七誓と七斬の呪い【KAC20236】

キロール

ある一族に伝わる教訓

 よく来たな、お前たち。あんなに小さかったのに、今ではすっかり本家、分家それぞれの家督を継ぐにふさわしい年齢になった。

 なに、これから語る教訓話はそれほど長くはない。

 こいつが終わってからそれぞれ旧交を温めるが良い。


 そうだな、まずは我が一族が呪われていたと言う事実を話さねばなるまい。

 ああ、呪いだとも。

 ナグ=ナウロの騎士、剣神とも呼ばれる神に呪われておった。

 その理由はわしから数えて七代前の先祖ロウウェーの行いにある。


 旧き神ナグ=ナウロの統治する南の地に一攫千金を求めてロウウェーが足を踏み入れたのが発端じゃった。

 ロウウェーは事もあろうにそこに住まう住人の物を勝手に盗み、挙句にナグ=ナウロの騎士に捕まった。

 彼の騎士はロウウェーに言った。


「盗んだ物を返して七つの誓いを立てれば無事に返してやる」


 とな。

 その誓いがどう言うものじゃったかは分からん。

 多分、不敬を働くなとか南の地に足を踏み入れるなとかであったと思われる。

 だが、ロウウェーは七つの誓いを破った。

 結局すべて破ったようだが、一族が見聞きしたものは一つだけ。

 南の地を抜けて生家に戻った折に気が緩んだのか、ロウウェーは愚かにもナグ=ナウロやその娘についてあること無いこと吹聴しおった。

 怪物だ、話にならない蛮族だとな。

 実際は己が野蛮な盗人であったと言うのに。


 ……随分とロウウェーに対して否定的に語っておると?

 それはそうじゃろう、自分の蒔いた種を、その悪しき実りを子孫に押し付けおったのだから。

 わしの左足、膝から下は長い事動かぬのは承知しておろう?

 これは呪いの為じゃ。


 剣の神が。

 ナグ=ナウロの騎士にしてその娘の伴侶たる怒れる神がわしの足を断ったのよ。

 ああ、足は残っておるよ。

 恐るべきことに神経だけ切断されておる。

 血は巡り痛みも感じる、だと言うのに動かす事だけが出来ない。

 女神の最高司祭と外科医が神経をくっつけようと足掻いた事もあったが、切れた神経は戻らなんだ。

 いや、元から繋がって無かったかのようだと言っておった。


 この様に体の一部が動かなくなる呪いを我らは受けて来た。

 ある者は片目の視力を永劫に失い、ある者は左手が使い物にならなくなった。

 わしの父は右耳でしか物音を聞けなくなっておった。

 こんな状態だ、その元凶に対して怒りの一つも覚えると言う物。


 ああ、確かに悪口を言っただけでここまですることは無いと言いたい気持ちは分かる。

 元凶は剣神ではないかと思う気持ちもな。

 だが、やはり元凶は我らが先祖ロウウェーよ。


 不敬を働いたその日の夜にナグ=ナウロの騎士は、剣神はロウウェーの元に現れた。

 一度は許したが二度目はないと言ってロウウェーを斬ろうとした剣神に、ロウウェーは必死になって言い繕った。

 そして、事もあろうに己が一身で受けるはずだった呪いを子孫に転嫁する事を思いついたのだ。

 そう、誓いを破った罰を子孫に振り分ける事で七等分にしたのだ。

 さしもの剣神もあきれ果てたようだが、何を思ったのかその条件を飲んだ。

 そして、右手の神経の身を斬り裂いてロウウェーの罰としたようだ。


 それから代々わしの代まで呪いは受け継がれた。

 が、もう呪われることは無い。

 当主となった日の夜、夢の中でわしを斬った剣神は言った。


「誓いを破った数だけ斬った。この先はお前たちと関わる事はあるまい」


 わしは親父の様子も知っていたし、祖父の憤りも知っておった。

 だから剣神に言ったのだよ。


「我が先祖ロウウェーが元凶であるのに、何故我らにまで! 親の罪は子に受け継がれるとお考えか!?」


 まあ、夢じゃったからな。

 それに剣神の姿はどう見ても人間にしか見えなんだ、ついつい言ってしもうた。

 そうすると剣神は一つ頷き。


「その怒りは正しかろう。ただ、これもロウウェーとの契約事項だ、許せよ」


 そう告げやれば片手を翻すと何もない虚空から四角い箱を取り出した。

 箱は透明で中身が透けて見ていていた。


「この中にはロウウェーの魂が入っておる。私は奴に言ったのだ、子孫に我が呪いを転嫁するのは良いが、子孫がお前に怒ればお前の魂に同じ呪いが降りかかるぞとな」


 告げながら唇の端を釣り上げて剣神は笑った。


「魂が斬られると言う意味をあの男は深く考えず、苦しみから逃れるためだけに安易に呪いを転嫁した。結局お前も怒った、これで奴はお前の受けた呪いもきっちり受けることになる」


 そう告げて透明な四角い箱を掲げた。

 

 箱の中には老いた小狡そうな男の顔が映ったが、わしを見るなり憤慨して何か喚き散らしている風だった。

 が、それも一瞬、剣神が今一方の手に剣を握ると怯えた様に顔を引きつらせて怯えた様にかき消えてしまった。


「己の行いを棚に上げて喚きおる。……ロウウェーの子孫よ、我が呪いを最後に受けし者よ。お主の左膝より下はもはや動かない。されど、それでお主が食っていけなくなることは本意ではない、我が呪いはあくまでロウウェーに向けた者。ゆえに今までの者たちと同様に富を与えよう」


 そうだ、我らは呪いを受けながらもその代価を得てもいた。

 呪いを成就させるために一族が滅びぬ様にか、或いは子孫とは言え別の者を巻き込んだことに対する罪悪感か。

 ともあれ、こうして色々と金を使える立場におる。

 思った以上に長くなったが、これが我が一族に伝わる呪いの事実じゃて。


 さて、教訓じゃ。

 そう、他者の悪口を言わず、己が責任は己で取る。

 人として当たり前の事じゃが、商売ではこいつが重要でな。

 何せ、今一時稼げればそれで良いと言う風潮が最近は蔓延っておるからな。

 そんな輩はロウウェーと同じじゃ。

 呪いを七等分にした挙句に最後には七つの呪を受ける羽目になったロウウェーと。


 くれぐれも、ロウウェーと同じ轍は踏んでくれるなよ?


 さて、わしからは以上じゃて。

 爺は退散するとしようかのぉ。


<了>

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