「んー……」


 レジの前に椅子を置いて陣取った吸血鬼の少女は、トランプカードをシャッフルしていた。

 シャッフルを繰り返す内に、カードが少しずつずれていき────、


「あっ」


 吸血鬼の少女が気付いたが、時すでに遅し。山札から七枚のカードが零れ、レジのカウンターにばら蒔かれてしまった。


「……駄目ね、どうにも上手く出来ないわ」


 少女の自己評価は実際正しく、先程の手つきはかなりぎこちなかった。

 その様を黙って見ていたオゥル星系人の店主が、のんびりとした口調で言う。


「君でも、苦手な事があるのかい」

「ええ、まあ。これもそうですけど、手先を使う遊びが特に。ジェンガ、ベーゴマ、ドミノ、メンコ、あやとり、けん玉辺り」

「……少し古くないかね?」

「そんな事はありませんよ? テレビゲームのコントローラーの操作も得意ではないですし」

「そういう事ではなくてだな……」


 店主は何か言いかけたが、それ以上は言及しなかった。代わりとでも言いたげに軽く咳払いして、


「まあいいや。それで、頼んでいた例の件についてなのだが────」

「まあ。ここにはわたくしとあなた以外はいないのですもの。もっと直接的に言ってしまっても良いのでは?」

「この星には『壁に耳あり障子に目あり』という言葉があってだな……」

「ええ、存じていますわ。して、実際の所は?」


 少女に聞かれて、店主は周囲を見回し、


「……誰も聞いていないようだな」

「なら、良いではないですか」

「ああ、分かった、分かったよ。……『人皮にんぴの教本』の回収の件だ」

「ええ、昨日の夜に行ってきましたわ」


 少女は頷くと、店主に自身の右手を差し出し、掌を上にして広げた。

 掌の少し上の空間が破れ、その向こう側に見える赤黒い空間から、人間の皮で装丁された禍々しい本が浮き上がった。


「特に抵抗させる事もなく回収出来ましたわ」

「おお、助かったよ……先にお礼を」


 店主はそう言って、レジの下から紫色のサテンに包まれた何かを取り出し、カウンターに置いた。

 布を広げると、そこには白い石があった。店主が手ずから月面まで赴いて拾ってきた、『ジェネシス・ロック』と呼ばれる月の石灰長石と同じ組成の物だ。

 

「まあ、素敵ね。では、交換ね」

「しかし、本当にこれでいいのかね? 君なら月面までなら余裕で飛べるのだろう?」

「今日のラッキーアイテムが『他人から貰った月の石』だったので」


 少女は、『人皮の教本』と交換で受け取った月の石を優しく撫でて言った。


「意外だな、君でも占いを気にするのか」

「ん……実を言うと、わたくしには無視しきれないジンクスがありまして。七に関連する出来事で何かしら不幸が発生する、という」

「え?」

「たとえば────さっきシャッフルしている時にばらけたカード、七枚でしょう? 苦手な遊びも、ゲームのコントローラー含めれば七つ。今日は十四日で、七の倍数。この本屋さんに来るまでに、七か所のコンビニで食べたかったサンドイッチが売り切れていて、七回信号に引っ掛かって、その度に七台の車が車道を通っていったわ」

「……何かに呪われていたりするんじゃないのか?」

「というよりは、『ラッキーセブン』が反転しているようね」

「『アンラッキーセブン』?」

「ふふ、面白い。それいただくわ」

「どうも。お代はいらないよ」

「────ん」

「……どうかしたかい?」

「あなたの発言とは関係ないとは思いますけれど……『只より高い物はない』ようですね」

「はあ……?」


 少女は、首を傾げる店主を傍目に、バッグからスマートフォンを取り出した。


「端末持ってるのか……」

「長生きしていると色々と機会がありまして────ああ、やっぱり」

「何が?」


 店主の疑問に、少女は黙ったままスマートフォンの画面を見せて答えた。

 そこには、『長野県に怪獣が出現した』という速報が映し出されていた。


「怪獣か。でも、長野県はここからだいぶ遠いだろう? 君と関係あるか?」

「ありますわ。────わたくし、花粉症なのですよ?」

「アレルギー反応で鼻水や涙やくしゃみが酷くなるアレか」

「ええ。以前、この怪獣の幼体と戦い、やむを得ず倒したのです。その時の後遺症で、花粉症に……」

「しかし、平気そうだぞ? 鼻声でもないし」

「ある程度は気合いで無効化してるのですけど、段々耐えられなく……」


 少女はそこまで言って、店主から顔を背けて小さくくしゃみをした。


「とまあ、このように」

「成程な。……もしかして、怪獣これが今日七つ目のアンラッキーか?」

「そうね。きっとそう────」


 そこまで言って、少女は目を見開き、黙ったまま口角を上げた。


「どうしたんだね?」

「いえ、七度目の不幸は、」


 少女が言いかけた矢先に、スマートフォンが再生している中継映像の画面内に、新たに銀色の巨人が舞い降り、針葉樹のような姿の怪獣と対峙した。


「彼女が祓ってくれるようね」


 少女は事態の解決を確信しながら、ポケットティッシュを取り出して鼻をかんだ。

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