3.新人
「とにかく、こっから出てくれ」
林刑事に云われて、弘と龍治は、部屋から出た。
長峰の部屋から追い出された。
警察が到着するまでに、龍治は、部屋の中をあちこち、見て回っていた。
龍治は、いつも作業用手袋を持っている。
事件なら、二人の指紋が混ざっては、困ると思ったようだ。
しかし、既に、部屋に上がる時、指紋は、付いている。
見ていないのは、風呂場とトイレだ。
龍治が、その二箇所を確認した。
トイレには、誰も居ない。
風呂場にも、誰も居ない。
風呂場の床は、乾いている。
少なくとも、朝から、今までは、使用していないようだ。
洗濯機の蓋は開いている。
作業服の上下が入っていた。
血は付着していない。
二階から降りると、三好刑事が待っていた。
弘と龍治は、ワゴン車の前で、三好刑事に事情を説明した。
また、警察署に呼び出す事があれば、連絡する。と云われた。
弘と龍治は、「何でもするゾウ」が近いので、一旦、事務所へ戻った。
「こら!どこでアブラ売っとったんな」
寺井社長に叱られた。
寺井社長の後ろに、黒ずくめの女性が立っている。
黒いシャツに、黒いジーンズと黒いスニーカー。
黒いマスクを付けている。
寺井社長は、女性の事を何も説明しない。
弘は、以前、どこかで、会ったような気がしている。
龍治が、寺井社長に事情を説明した。
「笠本社長に、話して来る」
龍治が云った。
「それって、銭になるん?」
寺井社長が、仕事に出来るのか、考えている。
「ヤッシーが出て来たから、儂らは、お邪魔かも」
弘が答えた。
「龍治は、エアコンの掃除が入ってるから、そっちへ行って。アッきゃんは、笠本社長に、張り付いて」
寺井社長が指示した。
「えっ!俺一人で?」
慌てたのは、龍治だ。
何でも屋、だから何でもするが、本職のプロではない。
だから、全部をこなせる訳ではない。
「この人と一緒にね」
寺井社長が、黒ずくめの女性を見た。
「西野陽子です」
黒ずくめの女性が名乗った。
「知ってるけど。なんで」
龍治が云った。
寺井社長が龍治に、作業を教えるように云った。
弘も、以前、花宮水産の塩出事業所で、西野さんと一緒に仕事をした事がある。
従業員が、新型コロナ感染者の濃厚接触者になって、急遽、弘は、作業に入った。
それと、もう一つ。
「アックスで、西野。エコバッグ。置き去りにしませんでしたか」
弘が尋ねた。
二十四時間営業のスーパーアックスで、エコバッグを弘に渡した女性がいる。
エコバッグを預けたまま、受け取りに来ていない。
今の西野さんと同じように、頭の先から足の作業まで真っ黒な出立ちだった。
「バレた?」
西野さんは、悪びれずに云った。
西野さんは、花宮水産でアルバイトをしている。
龍治も「何でもするゾウ」と花宮水産を掛持ちしている。
花宮水産で、従業員に、水産加工品の横流しの疑惑があった。
西野さんは、花宮社長の依頼で、正規のルート以外で、納品された商品の調査をしていたそうだ。
物価高騰の影響で、西野さんも掛持ちアルバイトをする事にしたそうだ。
そして、ちょうど、寺井社長が西野さんに声を掛けて、「何でもするゾウ」を手伝う事になったそうだ。
龍治と西野さんの二人は、何だか、楽しそうに、倉庫から清掃用具を持ち出している。
「アッきゃん。早く」
寺井社長に急かされた。
「あのう」
弘は、一人で笠本社長に張り付くのかと尋ねた。
「当たり前やろ」
金に成るか、成らないか分からない事に、人を割けないと云った。
社長として、もっともな言葉だ。
だが、今回の事件も厄介な事になりそうな予感がしている。
まず、長峰の行方が分からない。
アパートの、部屋の鍵が開いていた。
部屋には、血溜まりが、それも、かなりな出血量だ。
争ったのか、それとも、元々、散らかっていたのか分からない。
長峰の車は、駐車場に停めたままだ。
駐車場にまで血痕がある。
車の荷台にも、血溜まりがある。
現在、警察で、誰の血液なのかを調べている。
長峰なのか、別人なのか。
あの血を流した人は、どこにいるのか。
少し思い返しても謎だらけだ。
寺井社長から、状況を逐一報告しろ。
とのお達しだ。
携帯に着信音だ。
「お疲れさまです。秋山です」
弘が携帯に出た。
相手は、林刑事だ。
今から、どこに行くのか尋ねられた。
笠本社長に会うと伝えた。
「今から、そこへ行く」
林刑事が云った。
弘は、笠本社長の事務所の場所を説明した。
「そうそう。あの血痕。未だ、断定は、出来んけど、長峰のものらしい。あれだけ出血したら、助からんやろ。ちゅうこっちゃ」
林刑事が、情報を教えてくれた。
また、厄介な事件に巻込まれたようだ。
「こら!未だ、行っとらんのか。龍治は、もう出とるぞ」
寺井社長に怒鳴られた。
それでも、弘は、慌てない。
「社長。笠本社長が帰ったら、そのまま直帰します」
弘は、やっと事務所を出た。
笠本社長の事務所へ着くと、「何でもするゾウ」のワゴン車が停まっている。
事務所に入ると、龍治が事務所のエアコンを清掃していた。
「遅いぞ!」
弘は、龍治に怒鳴られた。
龍治の立った脚立を西野さんが押さえている。
なんだ。
結局、三人とも笠本社長の事務所へ来ているのか。
笠本社長が、古い書類を見ている。
弘の方に向き、「これ長峰が入った現場の請求書や」と云った。
どうして、笠本社長が、調べているのか分からない。
そうだ、思い出した。
「部屋の血は、長峰のものらしいです」
弘が伝えた。
「そうか。そしたら、職人、手配せな、あかんな」
笠本社長が呟いて、電話を掛けた。
弘は、笠本社長が見ていた請求書の束を見た。
車が事務所の駐車場に停まった。
覆面だろうか、林刑事と三好刑事が降りて来た。
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