アンラッキー転じて福とにゃす

ハルカ

不幸な男の異世界転生

 その日、俺は事故で死んだ。

 居眠り運転のトラックにひかれたのだ。まったく不運だとしか言いようがない。

 そして、死んでからも俺の不運は続いた。


「すまんのう。ちょっとした手違いでお主を死なせてしまった。本当は別の者が死ぬはずだったのじゃ」


 神と名乗るそいつは、悪びれもせず言った。

 冗談じゃないと抗議すると、そいつはニヤリと笑った。


「喜べ。神の力で別の世界へ転生させてやろう」


 異世界転生。

 小説や漫画で見たことはあったが、まさか本当にそんなことが起こるとは。

 しかし、ここからも俺の不運は続く。


「種族は……ま、適当でいいじゃろ。ステータス? 特殊スキル? 面倒じゃのう。パス。おっと、転生場所を考えねばならんか。え~い、どこでもいいわい」


 気が付くと俺は深い森の中にいた。

 よりによって、見知らぬ世界で森の中に置き去りだなんて。


 それよりも絶望したことがあった。

 地面がやけに近い。俺は獣のように四本の足を地につけて立っていた。

 まさか、モンスターに転生したのか?

 しかもドラゴンやベヒモスいった強いモンスターならまだしも、かなりの小型獣だ。


 トラックにはねられ、手違いで殺され、特殊スキルも与えられず、人里離れた場所に転生させられ、人の姿にもなれず、しかも弱い獣に変えられて。

 異世界に転生してもこの不運は続くらしい。


「下がれ。モンスターだ」


 声が聞こえた。

 見れば、剣を携えた男と若い女がいた。

 二人の身なりからして、女は事情でどこかへ向かう途中で、男はその護衛といったところか。


 男の目が俺を睨みつける。

 女もおびえるような目で俺を見ている。


 ああそうか。

 華々しく活躍する勇者を夢見ていたが、この世界で俺は狩られる側なのか。

 しかもこんなに早く武器を持つ人間と遭遇してしまうとは。あまりに不運過ぎる。

 せめて、この世界では存在することを、生きることを、幸せになることを許されたかった。


 ……もう疲れた。

 俺は地面に横たわり、腹を見せた。もう生きるのに疲れた。もがくのに疲れた。期待することに疲れた。いっそひと思いに殺してくれ。


 しかし、いつまで経っても剣が振り下ろされることはなかった。

 薄目を開けると、男は小刻みに震えていた。女も目を見開いたまま口元を押さえて固まっている。


 なにか様子がおかしい。

 背後から凶悪なモンスターでも迫っているのかと思い、身を起こして振り返ってみたが、違うようだ。


 早く俺を殺してくれ。

 そう声をかけようとしたとき、己の口から妙な声が漏れた。


「ミャア」


 その途端、二人は耐えきれないといった様子で声を上げた。

「かっ可愛い! なんだこの生き物は!?」

「わたくしもこのような生き物は初めて見ました! なんと愛くるしい……」

「ああ。この毛並み、このフォルム。まさに神が作ったとしか思えない完璧な生き物だ!」

「お目々も、お耳も、鳴き声も、ふさふさな尻尾も、最高にチャーミングですわ!」

「こ、これは断じてモンスターなどではない! きっと神が遣わした崇高な生き物に違いない!」

「まあ! それでは町へ連れ帰って崇めなくてはなりませんわね!」


 いったいこの二人は何を言っているんだ。

 ふと、男の剣に映った己の姿が見えた。

 そこに映っていたのは、まさしく猫の姿だった。


 それから俺がどうなったかというと。

 人々にちやほやされ、たらふくうまいものを食べ、好きなときに眠るという自由気ままにゃ生活をしている。

 俺がのびをしたりあくびをしたりごろごろしたりするだけで、異世界の者たちは歓声をあげたり感動のあまり震える。

 異世界で、俺は猫としての新たな生を楽しんでいるにゃ。

 言うなれば「アンラッキー(×7)転じて福とにゃす」だ。

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