愚か者たちのホワイトディ

シンカー・ワン

その男、A

 三年生を送り出すという行事を無事に終え何かが一段楽した節のある、ここ県立百田ももた第一普通科高等学校。

 だが、ゆったりとしている暇はないのだ。

 来週末へと迫った決戦に備えるため、一年四組の男たちは静かに燃えていた。


 放課後、部活など特別な理由で参加出来ない者たち以外の男子全員が居残り、きたるホワイトディに女子たちへ何をお返しするべきなのかについて、熱く言葉を交し合っていた。

「……聞いた話では、ホワイトディは三倍返しが基本だとか」

「通常の三倍、か」

「じゃあ、ラッピングは赤だな?」

「いや、あれはどう見たってピンクだろうって話もあるぞ?」

「じゃあ、間をとってマゼンダとか?」

「ザ○やズ○ックはそれでいいとして、ジオ○グは? 灰色、か?」

「金色のに乗ってたこともあるし……」

「金だと包みには "百" って入れなきゃならんな」

 ……三倍といえば "赤い彗星" そう思っていた時期が俺にもありました。

 ――じゃなくて。そんな話より先に決めるべきことがあるだろう、君ら?

「包むもんのことより先に、なにを返すか考えないか?」

 モブ男子たちの中にもちゃんと考えてくれている者が居たようで安心安心。

「と、なると先ずは予算か」

「貰ったものは百円チョコだから……」

「お返し三倍の法則に当てはめると、ひとり頭三百円で掛ける二十……」

「六千円。これが品物を買う予算で、包み紙とか雑費でひとりもう百円てところか?」

 雑費を取ることに反対する者は不思議といなかった。

 では出費はひとり四百、と決まりそうになるが別の声が上がる。

「待て待て。ここはひとつ、キリのいいところでひとり五百はどうだ? 雑費はそのままで、品物代を百上げるんだ」

 ワンコイン。そんな考えもあったのか!

「なるほど。それならもう少し良いものを買ってお返しできるって寸法か」

「何を買って返すにしても、予算は潤沢であった方がいい」

 一般的な高校生のそう多くはない月の小遣い。その中からの五百円という出費が痛くない訳がない。

「うん、賛成」

 だが、彼らは懐が痛む事に否を唱えない。

 多少出費が増えたところで気にしたりはしない。

 それほど、先月女子一同から送られたチョコと、その気持ちが嬉しかったのだ!

 恵まれない者に手が差し伸べられるということは、これほどまでに心に響くものなのか。

 チクショウ、泣かせる話じゃねぇかっ。

「俺も賛成だ」

「俺も」

 続けて賛同する声がぞろぞろと上がる。

 ……このまま賛成のセリフを人数分続けて行数稼ぎをするのも魅力的なのだが、さすがにそれは作劇的にどうよ? と思うので泣く泣く諦める。

「よし、予算は決まった。ということで本題だ、何を送る?」

「定番だと、クッキーとか、チョコとかの菓子類だが……」

「マシュマロってのも聞いたことがあるぞ?」

「女の子には花じゃないか?」

「いや、あれは嬉しがられる半分、結構嫌がられるそうだ」

「らしいな、Y△HOO!の記事で見たぞ」

「やっぱり、食べれるものとか使えるものとかかなぁ」

「使えるもの……文房具とか?」

「日用品でもいいんじゃね?」

「タオルとか洗剤とか」

「引越しの挨拶か、新聞の勧誘みたいだな~」

 "使えるもの" の一言で脱線を始める一同。

 喧喧囂囂けんけんごうごうとずれた意見を交し合う中、ひとりの男が爆弾を落とす。


「下着。もっとハッキリ言えばパンツだな」


 一同に電流が走る。

「……いや、確かにそんな話も聞いたことはあるが」

「――大胆すぎやしないか?」

 当たり前のように慎重論が飛ぶ。

 しかし知的キャラを演じる時の神〇浩史さんみたいな声をしたモブ男子――仮にAとしよう――Aはひるまない。

「二年の宮戸みやと先輩からお奨めだって教えてもらったんだ。意外性ってのは、印象に残るぜ?」

 宮戸ーッ! 下級生になんてことを吹き込んでんだお前!?

 いや、確かに印象に残るだろうが、良くない意味の方が強いぞ絶対。

「だが予算が足りるのか? 女物の下着って結構値が張るもんだと……」

 現実的な方向から異論が出る。

「ピンキリだって。下見りゃ百円ショップにだって置いてある。実用的なやつは意外と安く出回ってるものさ。予算的には大丈夫なはず」

 ただの思い付きではなく、リサーチ済みでの提案であることがうかがい知れるAの言葉に、男たちの気持ちも揺らぐ。

「し、しかし、そういうモノのやり取りをするのは……もっと親しい者同士の間でだろ? 言ってはなんだが、俺たちと女子の仲はそんなに……」

 だが、まだその提案に賛同しきれず正論を唱える者もいる。

 かなり口惜しそうなその言葉尻を拾うようにA。

「だからだよ。これを切っ掛けにして、女子との仲をぐっと縮めるんだ」

 どうして下着を送ることで仲が縮まるなんて考えが出てくるのか? 

 それも宮戸センパイの入れ知恵か?

 そのトンデモな超理論は理解できない。

 が、Aの無駄な自信の溢れっぷりは、男たちの心を動かすには十分のようだった。

「――やってみるのも、いいかも知れん」

「やらずに後悔するよりも、やっての後悔だな!」

 いやあのさ、後悔なんてしない方が絶対いいって。

 つか、失敗前提で動こうとするなよ、お前ら。

「待てっ、この計画には盲点がある!」

 お、まだ理性的に反対する奴も居るのか。なら安心だ。

「どうやって手に入れる? 店で十数人分の下着を抱えてレジにいくなんて……俺には出来んぞ」

 悩むとこ、そこかーい!

 しかしA、少しも慌てず、

「……通販だよ。スーパーの店先なんかに置いてある衣料系ショップの無料カタログを使えばいい。送られてきた時も商品欄に下着類と書いてあっても男物か女物かは判らないからな、親の目も安心だ」

 再び一同に電流が走る。

 そこまで考えての提案であったのかと、皆でAを驚嘆の眼差しで見つめる。

「待て待て待てっ。手に入れるのはそれでいいかもしれない。が、サ、サイズとかは――」

 ……鼻息荒くした赤ら顔でそんなこと言うなよ。

 いや、まぁ、大切なことだけど。

「上と違って、下の方は大雑把な分け方で大丈夫なもんだ。俺らのパンツがそうだろ?」

 想定していたのだろう、さらりと答えを返すA。

 三度みたび一同に電流が走った。

 サンダーブレークの大安売りだな、オイ。

 声も出せずAを見つめる男たち。

 結論は出たなとばかりに一同を見まわし、

「……戦いとは、常に二手先三手先を考えるものさ」

 得意満々に言い捨てるA。

 赤い彗星ネタがここで落ちるとは思ってもみなかったわい。

 ここに決着はつく。

 男たちは一年四組女子一同に下着を送ることにしたのであった。

 それがいかなる暴挙なのかは、のちの歴史が証明してくれる事であろう。

「……サイズってー、あのS,M,Lってやつだよな? 大雑把にしても、多少は合わせとかないと良くないか?」

 誰かがもっともらしいことを言う。皆がそうだなーとか頷きだす。

 どことなく顔が綻んでいるのは……ゴホン、まぁ、興味あるよな、そんな年頃だし。

「鳥居とかって、絶対にSサイズだよな? って言うか、小学生用とか?」

 一年四組女子で一番小柄で幼児体型な鳥居遊子とりいゆうこの名が挙がる。

 皆納得するように、あぁと言う声がいくつも。

「――鈴城すずしろはギリギリL? LLかも?」

 あるあるあると、賛同する声声声。

 皆とっても楽しそうである。

 ……ま、混ぜて欲しいな~なんて、思っていないんだからねっ!

 そして次々に女生徒クラスメイトの名が挙がり、彼女らのサイズ当てが繰り返される。

 ……ね、知ってる? そういうのってね、セクハラって言うんだよ。

 けど、止められないよなぁ、オットコのコだもんな~。

 盛況のまま、この日のホワイトディお返し検討会は幕を閉じた。

 

 翌日の一年四組の教室。

 いつものようにたむろって談笑しているモブ男子たちの元へと、クラス委員・中禅寺晃ちゅうぜんじあきらが近づき、開口一番、

「昨日の話し合い、お返しの品は決まりましたか?」

 と、告げてきた。

 その言葉と表情は普段よりも柔らかく感じられる。

 どうやらモブ男子たち、事前に彼女にだけはこの件を話していたようだ。

 女子のまとめ役であり、先月の男子へのチョコ提供の推進者でもあるから、筋を通したのだろう。

 中禅寺も男子一同のお返しをしたいという気持ちに好感を持ったのかもしれない。それ故の和らいだ顔である。

 ――へへっ、そんな顔を見せるのは某先輩にだけだと思っていましたけどね。けっけっけっ。

「ああ、決まったよ。……ちょうど良かった、中禅寺に訊きたかった事があるんだ」

 モブ男子一同を代表して、やりきった男の顔をしたAが朗らかに問う。

「訊きたかったこと……、何かしら?」

 妙に清々しい顔のAになにか引っ掛かるものを感じながら、食べ物だとアレルギーとかあるから、その確認だろうかと思いつつ、言葉を返す中禅寺。

「女子全員のお尻のサイズ。あ~正確な数字とかじゃなくて、MとかSとかの大雑把なところ。やっぱり当てずっぽうで間違えたら悪いからさ」

 しかし、返ってきたのは予想のはるか斜め上、大気圏突破な発言であった。

 一瞬くらんだ頭を正しつつ、湧き出そうとするどす黒い気持ちを抑えながら中禅寺は尋ねる。

「私の思い違いかも知れないから一応訊きますが……何をお返しするつもりなのかしら?」

 中禅寺から冷たく黒いオーラが漏れだしているのに全く気がつくこと無く、これ以上はないって爽やかな表情でAは言った。

下着パンツ。大丈夫、可愛いの選ぶから。そうだな中禅寺には空みたいな青いのを送るよ」

 なにかがぶち切れたような音が聞こえた気がした。

 ホンの刹那、とんでもない怒気を放出した後、中禅寺はとびきりの笑顔をその場の男子一同に向け、

「今日の放課後、皆残るように」

 と告げ、もう一度笑顔で念を押すと、踵を返し自分の席へと戻って行く。

 その笑顔を見たモブ男子たちは皆自分の結末を悟り、心を凍りつかせていたのは、言うまでもない。


 放課後、一年四組の教室から、淡々とした口調ながら臓腑を抉るような言葉を並べた女生徒の説教と、雑巾を絞ったような男たちの呻き声が聞こえてきたという。

 なぜか男子の呻き声の一部に歓喜を含むものが混ざっていたのは……まぁ、そういう性癖の奴もいるということで。


 夕陽が校舎を染める頃、中禅寺は教室を後にする。

 足取りは軽くスキップを踏むが如し。

 その肌は妙に艶やかで、薄く開いた唇からはハミングが聞こえてくる。

 彼女の口ずさむそのメロディ、特撮ソングの巨匠マエストロ、渡◇宙明先生の名曲、死神の唄う子守唄こと『サブ〇ーのテーマ』のイントロだ。

「♪~」

 オレンジの光の中、中禅寺はとても愉しげだった。


 翌週のホワイトディ当日、一年四組女子一同には男子からのお返しの品、有名店のちょっとお高いホワイトチョコクッキーが配られたそうな。

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