2.不在

弘は、龍治と長峰のアパートへ向かった。


弥勒市のスポーツセンターが、今日、長峰の入る現場だった。

長峰は、個人の施主の現場を中心に仕事をしている。

今回のように、ゼネコンの下請現場に入るのは珍しい。


ところが、長峰が、現場に現れない。

材料は、長峰が、現場へ持ち込む筈だった。

だから、材料が不足しそうだ。


弘は、龍治と一緒に、材料を現場へ届ける事になった。

笠本社長が、弘と龍治を資材置場に案内した。

資材置場にあるプレハブの中に入った。

笠本社長が何か探している。

弘は龍治と、ぼんやり、墓石を見ていた。

笠本社長が、辺りを見回して、墓石を見ている二人に気付いた。


「どや。フが綺麗やろ」

笠本社長が、二人に近付いて、自慢そうに云った。

「こっちが、外国産で、これが国産や」

笠本社長が説明した。

「フ。って何ですか」

弘が尋ねた。

「斑。ちゅんはな。この、靄みたいな模様が見えるやろ。これが斑や」

笠本社長が云った。

成程。確かに見える。

違いが、一目瞭然だ。

外国産の石は、平たい表面の色合いも模様も単調だ。

国産の石は、表面の何ヶ所かに、靄が掛ったように見える。

平面なのに、奥行きを感じる。

それが、斑らしい。


「そんなもんかなあ」龍治が呟いて、「儂には、汚れてるようにしか、見えんけどなあ」と云った。

相変わらず、美的感覚に乏しい龍治だ。

笠本社長が苦笑いして、足元を見た。

「ああ、これや」

笠本社長か材料を見付けると、龍治に差し出した。

龍治が、その金物を受け取った。

木箱に一杯入っている。

もう一つは、十八リットルのペール缶を二缶だ。

これは、缶に接着剤と、記載されている。

これも、重たいので、車に運び込むのを龍治に任せた。

力仕事は、龍治の担当だ。

ついでに、車の運転も任せた。


現場に入っている吉岡に、預かった材料を渡した。

そして、吉岡から長峰のアパートの鍵を預かった。

笠本社長に、現場からの帰りに、長峰のアパートを覗いみるように頼まれている。

長峰のアパートは、西入浜にある。

「何でもするゾウ」の近くだ。


長峰は、アパートを一階の一室と、その真上の二階の一室と、二部屋を借りている。

一階は、作業用具の物置としての利用と、現場に入る職人の宿泊場所にしている。

二階は、長峰の、居住スペースと、職人が多い場合は、二階に泊める場合もある。

吉岡は、常に、長峰と現場に入っているので、合鍵を持っていた。

アパート自体は、四世帯が入居できるのだが、住んでいるのは、長峰だけだ。


駐車場に、ワゴン車が停まっている。

長峰以外に、部屋を借りている住人は居ないので、長峰の車だろう。

部屋に居るのだろうか。

長峰の部屋のベルを鳴らした。

携帯にも出ない。

だから、部屋を訪ねても、出ては来ないだろうと思っていた。

吉岡から預かった合鍵で、玄関ドアを開けようとした。

が、鍵は、開いていた。


半畳程の玄関に立つと、目の前に和室の中が見える。

誰も居ない。


敷布団の上に、掛布団が丸められている。

奥には、いくつものビニールゴミ袋が積み重なっている。

押入れの襖は取外されて、正面の壁に立て掛けている。

押入れには、段ボール箱が雑然と積まれている。


玄関の右の奥が風呂場で、手前に洗濯機がある。

玄関のすぐ左がトイレ、その奥が居間のようだ。

龍治が、声を掛けて上がった。

居間まで二メートルくらい。


龍治に付いて居間に入ったが、誰も居ない。

居間の隣が和室だが、襖が開け放たれたままだ。

居間から和室を見渡せる。

和室にも、誰も居ない。

押入れの横にベッドがある。

ポールハンガーが、ベッドと押入れの間に区切るように置かれている。

押入れの襖が取外されて、ベッドと壁の隙間に立て掛けてある。

押入れには、上段に三段重ねの衣装ケースが二つ並んでいる。

下段には、やはり段ボール箱。


四十過ぎた独身男の部屋らしく、散らかっている。

居間にある食卓テーブルに大きな灰皿。山盛の灰に煙草の吸殻が埋もれている。

コーヒーカップが二個と、ガラスコップが一個。無造作に置かれている。

少し違和感がある封筒の束。

輪ゴムで、きちんと束ねている。

テーブルの角から五束、きちんと並んでいる。

一番角の封筒には、二十と書かれている。

他の束にも、それぞれ数字が書いてあった。

キッチンテーブルの前に、二つビニールゴミ袋が膨らんで、置かれている。

床には、殺虫剤のパックが、散らかっている。


居間の突き当りが、ベランダ。

弘は、ベランダの掃出し窓へ近付いた。

床に何か溢したのか、濡れているのが見えた。

あっ!

「なんや」

龍治が驚いた。隣の和室から居間を覗いた。

龍治もベランダに近付いて来た。

血溜まりなのか。

掃出し窓にも、赤い液体が付いている。

血だろう。

弘が窓を開けようとすると、「触るな」と龍治が制止した。

窓の鍵は開いている。

龍治が、和室側からベランダへ出た。

ベランダは、居間側から和室側まで繋がっている。

居間側のベランダにも血の跡がある。

冊にも手摺にも血の跡が付いている。

ベランダの下が駐車場になっている。

そこに、ワゴン車が停まっている。

ワゴン車の停まっている駐車場。


龍治が、駐車場まで降りた。

「アッきゃん。降りて来い」

龍治が呼んでいる。

以前は、「ヒロム」と呼び捨てだった。

弘は、駐車場へ降りて行った。


ワゴン車のトランク部分にも、血らしいものが付着している。

これは、間違いない。


弘が慌てて「一一〇に通報するで」云うと、「笠本さんに、電話するわ」龍治が云った。


駆付けて来た警察官に弘が状況を説明した。

警察官が、長峰の車だと思われるワゴン車の中を覗いた。

エンジンのキーが刺さったままだ。

誰も乗って居ない。

ドアを開けて、荷台を見ると、やはり血溜まりがある。


部屋にも血溜まりがある事を伝えて、警察官を部屋の中に案内した。


警察官が連絡を入れて、すぐ、パトカーがアパートの駐車場へ入って来た。


刑事二人が、外階段を上がって来た。

白い手袋を嵌め、玄関から入って来た。


「久しぶり。ヤッシー」

弘は、林刑事に声を掛けた。

三好刑事も一緒だ。

「またか」

林刑事は、弘と龍治を見て云った。

長峰は、一次下請の笠本社長から下請が主な仕事になっている。

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