06

 結局名刺を押し付けるように渡した女は、「少しでも気が向きましたら、いつでもお電話して下さい!」と言い逃げするように去って行った。

 あの女、そんなに俺が怖かったのか。それでも名刺を渡していくなんて、どんだけ空さんを逸材だと思ってるんだ。確かにこの美貌は世界に見付かってしまったら最後、問答無用で芸能界に入れられてしまいそうなレベルだけども。


「困ったな。私には芸能界に入る理由がないのに」


 医者という明確な将来のビジョンがある空さんはそう呟き、興味の薄そうな顔で名刺を一瞥する。気が向く隙など一瞬たりともありません、と言わんばかりのこの無関心そうな態度! そこに痺れる憧れるゥ!

 それはさておき、空さんの心を僅かでも陰らせるとは……この忌々しい名刺、今すぐ捨ててやりたい。


「空さん。その名刺は俺が預かります」

「そうか? ――あっ、ははぁ。なるほど」


 何故か得心がいったような顔をして意味ありげに俺を見る空さん。もしや俺が芸能界に興味アリアリだと思われてるんだろうか。俺のルックスで芸能人は無理ですって。特技だってせいぜい花の剪定と柔道空手くらいしかないですしおすし。


「友花里ちゃんの可愛さを全国規模で自慢したくなったんだろう。確かに友花里ちゃんは可愛いからな。身体が丈夫になった暁には、あの可愛い顔と可愛い声と可愛い性格でアイドルの天下を獲れるかもしれない」

「えっ!」


 そっち!? ――否、言われてみれば確かに友花里の愛らしさなら、後は健康であれば星の数いるアイドル界隈でも天下を掴むくらい朝飯前どころが前日の夕飯前も可能かな、って感じするけど。

 マジかよ……友花里が俺みたいに頑健だったら、今頃売れっ子アイドルか歌手になってても不思議じゃなかったとか、兄貴のくせに気付くの遅過ぎだろ、俺。

 ……な、何だか急に心配になって来た。俺が居ない隙に、小児科の仲良い男の子からプロポーズとかされてるんじゃ…!? オイオイ待てよ、俺の目の黒い内は、友花里は嫁に出さねーぞコラ。

 想像しただけで思わずグシャッと名刺を握り潰してしまったが、処分するつもりだったから結果オーライという事にしておこう。

 空さんはスカウトされた事よりも完全に意識がカップ麺に向いていて、俺が名刺を握り潰すのを目の当たりにしても、「どこのスーパーに寄るつもりなんだ?」と訊いてくるだけだ。芸能界への興味ナッシングぶりが凄い。そのままナッシングを貫いてほしい。

 王子様が全国区のアイドルになってしまったら、俺はもうマネージャーになるしか傍に居られる方法なさそうだから…。



 それぞれ気になるカップ麺を物色して幾つか購入して帰宅すると、俺は防水エプロンを着ける。

 花屋って見た目のイメージよりもずっと重労働だ。大抵のものが重いから、力仕事になる。今はまだ俺が学生だからこうして手伝えるけど、高給目指して就職したら……こんな風に親父やお袋の手伝いをするのは難しいよなぁ。今はまだ二人共元気溌剌だけど、歳は取っていく訳で、そう考えるとやっぱり家業を継いだ方が良いのかも。俺も生まれた時から身近にあって花の世話は好きだし。仁王像だって花愛でるくらいするわ。

 旬の薔薇を大量に仕入れたけど、薔薇ってやっぱり人気高い。芳香がキツくて病人の見舞いには向いてねーけど、プレゼントや自宅用にって買って行く人はチラホラ居る。

 赤系、ピンク系の薔薇はやっぱり売れるけど、黄色や白、オレンジもそこそこ売れる。毎年この時期に苗を一鉢買っていく顔馴染みのお客さんの庭は、すっかり小さな薔薇園みたいになっていると近所でも評判だ。毎度有難う御座います。


「元春君、久し振り。大きくなったねぇ」

「こないだもそう言われたんすけど。…今年は何色の薔薇を植えるんですか?」


 と訊いておいて何だけど、この人は薔薇ならスタンダードなタイプがお好みで、色は赤やピンク、かたちは剣弁高芯咲きや丸弁八重咲きを選ぶ事が殆どだから、こんなのただの世間話だ。好きなものへの拘りが強いってのは、良いよな。


「今年からはねぇ…、ちょっと冒険してみようと思ってるの」

「冒険」

「薔薇に限らず、お花はついつい赤とピンクばかり植えちゃうから、庭がキャピキャピし過ぎてる気がするのよ」

「きゃぴきゃぴ」


 華やかで大変結構な事だと思うんだが、色数を絞り過ぎて単調で派手なだけの庭になってしまった、と反省しているご近所さんの庭に違う色の薔薇を勧めるチャンス。どうしよう、俺口下手なんだけど。こんな時こそお袋の出番だわ。


「アドバイザーならお袋の方が向いてると思うんで、何なら呼んできましょうか」

「ううん。ここは一つ、若い男の子の感性が欲しいわ。元春君、相談に乗ってくれるかしら?」

「構いませんけど」


 登下校で通りすがるから、俺もこの人ん家の庭は見慣れてる。庭の面積はそう広くなくて小ぢんまりとしてるけど、いつもウチで買った花の苗や種から育てた花々で埋め尽くした庭は季節問わず鮮やかで、明るい色が多いから目に楽しく心も浮き立つ。

 でも確かに、赤とかピンクとか薄紫とか…全体的に少女趣味っぽいな、と思うところはあるんだよな。アレはアレで色のバラつき少ない分、綺麗に纏まってて悪くねぇと思うんだけど、それで満足していた時期はとうに過ぎたって感じか。

 大人の階段昇る貴方はまだシンデレラだったけど、今はガラスの階段下りる貴方はガラスの靴履いたシンデレラって訳ね。りょ。

 無骨な男の感性があの可愛らしい庭を台無しにしてしまわないかと、ちょっと…否、かなり不安なんだが。


「いきなり系統の違う薔薇を植えても、同じ花同士だからそう違和感ないと思いますが…濃いめの黄色とか白がいきなりポツンと一苗あっても悪目立ちしそうだから、こういう、複色の品種とか淡い色から始めるのはどうですかね」


 試しに淡いオレンジ…つーかアプリコットからピンクへグラデーションしてる花びらの薔薇を勧めてみる。まだ蕾ばかりだけど、ちゃんと剣弁高芯咲きのはず。これ何だっけ…旧名では覚えてるけど、改名後の名称までは覚えてねーな。ヤベ、花屋の息子にあるまじき不勉強……。

 苗に結んだタグを見ると、親父の字で「エレガント・レディ」と書いてあった。あ、なるほどねー! 元々皇室の妃に捧げられた薔薇だから、そういう系統の名前になるわなどうしても。


「グラデーションが素敵ね」

「後はこういう、クリームやベージュとかの茶系も流行ってますね。黄色や白と合わせると同系色で落ち着いた雰囲気になるんじゃないかと思いますが、ピンクの傍に寄り添わせても可愛いんじゃないすか、ね…」


 あ~、普段「無口不愛想無表情」って学校で陰口叩かれてるくらい無の三段活用してる俺、営業トークが我ながらぎこちねぇ…! お得意さん相手なのにこれはヤバヤバのヤバ。


「茶系の薔薇! 普段あまり意識してなかったけど、クラシカルな雰囲気が好いわ。こっちのはオレンジ…にしては、色が薄いかしら」

「こっちはアプリコットだと思います。んで、こっちの「オータム」って薔薇も複色で、花びらの表と裏で色が違って華やかなので…。名前が「秋」でも四季咲きだから、通年で何度も咲きますし、あの庭にいきなり植えても違和感ない色味かと」

「綺麗なコーラルピンクね。裏は…黄色だわ」

「庭にグリーンをもっと増やしてみるのも良いかもしれないですね」


 宝石箱みたいに綺麗な花を敷き詰めた庭だけど、ちょっと花花し過ぎなところはある。大好きを散りばめてるのは微笑ましけど窮屈そうにも見えて、少し勿体ねぇな、と通りすがる度に思っていたのだ。もっと緑か余白があれば花の色もより美しく映えそうだと常々思ってたんだよな。

 常々他人の庭見る度そう思うって、花屋の息子としての職業病ってヤツ? へへっ…何だか照れちまう。

 その後、色々悩んで、毎年一苗を大切に育てるのに今年は奮発したのか、エレガント・レディは「苗を別の位置に植え替えたいから、来年にするわ」と言われたが、オータムの他にピースという品種の苗、更に緑がかった白い紫陽花としてポピュラーなアナベルも買って行かれた。お、俺…実は商売上手なのでは? 花屋の申し子では? 高給取り目指すより、やっぱ実家の跡継いだ方が良いのでは?

 迷うなぁ~! 家業なの? 賃金なの? どっちが向いてる~? 迷うわぁ~! すっこしでも稼ぎたい純情な漢心~……上手く歌えんわ。



 その後も、決して客足の頻度は高くないものの、やっぱり見舞い用に切り花を買われる客とかの相手をして花束なんぞを作っている内に、すっかり閉店時刻。

 病院のすぐ近くにある花屋だからこうして客が来るけど、今のご時世、生活必需品でもない花を売るってやっぱり難しいよな…。だからこそ、本当は俺がもっと勉強して跡を継ぐべきなんだろうけど。

 エプロンを外し、夕飯と風呂も済ませて長ったらしい髪も乾かした俺は、財布と貯金箱の中を全部畳の上に並べて思案する。

 ここはやっぱ、塗り絵の本と色鉛筆で良いか…、なんて考えてはみるものの、心の奥ではいまいち納得出来てない。

 せっかくの記念すべき十歳の誕生日。十歳まで生きられないかもしれないと診断された妹が迎える、十歳の誕生日。よくぞ十歳まで死なずに生きてくれて有難う、よく頑張ったな、これからも支えるから一緒に頑張って生きていこうな、みたいな……そういう気持ちを込めたい。


「色鉛筆も、60色くらいとなると結構なお値段するみてーだし…」


 さっきスマホで調べてみたら予想してたより高かった。もしかしたら有名ブランドの色鉛筆だったかもしれんけど。せいぜい三千円くらいで買えるかな、と百均に毒された俺を嘲笑うような60色セットの値段を思い返し、俺はため息を吐く。

 想像してたよりも高いから億劫な訳じゃない。色鉛筆の60本やそこら、贖えるくらいの貯金はある。

 誕生日プレゼントは妥当な色鉛筆にすれば良いのに、そうと決断しきれない自分への煮え切らなさにため息が出るのだ。

 俺や両親にとって、友花里の十歳の誕生日っていうのは、それくらい特別っつーか…今まで違うプレゼントを贈って祝いたいっつーか…。十歳というのがある意味では友花里の人生の節目? ターニングポイント? そんな感じで認識してるんだよな、桜庭家はよ…。当の本人は毎日生きるだけで精いっぱいでそれどころじゃねーかもだけど。

 良い考えが浮かばなくて、俺はもそもそと畳に並べた金をしまい直し、ゴロンと仰向けになった。何気なく部屋を見回して……あ。


「!」


 ――ガバッ!

 今朝の事を思い出し、俺は慌てて起き上がる。本棚の上から四番目の殿堂入り、またの名を秘蔵コレクション。この場所を空さんに把握されていたという恥ずかしい事実…!

 小学生の頃からずっと買い続けてる長編漫画のコミックスの奥に隠した、本来なら十七歳の俺がまだ視聴してはいけないDVDを一掴みに取り出す。

 少し日に焼けた肌が健康的で、小柄でおっぱいも谷間なんか出来た事なさそうなサイズだけどかたちが綺麗な女優のAVを断腸の思いで処分する事に決めたは良いけど、やっぱり惜しいよな…。メチャクチャ好みなんだよな、これ。おっぱい控えめなのが却ってそそられるっつーか…。演技かもしれねーけど、凄い気持ち悦さそうな素振りするんだもん。シチュエーションも凌辱とか痴漢とか騙し討ちみてーな展開じゃなく、恋人設定の男優と放課後デートでイチャイチャしながらのラブラブエッチだから俺もせいぜいちょっと過激な少女漫画読んでる気分で安心して観てられるし。

 でもなー。空さんがあんなにささやか胸だったと知ってしまうと、同じような特徴の女優ものは何だ罪悪感が出て観れなくなっちまう…。だから俺は、どんなに内容が良くても、ショートカットが似合うボーイッシュ系の女優も、色白で背が高くてスレンダー体型の女優も、観ると空さんを思い浮かべてしまいそうになるから居た堪れなくて処分した。

 これも最後にもう一回観てから処分しよ…。その前に新しい隠し場所を考えとかねーと。空さん、一体いつ知ったんだこの隠し場所。ベッドの下よりはバレない自信あったのに。

 そんなに広くない見慣れた自室のあちこちを眺め回し、俺は結局またしても本棚の違う段の奥に隠す。芸がない。でも気付かれ難くて手前に何か置いてカモフラージュ出来て無難な場所ってここしか思い付かねーもん。

 今度隠したのは一番下の棚の奥だから、本棚で最も目がいかない場所だと思うし、漫画とか小説じゃなくて図鑑の奥だから取り出す時ちょっと面倒だけど。

 一枚だけしまわなかった件のAVは、今夜観納めのつもりでお世話になろう。――俺はティッシュの箱を引き寄せ、Bluetoothイヤフォンを耳に着け、ケースから取り出したディスクをノートパソコンにセットした。




「……」


 これが最後だと思って観ると、余計惜しいな…。どこまでも俺好みのシチュと設定と女優の反応だわ。

 しかし処分すると決めた意思が覆らないように、未練たらたらだが俺は心を鬼にして珠玉のコレクションの一つだった、『ちっぱいを気にする可愛い彼女と僕の甘くて淫らな放課後』を観終わった後、潔く不燃ごみの袋の奥底に突っ込んだ。

 お袋にバレねーよう、ちゃんと不透明のビニール袋に包んでガムテでグルグル巻きにしたから大丈夫……なはず。

 そんなこんなで昨夜はちょっとハッスルしちまったな…。欠伸しながら隣の真北家の裏口に向かい、いつものようにそこからお邪魔して宮野さんに挨拶すると、空さんもトントンと階段を降りてくる。王子様のご降臨ってくらい今日も眩しいわ。

 降りてる途中、何かを見付けたのか不意にしゃがみ込んで手を伸ばし、何かを摘まみ上げる仕草をした。…えっ。何? 何も見えねーけど、もしかして馬鹿には見えないガラスの靴でも落ちてた? 王子様が階段で拾うものナンバーワンっつったらガラスの靴しかねーもんな。


「おはよう御座います、空さん。何かありました?」

「おはよう、元春」


 笑顔が! 朝っぱらから百万ドルの笑顔が眩しい! 高級ホテル最上階スイートルームのガラス張りの窓から見下ろす夜景だって負ける! 高級ホテル最上階スイートルームなんて入った事ねーから夜景だって見た事ねーけど。


「虫が入り込んでたみたいだ。ほら」


 見せてくれた指がバッタの胴体をしっかり挟むように摘まんでいる。


「バッタオーグ…、侵入していたのか」


 踏み付けられなくて良かったな。俺は命拾いしたバッタを空さんの指から取り上げて窓から捨てた。

 ほうれん草とスモークサーモンのキッシュ、近所のパン屋で人気絶頂のウインナーロールとバターたっぷりのレーズンパン、クルトンとパセリが浮いたオニオンスープ、ブルーベリーソースを混ぜたヨーグルト。

 家でも食ってるけど、宮野さんの飯が美味いので今日も有難く用意された朝食を頂き、空さんのカバンも持って二人で登校。


「そういえば、ここん家の庭、少しイメチェンするみたいですよ。昨日、奥さんがいつもと違うタイプの薔薇の苗を買って行かれて…」

「そうなのか? リボンが似合うおしゃまな白猫が住んでそうな可愛らしい庭で私は好きだけど。でもやっぱり薔薇は固定なんだな」

「薔薇がお好きなんでしょうね、きっと。寒さに強い冬薔薇もありますし」


 ここの奥さんはガーデニングが趣味だから、冬でも季節に応じた花が庭に咲いてるくらいだ。薄っすらと霜が降りた小さな庭にスノードロップや福寿草が咲いていた半年前の景色を思い出す。


「私はもう少し青系や緑を増やしても良いと思うんだが。あの辺りに毎年にごそっと咲くピンクのシュウメイギクを白い品種に替えるとか、あっちのプランターのアネモネも偶にはオレンジとか紫にするとか。ネモフィラや勿忘草なんかも良いアクセントになるんじゃないか?」

「俺も白系もっと増やしてみても良いんじゃないかって思ってます。でも、空さんが言うようにグリーンが多いと目に優しいし、ホッとしますよね」

「私は黄色い花も明るくて元気が出る感じが良いと思う。でも、ここの庭は夏でも向日葵は咲かないから、少し寂しいな」

「ルピナスとかプリムラの黄色いヤツなら毎年あの辺の小さいスペースに咲いてるし、四月には黄色いチューリップもあったから、黄色い花が嫌いって訳じゃなさそうですけど…」

「向日葵は好き嫌い分かれそうな花だから、仕方ない」


 空さんは植物にも詳しい。俺の影響かもしれない。……否そんな、自惚れが過ぎるよな。ただ単に博識なだけだよな。だって空さんだし。


「……空さん」

「何だ?」

「一応女子と見込んで相談があるんですけど」

「見込んでも何も、私は生まれた時から身も心も女子だぞ」


 そうだった。空さんの性別をついつい「真北空」って思ってしまう悪癖、どうにかせねば。


「あの、友花里の誕生日、今月末じゃないですか」

「うん、そうだな。今年も一緒に小さいケーキ作ろう」


 当たり前みたいに、毎年恒例のケーキ作りを告げてくれるから、この人が妹に毎日どれだけ心を砕いてくれているのかを思い、目の奥がちょっとだけじんわりした。


「……っ、有難う御座います。――それで、今年はとうとう十歳になるので、今までとは少し違うものをあげたくて…」

「そうか…、友花里ちゃん十歳になるんだもんな。道理で最近、少し大人びて可愛さに磨きが掛かってきた訳だ」

「そうなんです。十歳であんなに可愛いなんて、将来が楽しみ過ぎて逆に怖いくらいで…」


 かぐや姫みたいに求婚が殺到して、畏れ多くも時の権力者なんぞに見初められちまうんじゃねーかと、兄としては今から戦々恐々だわ。アイツの帰る場所は月じゃなくて地上のしがない花屋だから、逃げ切れねーし。俺がいつまでも守ってやれれば問題ねーんだけどよ。


「つまり、誕生日プレゼントの相談か?」

「そういう事です」


 一応生まれた時から身も心も女子でセンスも良い空さんなら、病弱故に少し大人びた死生観を持つ十歳になる女の子が喜ぶような、あまり子供っぽくなく、さりとて大人過ぎない素敵な贈り物を選んでくれる気がする。


「判った。友花里ちゃんの記念すべき十歳の誕生日、忘れられない一日にしてみせる」


 た、頼もしい…! 何て頼もしいイケメンなんだ。王子様が本領発揮すると空気までキラキラして見える…幻覚?

 空さんがイケメン顔でイケメンな事言うから、向かい側の道を歩いてる集団登校中の下は小一上は小六の小学生達がこぞって頬を染めて足を止めてしまった。君達、遅刻するぞ。


「そうと決まれば早速計画を練らないとな」

「計画?」


 買い物計画か? 俺、休日は家業の手伝いしてる事が多いけど、空さんの予定最優先なんでいつでも空けときますよ。


「元春は元々、何をプレゼントに考えてたんだ?」

「え? お、俺はそうですね…、新しい塗り絵と色鉛筆を、と。色鉛筆の数がもっと多めのヤツを考えてました」

「ふぅん。でも色鉛筆買うなら、友花里ちゃんの好きな系統の色を買い足してやるとか、ちょっと珍しい色を集めたセットを一つ買うとかした方が喜ばれるんじゃないか? だって全ての色を均等に使うのは難しいだろう。どうしたってお気に入りの色は減るのが早いし、色鉛筆は絵の具と違って混色が少し難しいから、最初から基本色にはない色があったら表現の幅が広がるんじゃないか?」

「あっ…!」


 言われてみればそうだ。俺だって小学生の頃、図工や自由課題で使う色鉛筆とか絵の具、減るのが早い色と全然減らない色があったっつーのに。


「――そうだ、元春。私、進路指導の先生と面談があるから遅くなる」

「判りました。いつも通り適当に時間潰して待ちます」


 図書室で読書でもしようかな。ついこの間も読書で時間潰したけど、せっかくだからあの本、最後まで読んじまおうか。途中で空さんの用事が終わったから読みかけなんだよな。

 ……つーか、進学先なんて一年の時に決めてた空さんが今更進路指導を受けるのも時間の無駄な気がするんだけど、この間の用事も、確か進路の関係だったよな…。空さんの進学希望の大学、普段の成績や素行、内申点でも問題ねーはずなんだけど。今更何を進路相談する事があるんだ? 何もなくね?

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俺の幼馴染が王子様なんだが。 楸こおる @kooru

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