質屋

きみどり

質屋

 仕事帰りの重たい体が、更に重い。

 頭の中のグルグルが心を引っ掻き、全身を憂鬱に染め上げる。

 思い出すのをやめようとすればする程、頭の中がソレでいっぱいになっていくのだから、人間とは不器用な生き物だと思う。


 ぐっと胸元を拳で押さえ付け、立ち止まった。


 小さな駅へと続く一本道。居酒屋よりシャッターの下りた店の方が多い寂れた通り。


 溜め息を吐いて、顔を上げる。

 と、数歩先の、先程まで暗かったはずの店に明かりが灯っていた。


「七屋しち店?」


 気づけば、私は店内に吸い寄せられていた。


「いらっしゃい。初めての方だね」

「いや……あの……」

「ここは不運専門の質屋だ。お客さんの不運を預かり、お金を融資するよ」


 突飛な話に、私は聞き返すことすらできずに固まってしまった。


「お客さん、いい不運を持ってるね。昼間した仕事の失敗をまだ引きずってる。どう、質入れしてみないかい? 査定額は……こんなもんで」


 自分を苦しませるソレを言い当てられたことに、更には提示された額に、私は驚愕した。


「こんなにたくさん!? でも不運を預けるって……?」

「お客さんの中から不運が無かったことになるってことだよ」


 言っていることは分からないが、大金に目の眩んだ私は質入れしてもいい気がしてきた。

 お金が貰えて、悩みからも解放されるなんて最高じゃないか。

 むしろ、どんどん失敗をして不運な気持ちになって……いや、それはもう不運ではないのか? 不運になることが幸運ということで……ああもう、いいや。


「預かった不運は期限内に元金と利息を払ってくれれば返すからね」

「返す? 返してほしい人なんているんですか? 不運を?」

「いるよ。買いたい人だっている。だから担保になるんだ」


 そう言われて、改めて自分のソレを思い返してみる。

 仕事で失敗して、課長に叱られて、先輩に迷惑をかけて……やはり、碌でもないことのように思える。


 ああ、どうしようかな。

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質屋 きみどり @kimid0r1

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