4.解決

「一階の部屋で、発見した」

林刑事が云った。

長峰の遺体が発見された。


「あのアパートの一階の鍵、預かっとらんのか」

林刑事が、弘に尋ねた。

弘は、預かっていない。


林刑事は、一階の部屋の窓を割って入ったそうだ。

笠本社長が、一階には、資材を置いているから、合鍵は無い筈だと云った。


笠本社長に、三好刑事が尋ねた。

居間には、接着剤のペール缶が、二十数缶あった。

缶には、笠本社長宛の送り状が貼付けてあった。

「それは、うちで使ってるやつやな」

笠本社長が答えた。

請求書綴りを握り締めている。


「どういうことに、なっとるんや?」

龍治が、話しに入ってきた。

西野さんも一緒だ。

二人が、会議テーブルに集まった。

エアコンの清掃が終わったようだ。


他に、石材が五十枚程度ある。

「石材も、うちで、扱うとるな」

不思議そうに、笠本社長が答えた。

親しい石材加工会社から、石貼工事や墓石販売を請負っている。

石貼工事は、吉岡が出来る。

ただ、現在、石貼工事は無い。

吉岡は、長峰と一緒に現場に入っている。


西野さんが、社長の席に向かい、パソコンを操作した。

何枚か印刷した。

長峰が担当した現場のリストだ。

他に、施工スケジュールもカレンダー形式でリストになっている。

一ヶ月前の予定では、現在、樋口邸と森田邸の施工になっている。


「そっちで、気になった事、無いか」

林刑事が尋ねた。

「あれは、どういう事やろ」

弘は、居間のテーブルに置かれた、封筒の束が気になった。

いくつかの束が、綺麗に置かれていた。

「そやのう。何だか、よう分からん」

林刑事が云った。

「裏には、ローマ字、書いとったわ」

林刑事が云った。

弘は、封筒の表には数字が書かれているのを見ていた。

しかし、裏は、見ていなかった。

ローマ字?


「何か、気になるんか?」

林刑事が聞いた。

「いや。ちょっと、違和感があったんや」弘は、続けて云った。

「部屋ん中、雑然としとる。けど、封筒だけ、几帳面に束ねて、測ったように、テーブルに置いとったから」

弘は、その時の印象を思い出した。


そこへ、新井監督が、事務所へ戻って来た。

長峰が殺された事を聞いて、慌てて事務所へ戻ったのだ。

現場の状況は、新井監督の方が、よく知っている。

現在、入っている現場は、樋口邸、森田邸と弥勒スポーツセンターの三件だ。


林刑事が新井監督に聞込みをしている。

恨みを買うような事が、無かったのかどうか。

職人仲間での評判は?トラブルは無かったのか?尋ねていた。


新井監督は、特に、思い当る事が無いと云う。

他の下請業者や、その下請業者の職人ともトラブルは、無かった。


ただ、長峰は、主に個人邸の現場に入っている。

もう一人、個人邸を担当している石田監督がいる。

新井監督よりも、石田監督の方が、長峰については、詳しいという事だ。


「帰りました。大変な事になってしもたなあ」

そう云って、石田監督が事務所に戻った。


昨日、入っていた現場は、樋口邸と森田邸だった。

スケジュール通りだ。

午前に樋口邸、午後から森田邸だった。

その夜、森田夫婦は、石田監督と長峰の四人で、施工について、打ち合わせをしている。


三好刑事が、二人の監督と笠本社長に尋ねた。

二十、Y。十、T。二十、H。二十、K。と手帳を見ながら読上げた。

三人とも思い当る事がなかった。

弘は、封筒の表に書いてあった数字と裏に書いてあったアルファベットだろうと思った。


「ちょっと、接着剤と石。見せてください」

林刑事が云った。

「どうぞ」

笠本社長が林刑事を案内して、プレハブへ向かった。


「刑事さん。もう一度、アルファベット、言ってみてください」

西野さんが、三好刑事に云った。

「何か、分かりましたか」

三好刑事が、数字とアルファベットを読上げた。


「それは、多分」

西野さんが、長峰のリストを見て云った。

「山田、富橋、広田、川端。のイニシャルだと思います。全部、長峰さんが入った現場の施主さんじゃないですかね」

そう云って、リストを三好刑事に渡した。

原価管理ソフトが、意外な方面で、役に立った。


「それ、封筒に入っとった、お金の金額と違うか」

龍治が云った。

笠本社長から受け取った、報酬ではないかと考えた。

しかし、他の職人より、長峰の単価は少ないが、一件の請求額は、十万、二十万円ではない。

請求金額には、程遠い。

「それじゃ、長峰から吉岡へ渡した報酬かな」

龍治が思い付いた。

「吉岡に渡した封筒が、長峰の部屋には、無いでしょう」

三好刑事が否定した。


「私も長峰が受け取った現金やと思うわ。ただし、施主から直接、受け取ってたんやと思う」

西野さんが云った。

長峰は、会社へ請求する単価を低く押さえている。

だから、他の職人さんの単価と、長峰の単価の差額を施主に請求していた。

と西野さんが推理した。

「調べてみる価値あるな」

三好刑事が、そう云って、プレハブへ向かった。

弘も三好刑事に付いて、プレハブへ向かった。

笠本社長と林刑事がいた。

三好刑事が林刑事に、封筒の数字とアルファベットについて、可能性を説明した。

つまり、長峰から個別に請求された施主の誰かとトラブルになった。

そして。


「ああ、綺麗」

西野さんだ。

振り向くと、西野さんが、墓石を見ていた。

「この石。靄が掛ったみたいで、綺麗ですね」

西野さんが、国産の墓石を見て、感動していた。

一基の値段を聞いて驚いている。

「やっぱり。龍治には、石の良し悪しが分からんのやな」

弘は龍治を揶揄った。


「覚えとるか。吉岡から預かったアパートの鍵」

龍治が、何か思い出した。

吉岡から、長峰のアパートの鍵を渡された。

帰りかけた時、吉岡が慌てて追い掛けて来た。

自分のアパートの鍵と間違えたと云った。

あれは、長峰のアパートの一階の鍵ではないか。

だとすると。


「後で、また来ます」

林刑事と三好刑事が慌てて出て行った。


龍治は、西野さんの後ろ姿を見て「綺麗やなあ」と呟いた。

弘は、驚いて龍治を見た。

龍治には、美的感覚が無いと思っていた。

それに、色恋にも、全く無縁だと思っていた。

龍治の口を衝いて出た一言だ。

「あっ。いや。斑が綺麗やろ」


長峰を殺害した犯人は、吉岡だった。

長峰は、個人の施主に、工法変更を提案していた。

無垢材に、接着剤を使用するのは、良くない。

請負会社から、材料を指定されているから、変更は出来ない。

現金を用意すれば、工法を変更できる。

森田夫婦と打ち合わせの後、長峰が話しを持ち掛けた。

その夜、森田さんが、現金を持って、長峰のアパートを訪ねた。


その夜、吉岡が長峰のアパートにいた。

吉岡は、長峰の悪事を知った。

口論の挙句、吉岡が長峰をノミで刺殺してしまった。

更に、吉岡は、森田さんが、長峰に渡した現金を奪い取っていた。

寝室の押入れの段ボールに、沢山の封筒を見付けたそうだ。

死体を一階に運んで、鍵を掛けたが、そのまま鍵を持っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真島 タカシ @mashima-t

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ