天国から地獄

横蛍

天国? それとも地獄?

「ばっきゃろうー!」


 それは乾杯の言葉じゃないよ。といっても無駄だろう。


 友人は根っからのギャンブラーだ。


 勝てば気が大きくなり奢ることもあるが、負けるとここのような激安居酒屋で飲んで忘れるのが日課のようだ。


「あそこで当たっていれば! 激アツリーチだったんだぞ。しかも七テン、ラッキーセブンのはずだ。あれじゃアンラッキーセブンだろうが!!」


 ギャンブルなんて時間の無駄だと思うが、勝った負けたと騒ぐ友人が熱中するさまは少し羨ましくもある。


「ギャンブルなんてそんなものじゃん」


「ギャンブルじゃねえ! 遊戯だ!」


 古い付き合いがある女友達である美咲が冷めた様子で突っ込むも、まるで警察のような言い訳をしている友人に苦笑いが出てしまう。


「おっと、明日はイベントの日なんだ。早く帰って寝ないと。またな!」


 安酒をひとしきりに飲むと、友人は満足したようで帰ってしまった。


 悪い奴ではないが、人生の中心にギャンブルを置くのはどうかと改めて思う。


「相変わらずだねぇ。将来が心配だよ」


「確かに」


「まあ、いいか。ねえ、近くに新しいバーが出来たんだって。行ってみない?」


「そうだな。少し行ってみるか」


 オレとあいつと美咲は高校の頃から三人でよくつるんでいた。今でも同じ町に住んでいることもあって、週に二回は飲むことがある。


 ただ、あいつは負けるとさっさと帰るせいで、オレと美咲がふたりで飲み歩くことが少し前から増えていた。




「アッハッハッハ! 今日はオレのおごりだ」


 この日もまた友人に誘われて飲みに来たが、今日はご機嫌らしい。


「三十万の勝ちだ! こんなに勝ったのは初めてだ。今日は七テン大当たり。ラッキーセブンで大当たりだぜ。朝まで飲もうや!」


 楽しげな友人を見つつ、オレは美咲に視線を送る。


 少し頷くのを見て、頼んだビールを一口飲んで意を決した。


「あのさ。オレたち結婚することなったわ」


 楽しげな友人の顔が固まった。


 もともと、美咲に気があったのは友人のほうだったんだ。勝った時に奢っていたのも、そういう狙いがあったからでもある。


 ただ、美咲はギャンブル自体興味がなく、仕事帰りも休日もギャンブル漬けの友人と合うはずもない。


 一緒に飲んでも先に帰ることで、必然的に残ったオレと美咲が男女の関係になってしまい今に至る。


「その……まさか」


 まだ信じられないんだろう。ただ、友人はいつもと違いウーロン茶を飲む美咲の現状に震えながら気付いた。


「そうだよ。二か月なの」


「そりゃねえだろ。なんで言ってくれなかったんだよ」


「飲むたびにギャンブルの話ばっかりで、こっちのこと聞いてくれなかったでしょうが。私もいろいろ大変だったのよ」


「ちくしょう、ラッキーセブンがアンラッキーセブンになっちまった」


「そうやってなんでもギャンブルに例えるの止めなよ。分からない身からすると面白くないし」


「今日はとことん飲んでやる! お前らを祝ってな!」


 祝杯からやけ酒に変わった友人を眺めつつ、それでもギャンブルを止めようと言わないというのは凄いなと少し他人事のように思う。


 気のいい奴なんだけどなぁ。


 ギャンブル以前にひとりが楽し過ぎるってのも問題なんだなと思う。




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天国から地獄 横蛍 @oukei

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